5-8 王都という戦場において
時間帯は特に考えなかった。
昼過ぎに王都に到達し、そのまま王宮へと向かう。王都に来たのは傭兵をやっている時に数回、機会があったが、全体を把握するまでではない。
第二王宮が剣聖の主な滞在場所だと聞いていたので、そこを選んだ。
日差しはすでに秋のそれで、パンターロを発ってから半年近い時間が過ぎている。
すれ違う人々が不審そうにこちらを見る。それもそうだろう。俺は髪の毛を一つに括り、髭は雑に剃ってあるが、服装はホコリだらけで、ともすれば浮浪者に見えてもおかしくない。
第二王宮は広い堀に囲まれていた。中に入るには長い橋を渡るしかなく、その橋は二箇所しかない。
表の橋を通るべく、そこへ進むと守備兵が立ちふさがった。制服はただの兵士のそれ。近衛兵でもない。
何か言おうとした相手を、片手で捻るようにして投げ捨てた。そのまま男は鮮やかに堀の中へ転落していった。
もう一人が目を剥いているが、声を上げる間もなく、俺は当身で気絶させている。
と、詰め所からバラバラと兵士たちが飛び出してくる。何人いようと俺を止められるわけもない。
数を数える気は最初からなかった。殺す気もない。
くたくたと兵士たちが倒れ、動かなくなる。宙を舞って堀に落ちるものも続出した。
一段落し、俺は橋を渡っていく。その先には門があるから、これは破壊するしかない。
閉ざされた門に到達し、それに左手を押し付ける。
ぶるりと左腕が震える。
軋む音が響き、それが大きくなる。門が震え始め、亀裂が入った。
俺はじっと姿勢を維持し、左腕を押し付ける。
見る間に門が裂け、最後には弾けるようにわずかに開いた。
その隙間から中へ入ると、十五人ほどの近衛兵が待ち構えていた。もちろん、全員が剣を抜いている。
素早く包囲して彼らが、同時に攻めかかってくる。
雷撃の域と名付けた、超高速の防御の剣術が、十を超える剣をほとんど同時に弾き飛ばした。
俺の剣が舞い踊る。
近衛兵たちはやはり相当な使い手で、手加減をする余裕はない。
一人、また一人と、腕を切ったり足を切ったりすることで、戦闘力を奪っていく。
呼吸を乱すことなく、最後の一人を倒し、改めて周囲を睥睨した。
恐怖の視線が俺に向けられていた。
殺しはしない。そういう態度を示すが、彼らの恐怖は消えない。
俺という存在が恐ろしいんだろう。
それもそうか。
ゆっくりとその場を離れ、建物に向かう。近衛兵がさらに出てくるかと思ったが、不思議と誰も現れない。
いや、現れた男がいる。
建物からちょうど出てきたような素振りのその男は、俺もよく知っている。
「久しぶりだな」
ソラ・スイレンはもう十年以上会っていなかったが、前と少しも変わらない。気安げで若々しい。
まるで握手でもするかのように歩み寄ってくる。
さっと、俺は半身になった。
「さすが」
ソラが少し表情を引き締めた。俺にぶつけた精神剣をあっさりと回避されて、さすがに油断を戒めたらしい。
ソラが剣を抜く。俺も両手に剣を抜いた。
「悪いが、今回ばかりは最後までやるよ、ミチヲ」
「自由にしろ、筆頭剣聖」
二人が同時に動いた。
横へ横へ移動しながら、ソラの精神剣を回避していく。不可視の攻撃が地面をえぐり、控えめな花壇を粉砕する。
お互いに和音の歩法で回り込もうとする。
わずかにソラが速い。俺よりも完成度が高いのだ。
精神剣による攻撃と組み合わせ、ソラが俺の側面に滑り込んだ。
超高速の攻撃が交錯する。
俺の左肩に二つの傷が口を開き、血飛沫が舞う。
筆頭剣聖の十六連撃、さすがに早い。俺の十二連撃では工夫しても全てを捌ききれなかった。
しかもこれで終わりではない。
即座にソラが次の連続攻撃に繋ぐ。ほとんど間を置かないので、前代未聞の三十二連撃と言ってもあながち、間違いでもないだろう。
ただし、受けようと思えば、受け止められる。
足を停止させ、即座に大樹の構えに切り替える。
十六連撃を二本の剣で全てが弾き返し、逆襲、こちらから両手でそれぞれ十二連撃。
