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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第3.25部 汚れた手
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3.25-6 最後の言葉


     ◆



 ミチヲは失った腕を取り戻し、私がたどり着けなかった何かにたどり着いたようだった。

 彼を見送ってから、私はこっそりと山の奥の洞窟を目指した。

 ミチヲに伝えた場所は、以前、フカミが私に教えた場所だった。あそこには何もいなかった。いや、実はいたのかもしれない。

 私には見えなかっただけで。

 洞窟にたどり着き、奥へ進んだ。あの開けた場所に出る。

 時間帯はやはり昼間で、外の明かりが差し込んで、まるで地上と変わらない明るさだ。

 私はそこをじっくりと観察した。

 かすかに黒いシミが無数に飛び散っている。どうやら人間の血のようだ。

 つまり、ミチヲは何かと争った。そして、勝ったのだろうか?

「あなたは全てを見通していたのですか?」

 洞窟の奥へ声をかけたのは、ほとんど直感だった。普段はまるで使われない私の直感が、その時は発揮されたようだ。

 滲み出すように、フカミが現れた。いつも通りの姿だ。

「私によく気づけたものだ」

 勘だった、とは流石に言えない。

「彼の存在を知っていた?」

「何度か顔を合わせたな。だがあそこまで適応するとは、予想外だった」

「キメラの研究も、彼のために?」

 近くの岩にそっとフカミが腰を下ろした。私も近くの岩を選んで、腰掛ける。

「お前は勘違いをしているが、私が言えることは、あの男がたまたま適任者だった、ということだ。あの実験は誰のためでもない。もし誰かのためだとすれば、それは私たちのためだ」

「あなたは何者なのです? 人間ですか? それとも、キメラ?」

「キメラとも言えるが、キメラは私たちの一部に過ぎない。私はもっと大きなものだ。形があり、形がなく、生きており、死んでいる。情報であり、物質である。わかるかな?」

「何も、何もわかりません」

 ふむ、とフカミは頷いて、「素直でよろしい」と囁くように言った。

「理解できるなどと思うな。全ては私たちが決める。運命さえも」

 神なのか。

 そう言いかけて、止めた。

 彼らは初めから自身を明らかにしている。

 神の一角。そう、表現したではないか。

 では私たち人間にできることとは何だろう? 彼らを崇めること? 服従を誓うこと?

 不自然なのは、私や仲間にキメラを研究させたことだ。

 彼らが神ならば、私たちに理解させたり、あるいは理解を促したりすることは、無意味だ。

「神の座から降りたのですか?」

 思わず言葉にしたのは、瞬間的に閃いた結論だった。

 彼らは神でありながら、神であることをやめた。

 万能の力を捨てた。だから、キメラについて知ることができない。

 つまり、それは……。

「万能の力で、万能を消滅させる? しかし、なぜ?」

「万能か。お前の思考は面白い。事実はそこまでドラマチックではない」

 フカミが微かに顎を上げ、頭上を見上げるようなそぶりをする。

「私たちには神でい続ける力がなかった。それだけのこと。世界は今も激しく流れ、私たちもそれに翻弄された。仲間を失い、知識も失った。今は人間の時代だ」

「あなたたちを知れば知るほど、人間は弱い力しかありません」

 まるで私は許しを請うように、そう言っていた。そうでなければ、まるで懇願しているようだった。

 人間に教えてくれ、導いてくれ、と。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりとフカミが立ち上がった。

「お前はこれからどうする?」

 世間話でもするように、尋ねられ、私は答えあぐねた。

「あの老人の願望を叶えたのだろう?」

 どうやら全てを知っているらしい。

「しばらく、休もうと思います」

「疲れたか?」

 疲れはここのところ、ずっと感じなかった。何かに熱中しているうちは、疲労など感じない人間なのだ。

 それが今、唐突に放り出されたような形になった。

 疲れているかもしれないが、まだ先へ走りたい気持ちもある。

「ゆっくりするといい。それと」フカミが笑みを見せた。「もうキメラの細胞を持ってはいないだろうな?」

 それも知っているのか。私は万歳をするように手を挙げてみせた。フカミ相手にふざけすぎた気もしたが、ふざけたい、おどけたい、そういう気分だった。

 頷いて、彼は洞窟の奥へ行ってしまった。

 結局、彼は、帰って来いとも、帰ってくるなとも、言わなかった。

 私はどうやら本当に自由になったらしい。

 来た道をたどって外へ出た。そのままゆっくりと山を抜け、老人の家に向かう。

 もう住む人もいないが、どうすればいいのだろう。遺品の整理くらい、するべきだろうか。

 小屋に辿り着くと、サリーが料理をしていた。

「どこへ行っていたのです?」

「いや、昔、訪ねた場所を確認してきた」

「あまり私を不安にさせないでくださいよ」

 サリーにしては弱気なことを言う。

 夕食を食べ、二人でこれからについて話をした。サリーはこのままアンギラスの方々を巡ってみたい、と言う。私はまだ決めていないとしか言えなかった。

 シュタイナ王国へ戻るのはやや不安だが、しかし、キラを残してきた屋敷を確認したい気持ちもある。アンギラスで薬草を探すサリーに同道するのも、それはそれで魅力的だった。

 体が二つか三つあれば、と思わず考えていた。

 翌日になって、私たちは小屋の中を片付け、老人の持ち物を整理した。親族もいないようだし、誰も引き取る者もいない。近くの村の者も、前に話を聞いた感じでは、望んでここへは来ないだろう。

 家具の類を、私とサリーで外へ運び出し、燃やした。

 その時には小屋自体も燃やしてしまおう、と二人で結論が出た。

 昼に屋敷に火を放ち、私たちはそれを眺めた。夜になっても燃え続け、村人が何人か、様子を見に来た。

 完全に火が消えたのは翌朝で、私たちはそこで別れた。

 私は結局、サリーとは別行動を選んだのだ。一度、シュタイナ王国へ戻ろう。キラとその夫と話し合いをしなくてはいけない。

 あの屋敷は彼女たちに渡すつもりになった。その手続きが終わったら、もう一度、アンギラスへ来よう。私は私で、この異国を辿れるだけ辿る。

「では先生、ご無事で」

「お前もな」

 あっさりと私たちは背を向けて、それぞれの道に進んだ。

 冬になる前に私は自分の屋敷に辿り着いた。花壇にはもう花はないが、手入れはされている。屋敷を囲う柵は、私が知らない間に蔦が密集している。

 屋敷に入ると、見知らぬ女中が掃除をしている。

「どちら様ですか?」

 私は思わず笑っていた。

「この屋敷の所有者だが」

 女中は飛び上がらんばかりに驚き、「奥様! 奥様!」と叫んだ。

 他に二人ほど女中が出てきて、それからその女性が現れた。質素な服を着ている女性は、私が最後に見たときより、だいぶ大人びていた。

 目を丸くして、それから潤ませて、こちらへやってくる。

 彼女は何も言えずに、私に飛びつくと、声を上げて泣き始めた。そのうちに、彼女の夫となったという医者も顔を出した。

 その時も、キラは泣き続けていた。




(続く)

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