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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第3.25部 汚れた手
115/136

3.25-5 移植


     ◆



 その日は、ミチヲという名前らしい男はだいぶ状態が安定した日で、朝食の後、老人が私とサリーに切り出した。

「街へ行って、あの男のための品々を揃えなさい。一晩、泊まってくるといい」

 そう言って老人がどこからか、袋を持ってきて、私たちの前に置いた。

 重い音がしたので、それが硬貨の袋で、相当な額だとわかった。サリーと思わず視線を交わした。

「そこまでしなくても私たちは、自分の世話くらいできるし、お金にも困ってないと思うけど」

 サリーが断ろうとしたが、老人は頑として譲らなかった。

 仕方なく、私とサリーはその袋を受け取り、村へ向かうことになった。しばらく進み、例の堤防のそばを抜ける。こんなに小屋と離れていたのか、と唐突に不思議に感じた。あの老人があまりに軽々と小屋まで運んだので、もっと近いと思っていた。

 それに、あの小屋に運ぶより、村に連れて行った方が早かったのではないか。

 同じことをサリーも考えているようだったが、言葉はなかった。

 村でミチヲのための衣類を手に入れ、まだ必要だろう包帯などの医療品も手に入る限り都合した。サリーも薬や、薬を作るために必要な道具を買い求めている。

 二人とも、老人が寄越した袋の中の硬貨を使ったが、しかし、中身はほとんど減らなかった。

 かなり遅い昼食の席で、サリーがその話を始めた。

「ミチヲとは、不思議な関係で出会いました。敵でも味方でもなかった。でも、私たちは剣を交えて、最初は私が勝ち、次は私が負けた。彼は負けて死ぬはずの私を、助けたのです」

「善良な人間なのだな」

「とんでもない」

 サリーが目を丸くする。私も驚いた。

「あの男は甘いんですよ。まぁ、そういう人間もいる、と勉強にはなりましたが。あいつも片目を引き換えにして、色々と学んだでしょう」

「片目?」

「ええ。私が切ったんです。気づいていなかったのですか?」

 片目を失っている?

 急に老人から聞いたことを思い出した。

 目を移植する話だ。

 今、老人の前に片目を失った男が現れた。これは偶然だろうか?

 どんな存在にも、未来を予測することはできない。だが、老人は本来は見えないものを見る。

 それが未来ではない、と断言することはできるだろうか。

 思わず手を止めている私に、サリーが不思議そうな視線を向けているのに、遅れて気づいた。

「何か気になることがありますか?」

「老人が目を移植する話をしただろう。それが、気になった」

「まさか、ミチヲの目を治すのですか? どこに新しい眼球がありますか?」

「老人の目だ」

 サリーが口元を撫でる。

「しかし、もうミチヲの傷は治癒している」

 そう、そこが私にもわからない。それにもうミチヲの片目は、失ってから相当な時間が過ぎている。今更、新しい眼球を繋げるだろうか。

 全て、私の考えすぎか。

 その夜、ミチヲのことを案じつつ、私たちは夜にも拘らず、医薬品や手術器具を買うために、もう一つ先の街へ向かった。朝には到着し、すぐに買い物をし、来た道を戻った。

 私たちは荷物を背負って歩いたので、それほど速くは歩けない。思った以上に荷物が多かった。休息しつつ、山に戻った。帰る頃には日が暮れるだろうと、二人共が日が落ちてくるのに急かされるように、先を急ぎ出す。

 どちらが先に気づいたのかは、わからない。

 老人の小屋が見えた時、誰かが外に倒れている。サリーが短い悲鳴の後、荷物を放り出して走り出した。私も続く。

 倒れているのは、老人と、ミチヲだった。

 老人は既に事切れている。

 ミチヲは片腕を失っているが、呼吸は確かだ。ただし出血がひどい。時間がないだろう。

 サリーの呼びかけに、わずかにミチヲは反応したが、すぐに意識を失った。二人で小屋に運び込む。左腕の傷を即座に塞がなくては。出血が酷いので、あるいは死ぬかもしれない。

