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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1部 失われた剣聖の誕生
10/136

1-10 数奇な運命

     ◆


 会談は一日、続いた。

 そもそもの部族間の縄張り争いがあり、その上でこちらが相手の斥候を確保してしまったことが引き金だとはっきりした。

 剣聖が相手でも、無駄にへりくだったり、下手に出る必要はない、と俺は思っていた。

 もし目の前にいる剣聖がモエじゃなければ、また違ったかもしれないけど、とにかく、俺は強気を貫いた。

 俺たちを雇った部族には、縄張りの厳守を約束させ、反抗の意思がないことを示すために、一定数の武器を相手に渡すことさえ、約束させた。

 無駄な争いは避けるべきだった。

 一旦、それぞれの陣地に戻り、翌日、改めて会合が開かれた。

 二日目はほとんど形だけだ。蛮族同士の取り決めが、それぞれの部族長が血判状を作り、最後に握手で、実際のものとなる。握手なんて形だけだが、彼らにはそうではないようだ。

 帰ろうとすると、モエが呼び止めてきた。周囲のシュタイナ王国の兵士たちが不思議そうにしているが、彼女は気にした様子もない。

「こんなところで会うとは思わなかったよ」

「俺もだよ。剣聖になったとは聞いているが」

「もうあの村には帰る余裕もなくてね。ミチヲが元気そうでよかった」

 俺は帰る支度をしながら、モエの話を聞いていた。

「いつ、村を出たの?」

「一年前だな。お前の未来の旦那が無茶をしてな、追い出された」

「ひとつ訂正するけど、もう未来の旦那じゃない」

 危うく、死んだのか? と聞きそうになり、こらえて、

「契約解除か?」

 と、どうにか口にする。反応は困ったような笑いだった。

「そういうこと。私はもう、彼と関わっている暇もないし」

「蛮族の相手をする時間はあるのにか?」

「これも仕事よ」

 やれやれ。剣聖も色々とあるようだ。

 身支度が整った。

「じゃあな、モエ。達者にやってくれ。俺は俺で適当に生きるから」

 もう二度と会えないと思っていたモエと会えたのだ、それで良しとしておこう。

「これだけは聞いておきたいんだけど」

 最後に、モエが質問した。

「私の突きを、どうやって回避した?」

 答えづらい質問だった。

「うまく言えないが、見えたんだ。見えれば、避けられる」

「あなたの動き、変だったわよ」

「そんなことないさ。じゃあな」

 俺は外に出ると、マルーサと部族長と共に集落に向かって歩き出した。

 集落に戻ってまずやったことは、俺たちは契約履行は不可能と判断した、という書類を作り、本部へ送ることだった。

 本部が納得するのは目に見えている。それでも使者の行き来に一週間はかかるかもしれない。

 実際には使者は五日で帰ってきて、契約を破棄して帰還せよ、という通達がきた。

 この五日間、俺たちは部族の連中にかなり厳しく、徹底的に戦闘技術から集団での戦い方まで、熱心に教え込んだ。あまりに激しかったので、部族の若い連中が暴発するかと思ったほどだ。

 俺たちは去り際に、最低限の武器だけを身につけ、残りを全部、この蛮族に提供することにした。

 一部の人間しか、傭兵団との契約のことを知らないので、たぶん、俺たちはかなりの善人に見えただろう。

 その代わりとして、彼らが製造している変な酒を俺たちは大量の甕に入れて、持ち帰った。

 シュタイナ王国の支配域に戻り、合流するように指示されていた部隊に合流する。この部隊はシュタイナ王国に攻めこもうとしている蛮族の一部族と、小規模な衝突を繰り返している。

「ご苦労だったな、ミチヲ」

 司令官は五十代の男性で、柔らかな笑みで俺を迎えた。敬礼を返す。

「君たちの部隊には休暇が与えられる。一ヶ月だ」

 長いといえば長いが、ありえない長さではない。

「羽を伸ばして、またビシバシ働こう」

 司令官なりのジョークらしい。俺は笑みを返しておく。

「これは個人的な興味だが、剣聖と剣を交えたのか?」

「ええ、まぁ」

「よく死ななかったな」

 どう答えていいか、わからなかった。

「顔見知りでして。手加減されたんでしょう」

「剣聖も鬼ではないのかな」

 あの一撃は鬼のような殺気でした、とは言えなかった。

 少しの雑談の後、俺は自分の部隊に戻り、司令官が渡してきた辞令を手に持って、全員に一ヶ月の休暇が明日から始まる旨を告知した。傭兵たちは大声をあげて、喜んでいる。

 その夜、ちょっとした宴会があり、俺も参加したが、酒を飲む気にはやはりなれなかった。

 休暇のことを考えた。

 どこかに旅行に行くのもいいだろう。剣術探しの旅は面白そうだ。

 他の国に行くのはどうだろう。北方の山岳国家パンターロは無理でも、大陸中部の、始祖国アンギラスに行ってもいい。

 宴会は緩慢に終わり、本当の夜がやってきて、翌朝、傭兵たちはいつの間に書いたのか、休暇行動予定表を提出し、三々五々に去って行った。

 俺は自分の予定表も含めて、司令官にそれを提出した。

「君はどこへ行く?」

「フインという村へ」

「フイン? すぐそこだな。我々の物資を買い付けている村のひとつだ。そこに何がある?」

「剣術道場があるはずです」

 さすがの司令官も呆れたようだった。

「そこで一ヶ月か?」

「いえ、アンギラスへ行ってみようと思います」

「ふむ。あの国は私も三度ほど、行ったことがある。面白い国だ」

 旅の無事を願われて、俺はそこを離れた。荷物をまとめて、傭兵団の陣地を出る。

 フインという村はここから少し後方へ行けば半日もかからずに着く。

 剣術道場には、スクスという老人がいて、その老人は元は王都で鳴らした剣士だったと聞いている。

 技の片鱗でも、身につけたい。

 村に着くと、少し変な空気だった。困惑、だろうか。

 近くにいた村人に道場の場所を聞くと、まさに困惑した様子で、答えがあった。言われた通りに進むと、道場が確かにある。しかし出入り口に五、六人の村人が立って、中を覗いていた。

「何かあったんですか?」

 俺が声をかけると、村人たちが、怯えたように道を開けた。

 まるで俺が人食いのような反応だった。

 しかし道ができた以上、進まないわけにはいかない。俺は恐る恐る、道場の中に入った。

 木刀同士がぶつかる音、そして鈍い音、重い音の連続。

 道場の板張りには、十人ほどの男が倒れ伏し、呻いていた。

 その真ん中に立つ、木刀を持った女。

「やっと来たね」

 俺を見て、女が言う。

 モエだった。

 思わず道場の奥にいる老人、フインを確認していた。

 老人は真っ青な顔で口元をわななかせている。

 門弟の不甲斐なさ、じゃなくて、女が何もかもめちゃくちゃにしていることに、激しい怒りを持っているようだった。

 俺にどうこうできる事態じゃない。

「ミチヲ?」

 モエは手の甲で軽く額の汗をぬぐった。

 その動きさえも、まるで余裕をはっきり示しているようで、非常に、まずかった。




(続く)






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