第7話 お城へ
ランド王国・首都アスカニア。
零支部自慢の新型動力車で片道五時間弱。天を含めたお城出向組がランド王国の城下町に到着したのは、正午過ぎのことだった。
「なんつうか、見るからに高級住宅街って感じだな」
助手席の窓から町の風景を眺めながら、天はそんな感想を述べた。
「ここはランド王国の中でも特に上流階級の人型しか住めないって言われてる、文字通りの超一等地なのです」
すかさず解説を入れてくれたのは動力車を運転するリナ。天の頼れる方の妹分だ。
「なるほど。まさにセレブの町ってわけだ」
「うん。あたしもランドに活動拠点を移してそれなりだけど、ここに来たのは今日が初めてなのです」
本日。零支部特異課のメンツ、というよりSランク冒険士のシャロンヌがランド王国の城に招待された。理由はもちろん、ランド王国の第一王女アリスを邪教徒の手から救い出した礼だ。その話がシスト経由で天の耳に届いたのが、ちょうど昨日の今頃である。
「でもまさか、城下町に入るだけであんなに手間がかかるなんて、ちょっと予想外だったのです」
「ああ。俺も軽いカルチャーショックを受けた気分だ」
「……あれは舐めているとしか言いようがありません」
天とリナの軽い皮肉にガチの不満を合わせてきたのは、マントにビキニ風の衣装という非常に露出度の高い組み合わせの、常夜の女帝バージョンのシャロンヌである。
「仮にも我々は城に招かれた客人のはずっ! ならば門番に話のひとつも通しておくのが筋というものです!」
バックミラーに映る紫髪の淑女の顔は、今にも歯ぎしりしそうな不機嫌モデルだった。
「シャロ姉、マジ怒なの。まあ気持ちは超わかるけど」
「だな」
女性陣のコメントには天も同意せざるをえない。というのも、今回ゲストとして城に招かれたはずの自分達が、あろうことか城下町の入場ゲートの検問で捕まったのだ。
『町に入りたいなら正規の手続きを踏んでください』
ひたすらこの一点張りである。それから疑り深い門番の兵士二人に事情を説明して、直接お城に連絡まで取り、ようやく町への入場許可が下りたのがつい先ほどのことだ。その際にも謝罪は一言もなし。結局、天達は最後の最後まで門番二人分の疑いの眼差しに晒される羽目となった。これで腹を立てるなという方が無理な話だ。
「そういえば、あたし達のあとにやってきた商人御一行様は、普通に顔パスで町に入ってたのです」
「あのとき私は、危うく《土魔技Lv5》の威力を試すところでした」
「確かにアレには驚かされた。俺達が敵国のスパイだと、早くも向こうにバレたのかと思ったぞ」
次の瞬間、どっと車内に笑いのBGMが流れた。どうやら今度の軽口は女性陣のお気に召したらしい。ただでさえあまり気が乗らない外出なのだ。仲間達と冗談でも言い合ってないと、目的地に着く前にドタキャンの誘惑に負けてしまう。
「……あの、マスター」
「ん?」
ふとバックミラーに目をやると、シャロンヌが腰を浮かせて何やらソワソワしていた。
「わ、わざわざ三人で城に出向かずとも、私にお任せいただければ、必ずや首尾よく事を運んで御覧に入れます!」
それは今しがたまでのご機嫌斜めバージョンとはまた違った意味での興奮状態。有り体に言えば、女帝はめっちゃ焦ってた。
「敵情視察など、私一人いれば充分でございます!」
「ここまで来て、またその話か」
天は助手席のシートにもたれながら、ふうっと溜息をつく。こんな風に甘い言葉をささやく美女まで側にいるのだから、煩悩に抗うのも一苦労である。
「マスター、どうか!」
「却下だ」
そして窓の外に目を向けながら、天はこの話がきてからもう十数回目となるそのやりとりを繰り返した。
「敵のアジトに乗り込むなら、強力なボディーガードは必要不可欠だ。つまり俺が城に行くのは決定事項」
「マスターのお手を煩わせずとも、今の私であれば――ッ」
「それに凄腕の運転手も必須なのです」
シャロンヌの反論を遮るタイミングで、ノリのいい妹分が市街地の交差点で無駄にドリフトをかます。何事かと身なりのよい通行人達が一斉にこちらを振り向いた。天はとりあえず窓から手を振っておいた。
「確かにお前は以前よりも確実に強くなってる。そこは認めよう」
「では!」
「だが、まだ強すぎる域までは到底達していない」
「っ」
バックミラー越しにシャロンヌの目を見据えて、天は言った。
「逆に考えてみろ。お前は俺以外の特異課の誰かをたった一人であの城に行かせるのか? あの魔物どもの巣窟に」
「それは……」
天が根気よく話し掛けて、シャロンヌの気を引いてる隙に――
「――あ、見えたのです」
リナがタイムアップの笛を鳴らす。そして天も前方に視線を戻した。目に飛び込んできたのは眩いばかりのゴージャスな城。いわずもがな目的地のランド王城である。
「ではシャロンヌ殿。ここからは完全な常夜の女帝で、ひとつよろしく頼む」
「あたしに対する丁寧語や天兄に対する尊敬語は、今から一切禁止なのです」
「……」
大目に見るのはここまでだぞ? と前列の二人が同時に後ろを向いた。シャロンヌは俯いたまま返事をしない。動力車は既に城門の前で停まっている。
「ああそれと、城の中ではシャロンヌ殿が列の先頭を歩いてくれ」
