第67話 三人の統括管理者
これはランド王国全土に緊急警戒警報が発令される、一時間ほど前のこと。
「ふーん。金持ち王国の大臣やってるだけあって、結構いいとこに住んでるじゃない」
「……恐縮です」
そう言って、ランド王国宰相ゴズンドは不承不承そうに頭を下げる。現在彼の前には三人の女使徒が立っていた。声を発したのはその内の右端にいた魔姫だ。
「ああ生意気。なんかすっごい生意気」
魔姫はゴズンドのことを無視して、広い室内を見回しながら口を尖らせている。行動の幼稚さもさることながら、140センチ以下の年若い見た目は童女としか例えようがなかった。そのくせ格好は女物の軍服に黒いロングコートを羽織るという容姿とは真逆のそれだ。どこぞの国の高級軍人の娘が、父親の仕事着を勝手に持ち出したような印象さえ受ける。沈黙のまま傍で控えていた甲冑姿の青年騎士、王国騎士団国王直属親衛隊長ジシムの率直な感想だった。
「恐れながら、ここは数ある別荘の一つにすぎませぬ。本邸は城下町の超一等地に構えておりますからな」
「どうでもいいわん」
ゴズンドの皮肉とも自慢とも取れるセリフを一言で切り捨てたのは、左端で腕を組んでいた肉付きのいい耳長の美女。出で立ちは先の魔姫と同一のものだが、こちらは厳つい礼装を見事に着こなしている。
「じゃあ、手短に用件を済ませるわよん」
「ほら、さっさと始めなさいよ。西大陸はこれで最後なんだから」
「了解っす」
鼻白んだ表情の同僚達に促され、真ん中にいた女使徒が軽く敬礼する。額に生えたツノが多少目を引くが、それ以外はこれといった特徴もない娘だった。この三人の中では比較的雰囲気もユルい。格好も他の二人と比べると随分とだらしなく見える。しかしジシムは肌で感じていた。そのヘラヘラとした外見の下に見え隠れする、彼女の凶暴性を。
女使徒達は何の前触れもなく突然現れた。
こちらの警戒網を易々と潜り抜け。まるで近所の定食屋にでも入るような気軽さで。一応この屋敷にはそれなりの結界が張られているのだが、彼女達の前ではなんの意味もなさなかった。
『こんちは〜、ちょっち話があるっす』
『すぐ終わるから人払いよろしくねん』
『ほら、さっさとしなさいよ。アタシは待たされるのがこの世で二番目に嫌いなのよ』
彼女達のことは前々から知っていた。もっとも、ジシムが実物を見たことがあるのは三人のうち一人だけだが。それでも今のゴズンドの態度から、他の二人もジシムが思い描く人物と見てまず間違いないだろう。
一等星使徒ベンミーア。
一等星使徒ジェミリア。
一等星使徒ラチェット。
いずれも管理者の中でも実力上位と囁かれる三者だ。その等級も皆ゴズンドより上。だからゴズンドも彼女達には逆らえない。邪神軍において等級による力関係は絶対だ。逆らえばそれは死を意味する。たとえ同じ管理者でも、彼女達とゴズンドでは格も位も違うのだ。
「っ……」
本人もそれは分かっているのだろう。ゴズンドは不機嫌な面に引きつった笑みのコーティングを施していた。ただそれは傍から見れば愛想笑いとも呼べぬ代物である。頼むから馬鹿な真似だけはするなよ、と。ジシムは短慮な主人を油断なく見つめていた。
「全員ちゅーもくっす」
飄々と前に進み出たのはベンミーア。
「えー、このたび我らが三人は、我らが偉大なる絶対神シナット様の神託により、このたび『統括管理者』に任命されたっす」
「なっ!」
ゴズンドが大きく目を見開いた。一方辛うじて無表情はキープしたものの、これにはジシムも驚いた。統括管理者といえば、邪神軍の頂点に君臨する十二名の大幹部だ。噂によればつい先日、数十年ぶりに十三番目の統括管理者が誕生したらしい。そこへ新たに、しかも複数の統括管理者が同時期に就任するなど、異例を通り越して異様な事態としか思えない。それこそ血生臭い予感しかしない。ジシムは口の中の水分が急激に失われていくような感覚を覚えた。
「ちょっとあんた、また『このたび』を二回言ってたわよ!」
「あれ、そうだったっすか?」
「それと『我らが』も二回続けて使ってたわねん」
「ええ、そっちもっすか⁉︎」
固まる男性陣をそっちのけにして、ジェミリアとラチェットがベンミーアにダメ出しを始めた。
「後半部分はあれでいいと思うけど、前半部分は我々か我らの方がしっくりくるわん」
「いやー、慣れないことするのはやっぱり大変っすね」
「だったらアタシに代わんなさいよ! てゆーか、なんでこの中でダントツ馬鹿のあんたが伝言役なのよッ!」
それはジシムも思ったが、理由は恐らく、
「あー、ちなみにウチが10番目の特等星使徒っす」
