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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4.75部 国の血塗られた原理
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4.75-1 王宮の光景


     ◆


 第一王宮の中の一室で、カイト・シュタイナ十三世陛下は、椅子に座り、書類を繰っている。

 若い文官が緊張した様子で、机を挟んで向かい合っている。

 静かな時間が過ぎ、すっと、陛下が書類を渡す。

「良いだろう、この通りに進めるように」

「はい!」

 文官が頭を下げ、部屋を出て行く。陛下の護衛として室内にいた近衛騎士の脇を抜け、彼の姿が消えると、陛下が深く息を吐いた。

「この国も誰のためにあるのだろうな」

 椅子に座ったまま、器用に向きを変え、陛下は窓の外を見た。

 問いかけている相手は、私以外にいない。

「民のためです、陛下」

「民? 彼らは国の運営には一切加わらない。観客のようなものだ。観客のために我々、役者は演技を続ける、か。なるほど、それはおおよそは当たっているようだ」

 陛下が、ぐっと椅子に沈むように体重をかける。

「国が滅べば、民の命が失われる。民の命が失われれば、国が滅びる。両者はその点では、運命共同体だな」

「まさにそうです、陛下」

「しかしそれは人の視点だ。神はもっと大きなものを見る」

 神。私も繰り返し聞かされている。

 シュタイナ王家が最も重要視する概念。

 そして、シュタイナ王国の密かな君主。

「我々は常に、強きものを探し出し、育て、散らしてきた。血と肉と精神は、神に捧げられてきた。それが始まりのあの方が見つけ出した、国を残す方法だった」

 陛下は、剣聖の仕組みのことを言っているのだ。

「剣聖と名をつけ、奴らを殺し合わせる。強い力は新しい強い力に塗り替えられる。古い強きものは国の礎になる。このことを民が知っても、民は動揺もしないだろう。彼らは観客である。この一点では、彼らはまったくの観客だ。その点では、剣聖は選ばれた、血を流すという尊い役目を持つ、至高の存在だ。そこに始まりのあの方の意図がある」

 陛下はいつの間にか私を見ていた。

 静かな瞳だ。まるでに何者でも見通せるような、深い瞳。

「少し踊ろう」

 唐突に立ち上がった陛下が、壁際のレコードプレイヤーに向かい、素早く音楽を流し始める。

 初めてではないので、私はそっと陛下に歩み寄る。

 二人で手を取り合い、踊り始める。

 音楽にかすかなノイズ。

「叔父上はお元気か?」

「お父様は、最近は横になっている時間が増えました」

「近いうちに見舞いに行こう」

「ありがとうございます」

 私と陛下が親しげに話せるのは、私が王族の一員であり、陛下といとこ同士だからだ。

 私の父、オリト・ロウンドローブは先王の弟である。その一人娘が、私、エーナ・ロウンドローブ。

 父には爵位が与えられているが、私には何もない。

 そもそも存在自体が秘されている。これは先王陛下の御意志らしい。

 私が幼い頃に亡くなった、その偉大な人。

 私は幼い頃から精神剣に目覚め、王族は騒然とした。まさか剣聖の座につけるわけにもいかない。剣聖というのは殺し合いを是とする場所であり、王族がそんなことで死んでしまうわけにはいかない。

