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第79話 本日のオーダー

「どうかお力を貸してください、ボス!」


 まさに開口一番。アンナはナースステーションに戻るなり、その人物の足元へ両手をついて平伏した。それそはそれは見事な土下座だった。


「……事情はまあ分かったが、またエライことをしてくれたもんだね」


 アンナのボス。羊の看護師長こと通称・婦長は、ひどく複雑そうな顔をして、ひどく困ったように、言葉を吐き出した。熟年の看護師の眉間には深い皺が刻まれていた。それこそいきなり部下に土下座されたとき以上に。


「ラムちゃんのお母さんが助かって、婦長は嬉しくないんですか!」


「そういう問題じゃあないんだよ」


 あと静かにおし、ここは病院だよ。立派な巻き角を掻きながら、ジロリと一睨みで下を黙らせる。確かにその女性にはボスの貫禄が備わっていた。


「まずペイル病が完治したことを公にするのは論外。これはあんたにも分かるね?」


「……はい……」


 アンナは弱々しく頷いた。死亡率百パーセントの難病が治ったなどという事実を公表すれば、各種メディアはもちろん、世界中から同じ病で苦しむ患者やその親族らが病院に殺到するだろう。実際に有りもしない治療法を求めて。もしそのような状況になれば、救済を願う患者側だけでなく、病院に勤める医師や看護師達の精神が持たない。文字通り誰も救われない結果になる。


「でもだからって、今さら別の病気でしたなんて言えるわけもないしね」


「それは……」


「あんたも知っての通り、ただでさえ、あの子の母親は国にペイル病患者として認定されてるんだ。治療費の免除だってとっくに受けてる。こいつをひっくり返しちまったら、下手をしなくても病院の信用問題さね」


「じゃ、じゃあどうすれば……!」


 狼狽えるアンナを一瞥してから、婦長は深い深い溜息をついた。


「……こんなことは絶対に言っちゃあ駄目なんだけどね」


 と前置きして、熟練の看護師長は言葉を続けた。


「表向きは、本人が亡くなったことにするのが一番だろうさ」


「そんなっ!」


「――やはりそうですか」


 落ち着きのある男の声が、婦長とアンナの会話に割って入る。


「貴方は……」


「花村天です」


 丁寧に会釈して、天はその看護師と視線を交わした。


「……そうかい。貴方があの親子を」


 どこか穏やかな笑みを浮かべて、婦長は静かに頷いた。


「婦長! この人、実はこう見えて結構すごい人なんです!」


「こう見えては余計なのです」


 とは、天とアンナに同行してナースステーションまで足を運んだリナの言。


「あん?」


 悪友の声を聞くなり、犬耳ナースは目の色を変えてそちらを睨みつける。腹が立ったというよりは、余計な口を出すなといったリアクションだ。


「看護師が病院でなんて顔するんだい」


「あでっ!」


 とりあえずボスに頭を引っ叩かれていた。


「彼女は俺の同僚で、リナといいます」


「はじめまして。微力ながらあたしもお手伝いさせていただくのです」


「ふ、婦長。コイツ、こう見えて悪知恵だけは働くんですよ!」


「あんたはまずその物言いをどうにかしな」


 かくして、隠蔽工作チーム・マル秘が結成された。



 ◇◇◇



「あの、一応訊いておきたいんですけど」


 と。作戦会議を始める直前。アンナが人数分のお茶を用意しながら、天に訊ねた。


「花村さんが例の奇跡の力で、他のペイル病の患者さんも治すっていうのは……やっぱりできないんですよね?」


 その事をどうしても確認せずにはいられなかったのだろう。訊ねた声こそ控えめであったが、アンナの顔は真剣そのものだった。


「ああ、できない」


 だからこそ天は曖昧な返事はせず、はっきり首を横に振った。


「この方法は、あってないようなものだ」


 とにかく条件がシビアなのだと、天は付け加えた。


「ち、ちなみにその条件っていうのはっ!」


「そうだな――」


 すぐ隣で婦長が「およし」とアンナを窘めていたが、別に減るものでもない。天は答えてやった。


「国を滅ぼすほどの力をもった伝説級のドラゴンを単独で討伐してその魔石を三柱様に献上した後それとは別に人生を二回は遊んで暮らせる金を生命の女神フィナ様に支払う――これでようやく一人救えるかんじだ」


「…………」


 アンナはこれでもかと顔を引きつらせて完全に沈黙した。それは確かに無いも同然の方法、無理難題にもほどがある条件だった。


「そりゃそうだろうさ」


 皮肉げに呟いたのは婦長。ともすれば人の運命を変えるほどの力だ。そう易々と手に入るわけがない。それでもどこか期待を裏切られたような顔で唇を噛みしめる彼女に、天は一瞬生々しい傷跡を見た気がした。


「……」


 出されたお茶をすすりながら、リナはふたりの看護師の様子を無言で眺めていた。この件について自分は口を挟む資格がない、そう言外に告げるかのように。



 ◇◇◇



 そして翌日。


「なんで俺と弥生がこんな事やらなきゃいけないんだよ‼︎」


 朝一番。起きて早々という時間帯にナースステーションから聞こえたのは、悲鳴じみた少年の叫び声だった。


「兄様。これもラムちゃんのためですわ」


「いやでも、これはなんか違うだろっ⁉︎」


 妹の弥生は両手にファイトのポーズでやる気十分だが、兄の淳はやはり納得できないと食い下がる。


「うん、これならインパクトばっちりなの」


「インパクトばっちりっていうか……患者さんとか他の看護師連中が見たら卒倒するレベルよ、これ? こんなの完全に人外の美貌じゃない……」


 仕上げは上々とリナが満足気に頷き、その隣ではアンナがなるべくそちらを見ないようにしながら感想を述べた。


「第一、勝手にこんな事やっていいのかよ⁉︎ 病院側の許可も取らないでさ‼︎」


「許可ならもう取ってあるのです」


 リナはしれっと言った。


「昨日のうちに天兄が一堂家の当主さんに連絡して、昨日のうちに一堂家の当主さんがこの病院の院長先生に話をつけたのです。病院に多額の寄付をするって言って、二つ返事をもらってたのです」


「フットワーク軽いにもほどがあるだろ⁉︎」


 この日。


 北陸ラビットロードの地に、世にも美しき看護師の兄妹が誕生した。


「兄様。これもラムちゃんとラムちゃんのお母様のためですわ!」


「うう、ならせめて男用の服を着させてくれよぉぉ……」


 まさしく白衣の天使。美の化身。可憐な少女と少年のバックには、白く輝くユリの花さえ見えた。


「却下なのです。美少年よりも美少女の方が人目を引く、これが世の常なのです」


「でもここまで綺麗だと、もう性別とかあんまり関係ない気もするけどね」


「あの、私達二人で本当に大丈夫なのでしょうか?」


「もち、その点についてだけは心配いらないのです」


「そこは私も保証するわ。今の弥生ちゃんや淳君よりも目立つ人型なんて、国中探したってルキナ陛下とカグヤ殿下くらいだよ」


「それなら良かったですわ」


「いや良くはないからな⁉︎」


 名門貴族の御令嬢()()、一日看護師体験。


『今日一日、とにかく目立って人目を引け』


 天から出された本日のオーダーであった。


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