第75話 ラビットロード・プロローグ
本日は2話更新となります
薬品の匂いが染みついた病院の通路は、怖いくらいに静まり返っていた。
……ハッ、ハッ、ハッ。
不意に静寂を破ったのは、白い廊下に響き渡る小さな足音と、喘ぐような息づかい。
……ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!
猫の耳と黒い尻尾を震わせて、白衣に身を包んだ獣人の少女は、ほとんど人気のない第二病棟の廊下を無我夢中で走った。
「お母さん……!」
少女は呟いた。その幼い横顔に余裕はなかった。足取りもひどく覚束ないものだ。まるで岩だらけの荒野を進むかのように、左目に眼帯をした獣人の少女は、この世でたった一人の肉親が入院している病室を目指した。
それからほどなくして。
少女は目的の病室へ辿り着いた。その病室の扉には大きな文字で『502号室』と書かれていた。
「ハァ……ハァ……ッ」
少女は肩で息をしながら、躊躇いがちに病室の扉を開ける。
「お母、さん?」
「………………」
真白なベッドの上には、ミイラのようにやつれた人間の女性がいた。昨日とはまるで別人のように変わり果てた母の姿が、そこにはあった。
「おそらく今夜が峠でしょう」
つきっきりで容態を見ていただろう細身の男性医師が、静かにそう告げる。
「お母……さん……」
半獣人の少女――ラムは病室のベッドで死んだように眠る母親を、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。