予測されていた。
二十四の連続攻撃を、ソラは途中まで弾き、最後は身を捻って回避し、こちらの懐へ飛び込んだ。
それもそうか。この技を見せてから長い時間が過ぎている。
成長するのが当たり前だ。
俺もだが、な。
ソラの攻撃に対して俺は一撃だけ、繰り出す。
慌ててソラが跳ねるように距離を取るが、遅い。
肩から胸を切り裂かれ、ソラが後方へ逃れる。
それでも精神剣を無数に繰り出し、俺の追撃を防ぐのは忘れない。やはり、戦い慣れている。
俺も距離を取って、こうして両者は再び離れて向かい合うことになる。
「今の一撃はなんだ?」
ソラが油断なくこちらを観察するが、俺は構わず歩み寄る。
ただの歩みだ。ソラがじりっと下がった。
かすかに彼が目を細め、俺はそれを感じ取った。
精神剣が来る。空間を制圧するほどに。
和音の歩法、そしてそこからの旋律の歩法を展開し、精神剣をことごとく回避する。
高密度のその攻撃は俺を誘導する気配。
罠を逃れようとした瞬間、不可視の力が衝突し、その余波が俺に向かってくる。
左肩に受けて姿勢が泳ぐ。
強引に歩法を継続、ソラへ突っ込む。
剣が交錯し、俺は地面に転がり、起き上がった。
左肩が粉砕されているが、蠢くような気配の後、治癒していく。
ソラは平然としているが、汗がこめかみを伝っている。
両者は完全に拮抗している。
俺はソラに背を向けて建物へ駆け込むことに決めた。俺の目的はソラを切ることではない。
シュタイナ王、全ての根源を切ることが目的なのだ。
ソラが追ってくる。背後からの精神剣の嵐を辛くも回避し、建物の中へ。背後で激しい破壊の響きとともにソラが追跡を続行。俺は構わずに走った。
目の前にすっと進み出てきた男がいる。
同時に、強烈な力が向かってくる。
横っとびに回避する。力が吹き抜け、髪の毛が翻弄される。
立ち上がり、剣を構え直した。
背後にはソラ・スイレン。そして前に、カナタ・ハルナツ。
シュタイナ王国最強の二人が、俺に向かって剣を向けていた。
良いじゃないか。これもまた、想定のうちだ。
集中を高め、左目を解き放つ。
幻が無数に踊り始める。
様々な過去、現在、未来。遥か彼方の、見知らぬ人々。すでに死んだもの、まだ生まれていないもの。
全部が俺に問いかけてくる。そして俺に答えを教えてくれる。
精神剣が俺に襲いかかる。
幼馴染でもあるという二人の、呼吸のピタリとあった連携攻撃。
俺はわずかにしか動かなかった。
それだけで、精神剣の隙間に俺は立っている。
二人が呆気に取られていた。
まずはソラだ。旋律の歩法で一直線に切り込んだ。再度の精神剣の迫ってくるような攻撃。
わずかな間隙を抜け、俺は無傷。
剣の一撃でソラの脇腹を抉る。交錯した一撃が俺の肩を走る。
仕止めるつもりで攻撃を繰り出すが、ソラがカナタの精神剣に弾き飛ばされ、俺の間合いを脱出する。カナタの機転だった。
もちろん、それも俺の左目は見ている。背後からの精神剣を見もせずにやり過ごし、ソラを追う。
ソラは立ってはいるが、苦痛のせいか、集中が乱れている。
俺はそこへ必殺の一撃を繰り出した。
と、ソラは足がすくわれたようになり、転倒する。俺の剣から逃れる。
なんだ? カナタではない。
しかし精神剣だ。
影が俺のすぐそばに忍び寄ったのは、その一瞬だった。
左目が訴える。危険を。死を。
左手を差し込んだ。
切っ先が腕を貫いて、わずかに俺の体には届かない。
右手の剣を走らせるが、相手は距離を取り、転倒しているソラのすぐ横へ。
女だった。何者だ?
三人目の精神剣の使い手。だが、剣聖ではない。
「助かったよ。やれやれ、乱暴だな」
ソラがそんなことを言うが、女は一言も答えない。
俺は左腕に傷が治るのを意識しつつ、左目に意識を集中した。そこに俺の精神剣も同時に作用させ、意識の中では俺を取り巻く全てが徹底的に解析されていった。
ここからが本当の戦いになる。
(続く)




