第81話 よく晴れた日の
少女の目の前には、墓石があった。決して立派なものではないが、この墓地の中では比較的新しくて綺麗な墓石だ。黒装束に身を包んだ少女は、その場にしゃがんで祈りを捧げる。墓石には少女の母の名が刻まれていた。
「泣いては駄目よ」
少女の小さな肩が、びくりと震えた。
「あなたが悲しんだら、あなたのために動いてくれた沢山の人が悲しむことになるわ」
厳しく叱られるようなその声はとても小さなものだ。ただし少女には、墓守の祈りの言葉よりもはっきりと耳に届いた。
「この程度のことで落ち込むなんて許しません。ましてや悲しくて泣くなんてもってのほかです。今この場で誰よりも恵まれているあなたが涙を流すなんて、言語道断よ」
「……」
少女は鼻をすすり、目に浮かんだ涙をゴシゴシとぬぐった。
「あっ」
その拍子に、少女の左目の眼帯がやや斜めにずれる。少女は慌ててずれた眼帯を直そうとした。すると今度は、まとっていた喪服が乱れてしまった。
「まったくもう」
じっとしてなさい。そう言って少女の隣で祈りを捧げていた女性は、慣れた手つきでまたたくまに少女の身だしなみを整えてやる。
「あなたの慌てん坊なところも、こんな風に直せたらいいのだけれど」
「はうぅ」
それは小さな葬儀だった。人の集まりは墓守を含めて三人だけ。幼い半獣人の少女と線の細い人間の女性は、年若い墓守に促されて最後の別れを行う。その間ふたりはまるで仲睦まじい母娘のように肩を寄せ合っていた。
「……ごめんなさい、アナタ。私はまだそっちに行けないみたい」
穏やかな呟き声を、風が運んでいく。木々のざわめきが優しい返事に聞こえたのは、きっと気のせいだろう。
「行きましょうか」
「は、はいです!」
元気よく返事をした少女は、慌てて口を押さえる。女性はくすりと笑った。もう墓守の姿はなかったが、気をつけたほうがいいのも確かだ。だが手を繋ぐ程度なら問題はないだろう。女性は少女の手をそっと握りしめる。少女の顔に、ぱっと花が咲いた。およそ墓地には似つかわしくない笑顔だが、これはお互い様である。ふたりはしっかりと手を握り合い、歩き出した。
「そういえば、お昼ご飯がまだだったわね」
「はうぅ、あたしもうお腹ぺこぺこですぅ」
それはよく晴れた日の、午後のひととき。