「天兄とあたしは、シャロンヌさんの三歩後ろを追従させてもらうのです」
「…………わかった」
ようやく、観念したように、シャロンヌは男口調で了解の意を示した。まあ早い話、この完全無欠な美メイドは、たとえ演技でも天より上のポジションに収まるのが嫌なのだ。とてつもなく。
「二人とも……遅れずにオレの後についてこい!」
「了解」
「合点承知なのです」
半ばヤケクソ気味に言い放ち、シャロンヌは動力車から降りる。天とリナも、若干口元を緩ませながらそれに続いた。
◇◇◇
しんと静まり返った廊下。
いや、この場合、廊下というよりも建物全体といったほうが適切か。まったく朝の騒がしさが嘘のようだ、とカイトは苦笑しながら近くの適当な壁に寄りかかる。
「まさか、彼女があのアシェンダ王女だったとはね」
目の前にある扉に向かって、カイトはひとり呟いた。当然カイトはその人物のことを知っていた。ただランド王国の国民としてというより、どちらというと親類、因縁という形でだが。
……なにか運命めいたもの感じるな。
カイトは誰もいない廊下でひとり物思いに耽る。ちなみにシロナは麓の町のホストクラブに遊びに行っているため、現在この場にはいない。こないだまとまった軍資金が手に入ったからまた豪遊してるんだろうな、とカイトは大きな嘆息を吐いた。ところで。
キィ……
目の前の扉がそっと開かれる。
周囲が静まり返っているせいか、申し訳程度の扉の開く音がやけに耳についた。カイトは壁にあずけていた背中を離し、部屋から出てきた彼女に近寄った。
「なにか話は聞けたかい?」
「……」
アクリアはカイトの声には応えず、静かに部屋のドアを閉めた。
「それで、いま彼女は?」
「食事をしてまた眠ってしまいました」
今度はきちんと会話のキャッチボールが成立した。どうやら王族絡みの案件でいつもの発作が出たわけではないらしい。カイトは密かに胸を撫で下ろした。
「きっと、よほど疲労がたまっていたのでしょうね……」
「あんな事があったんだ、無理もないよ」
アクリアとカイトは一階には下りず、そのまま二階の廊下――アシェンダが休んでいる部屋の前で会話を継続した。
「とにかく、この件はもう俺達と無関係な話じゃなくなった。それだけは確かだ」
「はい」
アクリアは静かに、だがしっかり頷いた。
「やはり、あの子が狙われたのは……」
「俺達が救出したアリス王女の身代わり、そう考えるのが妥当だろうね」
「……」
「アクリア。一応言っておくけど、この件についてきっかけを作ったのは確かに俺達かもしれない。だけど、イコールで零支部の責任ととるのは話が違うよ」
「……わかっております」
と口では言いながらも、アクリアの表情は悲痛そのものだ。変な話だが、カイトはそんな従妹を見て少しホッとした。アシェンダはアクリアにとって腹違いの妹。そして同時に父親の妾の子供でもあるのだ。
アクリアが王宮を追い出されてまだ間もない頃の話だ。
アクリアは父である国王が新たに今の第二王妃、ジェーンを妻に迎えたことを知って大激怒した。その様は、まさに人が変わってしまったかと思えるほどだった。当時を知るカイトはそう記憶している。
しかしそれも当然の話だ。
自分と母を捨てた父親が、翌月には新しい女を作り、翌年にはその女との間に子をもうけた。それが王の務めと言ってしまえばそれまでだが。娘のアクリアからすれば、これを憎むなという方が無理な話である。カイト自身も、当時あの軽薄な王には心底失望したものだ。
そして結果的にこの出来事が、アクリアが実父――現ランド国王アルトのことを蛇蝎のごとく忌み嫌うようになった一番の原因である。少なくともカイトはそう認識している。
詰まる所、アルトとジェーンとの間に生まれた子供であるアシェンダは、その象徴とも呼べる存在だ。重ねて、アシェンダは父であるアルト王の面影を確かに引き継いでいる。カイトとアクリアが初めにアシェンダを見て既視感を覚えたのは、恐らくそれが原因だろう。無論だからといってアシェンダを責めるのは筋違いだ。彼女はむしろ被害者あり、ある意味で姉のアクリアと同じく、今のランド王国の犠牲者の一人といえる。
――だがそれは同時に理屈でしかない。
もし感情的な部分でアクリアがアシェンダを拒絶してしまったら、憎悪の対象として見てしまったら。天が助けたあの少女が、ランド王国第二王女のアシェンダ姫だった。その事実を知って、カイトが真っ先に心配したのはそれだった。
ただ、この後すぐに、カイトの杞憂は解消される。それこそ綺麗さっぱりと。
「子供には何の罪もありませんよ、カイト」
「!」
それはまさに魂を刈り取る大鎌の一撃。
思考の海に沈んでいたカイトの意識が強制的にサルベージされた。ふと見ると、アクリアが「ご心配には及びません」と言わんばかりの不貞腐れた顔で、こちらを睨んでいた。
「私はこの歳になってもカイト兄様にまったく信用されてないということが、よーくわかりました」
「あ、いや、そんなことは……あははは、」
カイトは咄嗟に愛想笑いを浮かべる。
このギクリとする感じは久しぶりだ。
――そういえば彼女は昔から妙に勘が鋭いのである。
今更ながらにそのことを思い出し、カイトはふくれっ面のお姫様を前に、どうしたものかと頭を掻くのだった。