第62話 ある少女たちのお喋り
「皇室と国軍からの呼び出しを両方とも断るなんて、普通に考えてありえないから……」
「……しかも断った理由が、知人のお見舞いですからね」
屋敷の大門をくぐりながら、ミリーとステラは揃って肩を落とした。
「何が一番おかしいかって、それが平気でまかり通ってるところよ」
「あちらから連絡があったのも最初の一度きりで、その後は文句のひとつも言ってきませんからね」
「皇族の面子をこれでもかってぐらい潰されてるのに、こんなことってあるの?」
「はっきり言って異常だと思います」
ステラが嘆息まじりの声で答える。ミリーの肩がさらに垂れ下がった。
「とにかく疲れたわ」
「本日もお疲れ様でございます、お嬢様」
「うん、そっちもね」
あれからミリーとステラは連日のように各種メディアに引っ張りだこだった。もちろんそれは彼女達に限った話ではないのだが。事件の当事者であり、歴史的戦いを目撃した生き証人であり、おまけに見栄えのいい美少女とくれば、二人にメディアからのオファーが殺到するのも当然と言えた。
「……なんでアタシがこんな目に、お家の広告塔なら他にいくらでもいるじゃない」
「それを言ったら、私などお屋敷に仕えるいち執事にすぎないのですが……」
こうして帰り道に愚痴の言い合いという名のお喋りをするのが、最近の二人の主な日課だったりする。
「いつまで続くのよ、このバカ騒ぎ」
「まだ当分は続くものと思われます」
「そうよね……」
「…………はい」
そして今一度ぐったりと肩を落とす美少女執事とツインテールの貴族令嬢。今日は比較的早く解放されたものの、それでもミリーとステラが本家の屋敷に戻ってきた頃には、あたりはすっかり夕闇に包まれていた。
「あの、ミリーお嬢様」
「二人の時はミリーでいいわよ」
「いえ、そういうわけには……」
「はいはい。分かってるわよ。ちょっと言ってみただけだから……で、なに?」
「西館の者をお呼びいたしましょうか」
そう言いながらステラは業務用のドバイザーを燕尾服の内ポケットから取り出した。
「お疲れでしょうし。ただいま動力車で迎えにこさせますので」
「いいわ」
ミリーは歩きながら首を横に振った。
「野外の方が『練気』を溜めやすいのよ。あと歩いてるときが一番吸収率が高いから」
「ああ、技の鍛錬ですね」
ステラは得心した顔で頷きつつ、ドバイザーを懐に戻した。
「私もようやく寝ている時以外は練気を体内に蓄積できるようになりました」
「ま、ステラさんは十英傑になるほどの才女だしね。アタシなんて二時間スキルを維持するだけでもう一杯一杯」
「私などグラ……ハゲ殿や祖父に比べればまだまだです。それにこないだの一件でレベルもかなり上がりましたから、そのおかげもあると思います」
「それね。アタシも気づいたらレベルが五倍近く上がってたわ。ほんと、最初はなんの冗談かと思ったわよ」
「弥生お嬢様やジュリお嬢様も、一気に10レベル以上も上がったと仰ってましたね。淳お坊ちゃまはその、残念でしたが」
「淳お兄様って、つくづく運がないわよね」
「……はい」
ちなみに各自のレベルは――
ミリーがLv27。
ステラがLv31。
ジュリがLv29。
弥生がLv28。
そして淳がLv18である。
「で、でもほら! その代わり色んな意味で見違えたわけだし!」
「お、お体も完治しましたしね!」
とりあえず、この件における淳へのフォローはこれが限界だった。
「でもさ、いったい『ナニ』を倒したらこんな一度にレベルが上がるわけ」
「ミリーお嬢様、それは……」
「あー、ごめん。これは触れたらダメな方の話題だった。忘れてくださいまし」
「承知いたしました」
空気が少し重くなる。ともなってミリーとステラは深い溜息をついた。
「はあ、最近いろんなことに神経を尖らせてる気がするわ」
「それはなんとなく分かります」
「なんだか未だにあの方の掌の上にいるような気がして釈然としないわ」
「それもなんとなく分かります」
そして二人はまた溜息をつく。
