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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1部 失われた剣聖の誕生
11/136

1-11 大脱出

     ◆


「いったい、こんなところで何をしている?」

「運動だよ。技は磨かないとね。あの道場は手応えがなかったけど」

 剣聖の相手をされたんじゃ、困るだろう。

 村の中にある宿屋の俺の部屋で、二人でお茶を飲んでいた。

 なんとも妙である。

「剣聖っていうのはこんなに自由なのか?」

「まさか。毎日、予定があって、剣を振らない日もあるくらいよ。事務仕事もあるし、各地を回って候補生を探したり、シュタイナ王国軍の視察もある。忙しいったらありゃしない」

 その割には、今は余裕である。

 服も私服で、剣さえも平凡なものだ。

「まあ、それももう終わったけどね」

「終わった? 何が?」

「剣聖としての生活がよ」

 訳がわからなかった。

「どういうことか、説明してもらわないと、わからないんだけど」

「だから、剣聖を辞めたのよ」

 ……えっと。

 ……えーっと……。

「そんなに簡単だったかな。確か、剣聖になるには、前任者と決闘をして、勝たないとダメで、逆に剣聖は誰かに負けたら、死と同時にそれでやっと地位を譲れるはずだったような」

「その通りよ」

「決闘で勝つ、というのは相手を殺すことで、地位を返上するということは、死んでしまう、ということだったはずだね?」

「その通り」

 やっと分かってきたぞ。

「脱走したのか?」

「悪い言い方をするとね」

「良い言い方をすると、どうなる?」

「一人の人間に戻った」

 それはまた、綺麗な言葉だな。

 飾りすぎな気もするけど。

「追っ手がかかるはずだけど、どうするの?」

「剣聖に勝てる追っ手なんて、そういないって。なで斬りにして、送り返してやるわ」

 それはまた、剛毅なことで……。

「私の話は良いのよ。あなたに関しての、重大な話がある、っていうのも理由の一つなの」

「俺に関して? 何?」

 モエが身を乗り出す。

「私、実は、金の力で剣聖候補生になったの」

「金の力?」

「そうよ。タツヤの家が、剣聖たちを買収したんだよ」

 今日は訳のわからない話題が続く日だな。

「でもなんで、モエを? タツヤを剣聖候補生にすればいいじゃないか」

「あの間抜けに剣聖候補生が務まると思う?」

「……ごもっとも」

 頷いたモエが心なしか、声をひそめた。

「本当はあなたが剣聖候補生になるはずだったのよ、ミチヲ」

 ……僕が剣聖候補生?

「それを知ったタツヤの家の連中が、妨害工作に動いたの。で、剣聖が二番目に筋が良さそうだと判定した私が、剣聖候補生になった。あの背広の男が、決定権を持っていてね」

 背広の男は、もう僕の中ではほとんど記憶から消えていた。

「俺が剣聖候補生かぁ」

 それ以外、何も言えなかった。

 もう長すぎる時間が過ぎている。

「ミチヲがあれからどう生きてきたか知らないけど、私の突きを打ち払うくらいだから、その技量は抜群よ。自信を持っていい」

「あれは手加減したんじゃないの?」

「まさか。あれが、雷の剣聖、とも言われる私の技の一つ、雷光の突き、よ。歴とした、剣聖剣技。あなたはそれを破ったの」

 いやはや、とんでもないことになってきた。

「俺はこのまま傭兵をやるよ、自分に合っているしね」

「一緒に旅をしない? ミチヲ」

「いきなりだね。まぁ、ここのところ、いきなりがすごく多い日々ではあるけど」

 旅、か。

「一ヶ月は付き合えると思う。でも、安全に旅ができるの?」

「もちろん」

 嫌な予感しかしない。

 それから俺たちは打ち合わせをして、モエは自分の用意した宿へ帰って行った。

 翌朝、二人で村のはずれで待ち合わせて、俺たちの旅は始まった。

 始まったはずだった。

 街道とも言えない、畑の中の道で、前方に悪目立ちする黒いローブの男三人が、立ちはだかった。

 悪い予感が現実になった。

「あれは」

 まるで友達でも紹介するように、モエが言う。

「剣聖評議会直属の、査問部隊よ」

「査問部隊? 聞いたことがないな」

「剣聖による反乱を防ぐために、剣聖の行動を見張ったり、あるいは処分する部隊」

 剣聖を処分だって?

「剣聖を殺すのか?」

「秘密裏にね。まぁ、シュタイナ王国の闇の中のそのまた闇ね」

 おいおい、本気かよ。

「最優秀の騎士から選抜される部隊だから、油断しないでね」

 ローブの三人が剣を引き抜く。

 なんでこうなっちゃうんだろう?

 俺は仕方なく自分の剣を抜いた。モエも剣を抜いている。

 ど田舎の田んぼの中の道で、いきなり、死闘は始まった。


 脱走した剣聖の情報はシュタイナ王国の隅々まで伝えられ、賞金さえもかけられた。

 雷の剣聖、と呼ばれたその女性は、二度と歴史の表舞台に戻ってくることはなかった。

 どこそこでそんな女を見た、という情報は無数にあったが、どれも確度は低く、追跡も行われているのか、曖昧なほどだ。

 所在や容姿に関する噂が流れるのと同時に、別の噂も流れ始めた。

 それは、雷の剣聖が、不正な行為によって剣聖の地位に就いた、というものだった。

 これにはシュタイナ王国の軍の首脳部が声明を発し、国王さえもが言及する、異常事態にまで発展した。

 それでも国民の間ではこの噂が完全に払拭されることはなかった。

 いつの頃からか、もう一つ、奇妙な噂も流れた。

 それは、雷の剣聖が剣聖候補生になる時に、一度は見出されながらも剣聖候補生となれなかった少年がいた、という噂。

 その少年は今、青年になり、剣聖にも劣らぬ実力を持っている、というのだ。

 シュタイナ王国軍にいるとか、どこかの傭兵団にいるとか、蛮族に混ざっているとか、様々なバリエーションで、この噂は広まった。

 人はいつの間にか彼のことを、無の剣聖、とか、忘れられた剣聖、と呼び始めた。





(第1部 了) 


     


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