 ミチヲへの処置が終わり、あとは神に祈るだけになった。

 老人の死体が外に置き去りだったので、それも葬らなければいけない。サリーが穴を掘った。

 私は老人の亡骸を確認した。

 瞳をどうするべきだろうか。しばらく考えたが、決断はすぐだった。

 老人の瞳をえぐり出し、これも常備している保存液の入った瓶に、それを落とした。

「移植するのですか?」サリーがこちらへやってきた。「そこまでする理由がわかりません」

「この老人の最後の願いだと思ってね」

「その処置をされるミチヲのことは考えないのですか?」

 それは確かに、大きいものだ。

 だが、私はもう決めていた。

「この老人は、彼の目があの男に必要だと見ていた。そう、見たんだ。それが正しい未来だと、この老人には見えたんだろう。私はそれに従ってみる」

「責任転嫁じゃないですか」

 そうかもしれない、と答えて、私は立ち上がった。

「手助けが必要だ。やってくれるか?」

 大仰にため息をついて、サリーがシャベルを放り捨てた。

「良いですよ、どうなっても知りませんからね」

 こうして私とサリーで、ミチヲの左目の眼窩に老人の眼球を移植した。やはりミチヲの左目は治癒が進んでいて、眼球の神経を繋ぐのに苦労した。苦労どころではない、諦めたかった。

 無理をして、どうにか眼球を収め、しかし、これでは瞳を動かすこともできないだろう、と私は自分の手術の雑さに落胆した。

「これで何が変わるんでしょうね」

 サリーは疑わしげにそういうと、さっさと小屋を出て行った。老人を埋めるのだろう。

 私も外へ出て、それを手伝った。老人を埋めてから、それぞれに黙祷をして小屋に戻った。

 数日がして、ミチヲが目を覚ました。

 サリーがそれに気付き、私を呼んだ。しかし私が戻ると、もう意識を失っていた。

 彼はたまに目を覚ますが、虚空を見据えてうめき声をあげ、また気を失うことを繰り返した。

 それが一週間ほど続き、やっと彼の瞳に正気の色が戻った。

「慣れるまで時間が必要だろう」

 ミチヲがこちらを見る。左目はやはり動いていないが、何かを映しているのは感じ取れた。

「あの男は奇妙な男だったが私に言づけてたことがある。いずれここに最強の剣士が来る。その剣士は左目を失っている。そこに自分の眼を移植するように。私はそう頼まれていた」

 ミチヲが私をまっすぐに見える。少し脚色したが、許されるだろう。

 しかし、こうして見据えられると、そわそわする。

 どこか落ち着かなかった。

 それから私は彼と短く言葉を交わし、薬を用意していたサリーも戻ってきた。ミチヲもサリーのことを覚えていた。

 彼の面倒は主にサリーが見た。

 サリーから聞いたところでは、彼はシュタイナ王国を目指しているらしい。シュタイナ王国と彼にどういう関わりがあるかも、サリーが教えてくれた。

 ミチヲと行動を共にしていた女性が剣聖だったという。

 私の知識の中では、欠番になった剣聖が一人いる。女性で、モエ・アサギ、という名前だった。断片的な情報だが、査問部隊がだいぶ動いたとも聞いた。

 ミチヲもモエと同程度の使い手だと、サリーが教えてくれた。

 そのミチヲの元に、チルドレンが送り込まれるのは、自然だろう。それらしい話もサリーが私に伝えてくれた。

 すでにチルドレンは、走り出している。

 私たちの研究成果が。

 私は決断した。

 ミチヲが起き上がった時を狙い、私は彼にキメラの話をした。

 ミチヲは、私の提案を受け入れた。

 彼の失われた左腕に、私はずっと持ち歩いていた、秘蔵のキメラの細胞を移植した。

 結局、私は、好奇心には勝てないのだ。




(続く)

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