「この家もだいぶ変わっちゃったよね」
「はい。だいぶ変わってしまいました」
それからミリーとステラはしばらく無言で歩いた。いつの間にか広大な屋敷の庭はすっぽり夜の帳に覆われていた。
「……皐月伯母様は、今日もお部屋で花村様から頂いた『ペン』を磨いてるのかな」
「この時間帯だと、おそらくは」
ぽつりと呟いたミリーに、ステラは東館の方角を見ながらそう応えた。これに釣られるようにミリーもそちらに目を向ける。
「創造の神マト様の特製ペンとか、皇族でもそんな置き土産しないわよ」
「おかげで皐月様も、笑顔で弥生お嬢様を送り出されましたからね」
苦笑するステラに、ミリーは疲れきった声で訊ねた。
「やっぱりアレって本物だよね?」
「確実に。私も見せてもらいましたが、道具のレアリティの鑑定結果は【宝級】と出ていました」
これはアイテムのレアリティの中でも三番目に高いもので、簡単にいえば国宝級の代物という意味である。どう考えても偽物のわけがなかった。
「……和臣伯父様は、急に淳お兄様を溺愛し出すし」
「なんでも、今の淳お坊ちゃまが亡くなられた奥方様の若い頃に瓜二つだそうです」
「淳お兄様のお母上ってあんなに綺麗だったの?」
「私も詳しくは知りませんが、屋敷に仕えたメイドの中でも群を抜いて美しかったと、母に聞いたことがあります」
淳は名門一堂家の嫡男と下級貴族出身のメイドとの間にできた子供である。ちなみにこの話は一堂家の中では軽いタブーなのだが。
「あぁ、ステラさんのお母さんって、確かその当時からメイド長やってたんだっけ」
「はい。お二人の仲を取り持ったのも他ならぬ母だそうです」
今更その程度のことを気にする二人ではなかった。
「……アタシの両親は、言うまでもなく花村様の信者だし。特にお父様なんか、まさに英雄崇拝って感じで鬱陶しいったらないわ」
「そう考えると、今や一堂家の上役ほとんどが花村様の支持者ということになりますね」
「まぁどっちにしても、御当主の真冬様が懐柔された時点で、この家はあの方の手に落ちたも同然だから」
「なんというか身も蓋もありませんね……」
だが事実なのでステラも強くは反論できなかった。
「花村様とは、たまたま仕事で行った山奥で遭遇したんだって」
「お聞きしました。考えてみればもの凄い確率ですね」
「昔から見た目と運だけはいいから、うちのバカ姉」
「あははは……」
ステラは曖昧に笑いながら、しかし「運がいい」というミリーの物言いを聞き逃さなかった。口では何だかんだ言っても、結局は彼女も天に感謝しているようだ。
「そういえばさ」
「はっ」
危ない危ない、とステラは緩んでいた口元を引き締める。
「皐月伯母様が花村様から例のペンを譲り受けた時のこと、ステラさんは覚えてる?」
「はい」
ステラは当然のように首を縦に振った。
『このペンを貴女にやろう』
『は、はぁ……』
『これは俺が創造神マト様から授かった、神のペンだ』
『…………え?』
『色々と迷惑をかけたからな。詫びのしるしとして受け取ってほしい』
『よ、よよ、よろしいんでございますか⁉︎』
『ああ。見た目はシンプルだが、とある神獣にも使われた由緒正しいペンだぞ』
『かか、家宝にさせていただきますッ‼︎』
ステラはこのやり取りを正しく記憶していた。なのでミリーが何を言いたいのか、なんとなく想像がついた。
「『神獣にも使われたペン』って、なんか言い回しが変じゃない?」
「私もそう思います」
普通なら神獣も使われたペン、もしくは神獣が使っていたペンと言うはずだ。いやそもそも神獣がペンなど使うのだろうか。実はこの件については、ステラも少し気になっていた。が。
「単なる言い間違いではないでしょうか?」
「あの方に限ってそんな事があると思うの」
「…………」
「…………」
かなりの間をあけてから、二人は申し合わせたように言葉を紡いだ。
「世の中には知らないほうが幸せなことだってあるわよね……」
「そうですね……」
夜空にぽっかりと浮かんだ月を見上げながら、少女たちは本日のお喋りを終了した。