ベンミーアはけろりとそう述べた。
「そんでこの小うるさいおチビが11で、こっちのナイスバディな姉御が12使徒っす」
そして残りの二人のこともさらりと紹介した。
「ちょっと誰が小うるさいおチビよ! ぶっ殺すわよ!」
「まあまあ、スリーサイズの愚痴ならこのナイスバディな姉御が後で聞いてあげるから」
やはり。ジシムは一人納得する。ベンミーアがもたらした情報は自分の予想と一致するものだ。統括管理者のナンバーとは純粋な強さの序列。そしてそれは、そのまま使徒達の力関係を意味する。つまりゴズンドやジシムも含め、今この部屋の中で一番立場が上なのは第10使徒、女鬼人ベンミーアなのだ。
「まぁそういう訳っすから、ウチらのことはもう前の名前で呼ばないでほしいっす」
それだけ言って、ベンミーアはくるりと踵を返した。
「それはおかしいですぞ!」
と、ゴズンドは思わず声を張り上げる。
「ワシは第10使徒殿とは以前から面識があるのです! つい一月ほど前にも会ったばかりだ! そ、それに第11使徒殿と第12使徒殿も、まだご健在のはずっ!」
「とことん察しが悪いわね、あんた」
「三人ともとっくに死んでるわよん」
ラチェットが呆れ顔を作り、ジェミリアがさらっとそう答えた。
「うちらの総隊長がまとめてぶっ殺したって言ってたっす」
「ばか、な……!」
信じられないという表情で立ち尽くすゴズンドに、ベンミーアは笑いながら教えた。
「花村戦さまっていうんすけど、とにかく鬼みたいに強いんす」
「……花村戦、だと?」
ゴズンドの肩がピクリと動いた。その瞬間ジシムは嫌な予感がした。
「花村戦とは、あの痴れ者のことか‼︎」
場の空気が止まった。まるで特大級の嵐が起こる前触れのように。ジシムは咄嗟に口を開こうとした。短慮な主人を諌めるために。愚かなる主人に代わって謝罪するために。
だが、もう何もかも手遅れだった……
「……ねえ、知ってる」
最初に動いたのはジェミリアだ。
「痴れ者っていうのは、あなたみたいなのを言うのよ?」
ボアッと。言葉終わりと同時にゴズンドの体が黒い炎に包まれた。
「あ、あぎゃああああああああああっ!!」
「あなたいい度胸してるわね。私の前で戦様を口汚く罵るなんて」
長身の軍服美女は、床でのたうち回るゴズンドを虫けらでも見るような目で見下ろす。
「アタシがこの世で一番嫌いものって、何かわかる?」
そう言って、今度はラチェットがおもむろに右手を前に出した。瞬間。
ズシャズシャズシャズシャ!
「うぎゃあああああああああああーーッ!」
「それはね、あんたみたいな身の程をわきまえないカスよ」
無数の針を生成し、あやつり、ぶつける。
人形めいた容姿を持つ魔姫は、その作業を淡々と続けた。
「わ、儂にこんな真似をして……第3使徒様が黙ってはおらんぞッ!」
「そいつは楽しみっすね」
ガゴンッ!! と半分魔人化したゴズンドの巨体がゴムまりのように吹き飛んだ。
「あがぁ……っ」
五体を粉砕せんばかりの勢いで部屋の壁に激突したゴズンドに、
「羅刹はどんな相手も喰らい尽くす。それが総隊長とウチらの方針っす」
怪力無双の鬼娘は、蹴り上げた足を下ろしつつ笑顔でそう告げた。
「んじゃ、第3使徒によろしくっす」
「ああ最悪。ほんと西の管理者ってどいつもこいつも質が悪いわ」
「あら、それってもしかして私も入ってるのかしらん?」
「あんたはもう管理者じゃなくて統括管理者でしょうが。なに、そこの馬鹿の馬鹿がうつったわけ」
「なんでもいいけど腹減ったっす。東大陸に行く前に、なんでもいいから食いたいっす」
もう用は済んだ。そんな雰囲気を醸し出しながら、三人の女使徒がジシムの方へ近づいて来た。
「……!」
ジシムは動けなかった。顔を背けることもできなかった。恐怖のあまり。この瞬間、ジシムは確かに死を覚悟した。
「はい、チョコレートならあるわよん」
「おお、さすが姉御。サンキューっす」
「ちょ、アタシにも寄越しなさいよ!」
しかし女達はそんなジシムを完全に無視して、悠々と青年の真横を通り過ぎていった。
「ぅ……ぐ、ぅぅぅ……」
壁際で倒れているゴズンドは虫の息だが死んではいない。しぶとい、というよりも死なない程度に手加減されたのだろう。彼女達からしてみれば、これでも軽く小突いたに過ぎないのだ。
「…………あれが、統括、管理者」
三鬼女が去った後。ジシムは止めていた息をようやく吐き出したかのように荒い呼吸を繰り返した。自分の立場を考えれば、すぐさま主人の手当てをするべきところだが。
「……これほど差があるものか……っ」