 先王陛下は側室を置かなかった。

 後継は十三世陛下お一人で、先王陛下が亡くなられた時、王位継承権は、父が第二位、私が第三位となる。

 この程度の予測はすぐ立つわけだが、先王陛下は、私を自分の唯一の血筋である方の護衛に、と考えた。

 それはただの護衛、警護ではなく、国の運営、表も裏も、知っているように、という意図もあったらしい。

 事実、代替わりして、十三世陛下の治世になると、私は陛下のそばにいることが多い。

 陛下も私に様々な相談をなさる。

 だけど私にはわからないことも多い。

 この日も踊りの練習をしながら、陛下は国の運営について話し始めた。税率、インフラの整備、外交。多岐に渡る話題にも、私は今では少しは意見を言える。

 その意見を陛下は吟味するようだが、すぐに私の意見の不備を指摘する。

 この方はどこで何を学んだのか、いやに鋭いのだ。

「剣聖を征伐することを考えている」

 ステップを踏みながら、唐突にその話は始まった。

「人身御供としての剣聖の力を、再確立する必要を、私は感じている」

「モエ・アサギのことですか?」

 私は聞き返しつつ、考えた。

 彼女は私とそれほど年齢が変わらない。三十をいくらも超えているはずだ。

 ピークではないと思うが、技は練り上げられ、難敵だろう。

「今は」私は慎重に言葉を選んだ。「パンターロで落ち着いていると聞いています。もはや考える必要はないのでは?」

「あの娘は餌だ」

 餌? 陛下の顔を見ると、穏やかに笑っている。

「あの娘のそばにいる男が、重要なのだ」

 なるほど、と私は心の内で納得した。

「ミチヲ・タカツジ、ですか?」

「全ては我々の不手際だ」

 少し顔をしかめる陛下。我々、というのは別に陛下と私ではなく、国のやり方だろう。それをはっきりさせるように、陛下が言葉を続ける。

「剣聖に同行した文官が買収され、むざむざ、取り逃がす。愚かしいことだ」

 それは私も知っている話だった。

 すでに十五年以上前だが、辺境の村で、剣聖は巡察の中で、有望な少年と出会った。

 それがミチヲ・タカツジだった。

 だが、剣聖に随行していた文官が村の有力者に買収され、その掃いて捨てるほどいる無能な男の息子、その婚約者が、剣聖候補生とされ、ミチヲは放置された。剣聖になれば縁組もなくなあると考えなかったのか。

 なんにせよ、その偽物の剣聖候補生がモエ・アサギなのだが、彼女にも図抜けた才能があることは、はっきりした。彼女は騎士学校で学び、最終的には剣聖の一角に上り詰めた。

 その一方で例の文官は、あっさりと事実が露見し、処刑された。その文官を制御できなかった剣聖の方は、あっさりと近衛騎士の挑戦に敗れ、死んでいた。

 そうして長い間、ミチヲは放置されたが、それが奇妙な事態に発展していく。

 モエが前触れもなく剣聖でありながら逃亡し、そこにミチヲが合流した。

 査問部隊は二人に退けられ、そのまま二人は始祖国アンギラスへ密入国する。

 その異国で、筆頭剣聖であるソラ・スイレンと渡り合ったと聞いた時、私も陛下も、目を丸くしたものだ。

 剣聖候補生になる素質はあったのだ。しかしまともな教育を受けたようでもない。

 そしてソラ・スイレンは精神剣の使い手だ。

 最初はただ、モエを放置する気にならなかっただけのような陛下だったが、何かを感じたらしい。

 ソラが帰国して、陛下はモエとミチヲを放置する意思を示した。

 しかし実は一方で調査は進めていた。

 なぜ、ミチヲはそれほど強いのか。精神剣というより、精神器を使うらしいとはわかったが、どのような性質かは、すぐにはわからなかった。

 ソラからだいぶ遅れて報告書が届き、それによると、ミチヲは知覚が特殊らしい。一方で戦闘力、つまり攻撃と防御には使えない精神剣だという。

 つまりは精神剣ではなく、精神器となる。

 その報告書を私に渡しつつ、陛下はこう口走った。

「神の目だ。なんてことだ」

 私にはあまり事情が分からなかった。

「あの男は、お前を超える」

 そう陛下が口にして、私はふと自分のことを考えた。

 王族にして、剣術を使い、精神剣を持つ。

 それをミチヲというただ一人の、何の地位もなく権威もない、逃亡者の男が、超える?

 私の意識はたった今のダンスに戻った。

「不手際など、過ぎたことです、陛下。二人を消すのですか?」

「あの二人の血により、我が国はまた一歩、強靭になるだろう。だが、それ以前に私はミチヲ・タカツジに興味がある」

「どこにですか?」

 陛下は答えずに、ステップを踏み続ける。

 レコードの針が自動で持ち上がった時、「疲れた」と陛下が口にした。

 私はミチヲ・タカツジについて考えていた。




(続く)

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