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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2.75部 狂気の研究
108/136

2.75-5 決定的打撃


    ◆



 実験の結果は、驚くべきものだった。

 彼は死ななかったのだ。

 むしろ人間を超越した。失われたはずの右腕が、日ごとに治癒速度を増して、おぞましい光景ながら、復活していく。

 様々な実験が行われ、驚異的な事実が判明した。

 全ての傷が、治癒していく。切り傷、骨折、火傷、全てが治癒するのだ。

 私たちは彼の腕の生皮を剥いだりもした。彼は痛みを訴えたのも短時間だけで、皮膚は即座に再生した。

 私たちは沸き立った。この時ばかりは他の研究者たちも私と抱き合い、声を上げた。

 私たちは、まったく新しい生物へ近づいている。

 その確信が全員にあった。

 ただ、異常事態は唐突にやってきた。

 被験者の近衛騎士は、ぼんやりとしている時間が増えてきた。私たちの言葉に答えない時もある。

 ここまではまだ害はなかった。

 握力を計測している時だ。彼が計測器を握りしめ、途端、虚ろな顔になった。

 みんなが見ている前で彼は人間離れした握力を発揮し、測定器は限界まで針を振り切らせ、そこで停止した。

 鈍い音と共に計測器が破壊された。

 そこで近衛騎士は我を取り戻したが、私たちはみな、言葉をなくしていた。

 確かに近衛騎士は生物の領域を超えた。治癒力、運動力、どちらも常人ではない。

 だが、彼から理性が失われたら、一体その力を誰が管理するのか。

 フカミに相談するべきだ。そう判断して、私は彼を訪ねた。

「それもまた実験か」

 そう言って、フカミは一人の男を連れ立って、私たちの実験室へやってきた。

「実験室というより体育館だな」

 広い広間に入ってきたソラ・スイレンがそう言って口笛を吹く。

 彼の傷はすでに完全に治癒し、日常には何ら支障はない。それに彼は手傷を負って以降、さらに剣術を高めるために努力しているという噂も聞く。王宮の中にいなければ知ることもなかっただろう。

 被験者の近衛騎士が連れられてきた。

 ソラと向かい合い、近衛騎士に剣が手渡される。彼は不思議そうな顔だ。

「さあ、やろう」

 あっさりとそう言って、ソラが剣を抜いて、間合いを詰め始める。私たちは距離を取った。

 そしてこれから目の前で起こることを、細大漏らさず見届けるために集中した。

 近衛騎士が姿勢を整える前に、ソラが躍り掛かった。

 私には視認不可能な速度で滑るように移動し、剣が走った。

 甲高い音。近衛騎士は防いでいる。しかしそこへソラの連続攻撃。

 血飛沫が撒き散らされた。

 倒れたのは近衛騎士だった。

「こんなもんか?」

 ソラがこちらを見やる。

 私はさすがに圧倒された。ここまでの使い手は、そういない。あまりに強い。

 ただ、心の底から震えるものを感じもする。

 この存在を、科学で圧倒できれば、もはや剣聖は特別でもない。

 その興奮を裏付けるように、近衛騎士が立ち上がった。さすがにソラも向き直っている。

「えげつないものさ」

 そう言ったソラの声が掻き消されるほどの濃密な風を切る音。

 噂に聞く、ソラ・スイレンの最速の攻撃、十六弦の振り。

 近衛騎士は三連撃までは器用にさばいたが、そこまでだ。

 左腕がすっ飛び、右足も膝で切断された。

 胸に何本もの傷跡の線が入り、最後の一撃が首を半ばまで断ち割った。

 重い音ともに、倒れる。

 死んだ。普通なら。

「どうなっている?」

 ソラがまるで怖がるように間合いを取った。

 床に転がっていた近衛騎士の腕と脚が真っ黒い液体になり、地を這う。

 一方で、近衛騎士は失われた四肢が即座に再生し、起き上がっていた。

「なぁ、フカミよ」

 まるで世間話をするように、ソラが私の隣にいるフカミに声をかけた。

「本気でやっていいのか? 塵も残さないくらい」

「やって見せろ」

 フカミは落ちついたものだ。

「それも実験になる」

「僕はただ不愉快な気分なだけさ」

 立ち上がった近衛騎士がソラに躍りかかる。

 彼の目は、虚ろだった。

 あの状態だ。攻撃性に支配される、無意識状態。

 恐れていたことが、最悪の場面で起こっていた。

 今、近衛騎士には理性がない。ソラを叩き潰すことしか、考えていない。

「弱い」

 小さく、ソラが呟いた。

 湿った、というより、鈍い、という表現が正しいだろう。

 近衛騎士の胴体が腰で二つに分割された。それは見た。

 あとは何が起こったか。

 体がバラバラに分解された。さらに見えない何かがその破片をすり潰すように、空間を支配した。

 結果、一瞬で近衛騎士は花火のように砕け散った。

 決定的どころではない。

 もう原型が少しもない。

 飛び散った血や肉片が、すべて黒いシミに変わる。それがじわじわと一箇所に集まろうとするが、それも勢いが消え、最後にはまさにシミとなって、それで終わってしまった。

 さっきのあの見えない力は何だ?

 あれが、精神剣か?

「不死と言っても、死ぬじゃないか」

 足元のシミを靴で弄りつつ、ソラが呟く。

「研究段階なのだよ」フカミが笑みを含んだ声で言う。「私にもどこに落ち着くかはわからない研究だがね」

 その発言には、ソラの戦闘力よりも驚きがあった。

 フカミは何を目指して、この研究をしているのだろう?

 不意にそれが気になりだした。

「じゃあ、僕は帰るよ。後片付け、よろしく」

 ふらふらっとソラ・スイレンが去っていく。そう、彼はわずかな手傷も負っていない。

「あなたの目的は何ですか?」

 小さな声でフカミに問いかけると、フカミの返答は、これも意表をつくものだった。

「お前たちが私たちをどう解釈するかを知りたいのだよ。だいぶ遠回りをするが」

 私たち?

 フカミは、キメラの一員なのか。しかし、ソラも知ってはいる様子だった。

 誰が知っていて、誰が知らない? どういう立場の人間が、何を知っているのだ?

 私はフカミにどう質問するべきか、考えたが、しかし、浮かんでくる質問があまりにも頼りなく、口にはできなかった。

 あなたは人間か? などと、目の前の老人には聞けなかった。

 私たちが弄んでいるキメラは、何のか? などとも、聞けなかった。

 フカミが去り、研究者たちが残留物を採取しているのを私は見ていた。

 いつの間にか、恐ろしい場所へ私は踏み込んだようだ。

 それなのに、私はその道をまだ進むつもりでいる。それが我がことながら、やはり、恐ろしかった。

 それから長い時間をかけ、私たちはキメラに関して調べ続け、確かめ続けた。

 多くの死刑囚が犠牲になった。

 あの近衛騎士と同じ程度の使い手は、ほとんどおらず、それもあって、彼ほどキメラが馴染む個体も滅多に現れなかった。

 その稀な被験者も、時間とともに意識を失っていき、ぼんやりとして過ごすようになる。言葉は通じているようだけど、返事はしない。頷きもしない。

 ただ、ぼんやりとそこにいる。

 剣を持たせることもあったが、その時は、大抵、フカミが同席した。

 フカミはソラほどではないが、徹底的に被験者を解体し、それで被験者はもう終わりになる。

 その光景を見るたびに、私の中にある種の安堵が生まれた。

 私の実験は、まだ制御可能である。

 しかしあまりに残酷で、非道なことを、私はしている。

 何かに取り憑かれたように。





(続く)

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