ジシムはしばしの間、その場を動くことができなかった。
◇◇◇
統括管理者三使徒同時襲名。この異例の人事は、邪神軍最凶部隊・羅刹の総隊長こと花村戦の、こんな一言から始まった。
『僕、面白いこと思いついちゃったかも♪』
悪巧みが得意な鬼は、息をするように以下のことを考えついた。
『各組織で幹部の人数が拮抗してるなら、増やして足せばいいんだよ!』
その話は呆れるほどとんとん拍子に進んでいった。
『ねえねえ、こないだこの城に来たとき僕に絡んできた奴らいたじゃん。アイツらも確かその統括管理者ってのだよね? じゃあさじゃあさ、今空いてるんだよねその分の席? だってアイツら僕に殺られちゃったわけだし』
空席は三つ。統括管理者になれるのは三名だった。
『ジェミィ、ベア、ラチェ。今からキミらに僕の力の一部を与えるから、耐えて』
それができたらキミ達は晴れて統括管理者だよ。キャハハと笑いながら授けられた鬼の力は想像を絶する痛みを伴ったが、ジェミリア達はなんとか『それ』を取り込むことに成功し、生き延びた。
『おめでとう。たった今からキミ達三人は統括管理者だ。ねえいいでしょ、シナット!』
その数瞬後。
《聞き届けたり》
天上からあっさりオーケーの声が届いた。
『はい決定。じゃあ早速、前任者の縄張りとか兵隊とか根こそぎ引き継いできちゃって。ああそうそう、くれぐれも舐められちゃ駄目だよ? キャハハハハハハハ!』
かくして、邪神軍に新たに三人の統括管理者が誕生したのであった。
◇◇◇
「いやー、あのときはマジで死ぬかと思ったっす」
「そう考えると、アタシ達あの御方に最低二回は殺されかけてるってことよね」
「でもそのおかげで統括管理者にもなれたんだから、戦様には感謝しなくちゃねん」
そんなこんなで、現在彼女達は全国各所にて羅刹流の挨拶まわりを行なっていた。
「ねえ、あそこにいるの〔大トカゲ〕じゃない?」
「あ、ほんとっす」
ラチェットとベンミーアがその魔物を見つけたのは偶然によるところが大きかった。
「もうアレでいいでしょ。アレにしなさいよランチ。あんたなら多分イケるわよ、馬鹿だから」
「んー、アイツあんまウマくないんすよね」
「食べたことあるの⁉︎」
ゴズンドの別宅を出た後。長距離移動の術式をジェミリアが完成させる間、ラチェットとベンミーアは屋敷近くの森で狩りを楽しんでいた。
「アイツ焼くと臭いから、姉御も嫌がると思うっす」
「いや、お腹減ってるのあんただけから。アタシらは別にいらないから」
「総隊長へのお土産ってのも、何かこうぱっとしないっすよね」
「ぱっとしない以前にそんなのただの嫌がらせじゃない! なに、死にたいのあんたっ⁉︎」
二人はとりあえずその魔物を捕獲した。
「で、どうするのよコレ。あんたが使役するの?」
「残念っすけど、トカゲは保存食には向かないんす」
「いい加減食材から離れなさいよ! 実はワザとやってるでしょ、あんた!」
ボケ担当のベンミーアとツッコミ担当のラチェット。こう言うと本人達は嫌がるだろうが、なんだかんだで良いコンビである。
「あれコイツ?」
その蜥蜴型の魔物を見て、ラチェットはある事に気づいた。
「Bランクまで進化可能な個体じゃない」
「何すかそのシーラカンスな魚体って?」
ベンミーアが大トカゲの尻尾を持ち上げながら小首を傾げる。
「進化可能な個体よ」
「??」
「まあ早い話、コイツはBランクまで進化できる才能を持った個体なの。大抵の奴はDかCまでしか進化できないから、それを考えると結構レアかも」
「ほへ〜」
「あんた、まさかそんなことも知らなかったの?」
「もちっす!」
そんな具合に魔姫と鬼娘はしばらく掛け合いを続けた。
「でも、そう考えるとちょっと勿体ない気もするわね」
「何がっすか?」
ラチェットはベンミーアの問いかけには答えず、
「いいわ、魔力もちょうど有り余ってるし」
にんまりと底意地の悪い笑みを人形めいた顔に貼り付けて、童女は言った。
「特別にアンタにお裾分けしてあげるわ」
そしてドス黒い闇の魔力が、かの魔物の体を覆い尽くしたのであった。
◇◇◇
リザードキング出現による緊急警戒警報から三時間が経過した頃。
完全に人気の絶えた市街地に、一台の動力車がやって来た。
「すみません、サリカさん。付き合わせてしまって」
「緊急事態ですので」
運転席に座るそのエルフの女性は、見る者が見れば非凡な人材であることが一目で分かる。そして動力車の助手席には、王国最上たるAランク冒険士の姿があった。
「あの時のことを思い出すな……」
狩人の目でまだ見ぬ大敵を見据え、カイトは小さく呟いた。




