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第60.5話 騎士の決意

「………………」


 まるで糸の切れた人形のように。巨大な獅子の魔物が弛やかに地に倒れた。


 準災害級モンスター〔マンティコア〕


 猛毒の尾を持つ人食い獅子が首を切り落とされたのは一瞬の出来事だった。否、マンティコアだけではない。かの首無し魔獅子の周りには、同じく首から上を切断された無数の魔物の屍が転がっていた。この死屍累々たる惨状を作り上げたのは、たった一人の見目麗しい冒険士であった。


「ふ、他愛ない」


 冷ややかに吐き捨てると、彼女は右手の小太刀を一振りし、刀身を汚した大量の獣の血を払い落とした。Sランク冒険士・常夜の女帝シャロンヌ。その彫刻のような横顔には疲れはおろか汗ひとつ浮かんでいない。


「練気を併せた《花狂乱舞》は少々やりすぎでしたか」


 刀技Lv3の範囲攻撃一発で魔獣兵団撃破。


「それにしても、誰もこちらを見ていないのは私の気のせいでしょうか……」


 自分のノルマを早々に終えたメイドは、ひどく退屈そうにしていた。






「っ……」


 分厚いガラス窓を突き破らんばかりの勢いで額を押しつけ、城のような屋敷の二階からその一部始終を見ていた者がいた。鳶色の着流しに西洋風の剣を腰に落としたハゲ頭の美青年騎士――暁グラスである。


「これほど差があるものか……ッ」


 グラスは歯噛みする。仲間が勝利を収めたというのに。その端麗な顔立ちは悔しさと敗北感に歪んでいた。元帝国の大貴族。名門暁家の最高傑作。剣術と魔術の申し子とまで謳われた天才騎士は、我知らず腰に携えた剣の柄を握りしめる。


 一月前までグラスとシャロンヌの実力は拮抗していた。


 これは先のヘルケルベロス討伐の際に得た二人の共通認識だ。無論グラスもシャロンヌもそれを直接口に出して確かめ合ったわけではない。ただなんとなくそうだろうなとお互いに思っているだけだ。


 しかしてその認識は誤りではない。


 当時からAランク相当の戦力を有していたシャロンヌと、Bランク止まりの力しか持たないグラス。一見すると両者のあいだには明確な実力差があるようにも思える。だが実際のところそうではない。その理由、秘密はグラスが有する特性にあった。


 《特性・全能力値アップ》


 全てのステータス15パーセントアップという破格の性能。個人限定の特性ではあるものの、その効果は他の特性の効力を大きく上回る(天のような例外も中にはいるが)。


 特性の効果時間は一時間ジャスト。


 この時間内に限り、グラスは己の戦力をBランクからAランクまで引き上げることが可能だ。災害級モンスターであるヘルケルベロスの三つ首の一つを取ったときも、そして天と王城の謁見の間で戦ったときも、グラスはこの特性を発動していた。


「小生にできるか、あれと同じ芸当が……」


 無理だ。マンティコアを倒すだけなら自分でも可能だろう。だがあそこまで圧倒的に勝利するのは厳しい。ましてや同時に複数の高ランクモンスターを倒すなど、体調万全で特性を使ったとしても不可能だ。そもそもシャロンヌの本来の戦闘スタイルは魔技と魔装を駆使した魔術主体のものだ。しかし今しがたの戦闘でシャロンヌが魔力を使った形跡はなかった。つまり、あれでもまだまだ本気を出していないということだ。


「……たった一月でこれほど化けるか」


 今の自分では逆立ちしてもシャロンヌには敵わないだろう。そして彼女にも――。


『ワォオオオオオオオオオオーーン!』


 戦場に木霊するリナの雄叫びが屋敷の窓を震わせる。やはり彼女も只者ではなかった。あの〔マウントバイパー〕を一撃。Bランクのモンスターを圧倒した。そこはシャロンヌと同様であるが、こちらは魔技はもちろん武器すら使ってない。己の持つ身体能力と技術だけでの完全勝利だ。これは間違いなく人型史上初の快挙である。


「あれが闘技……」


 グラスは視線に力を込めて、ただじっと仲間達の雄姿を見つめていた。


 ――このままでは駄目だ。


 天の従者として、リナとシャロンヌの仲間として。自分も彼女達がいる高みへ昇らなくてならない。どんなことをしても辿りつかなければならない。必ず、そこへ。


 騎士は強く決意したのだった。



 ◇◇◇



 それから数日後、一行はエクス帝国を出発した。


「そういや……」


 ぽかぽかと暖かな街道を歩きながら、天はふと思い出したように、隣を歩くグラスに訊ねた。


「あの子とはその後どうなったんだ」


「あの子……それは瀬川ステラ殿のことですかな?」


 天は頷いた。ちなみにグラスが天と並んで歩いているのは、闘技と練気の講義をするから隣に来いと天に言われたからだ。


「随分とお前にご執心だったようだが」


「ええ、それはもう……」


 グラスは心底嫌そうな顔をする。一堂家の屋敷に滞在中、ステラは事あるごとにグラスに絡んできた。それがライバル意識から来ていることは誰が見ても明らかだった。天は随分フットワークの軽い執事だな、ぐらいにしか思わなかったが。グラスからすれば若い娘につきまとわれるなど死活問題以外の何物でもない。なおステラの主人である真冬はけしかけこそしなかったものの、彼女を止めもしなかった。多分面白がっていたものと思われる。


「連絡先とか交換したのか?」


 普段の天ならそんなことを訊いたりはしない。だがこの時は機嫌が良かったので口もいつもより軽くなっていた。


「そういう話もあるにはありましたが、断りました」


 さも当然のようにグラスは答えた。


「あのような娘と交流を持ったところで百害あって一利なし。本人にもはっきりと申してやりましたぞ」


「そ、そうか」


 ほんの僅かだが天の口元が引きつる。彼の鉄面に易々とヒビを入れられるのは五千円札の女神かこのハゲ頭ぐらいだ。


「叶うことならば、この先もう二度と関わり合いたくないものですな」


 はっはっはと気持ちのいい笑顔で一言。その騎士の残念ぶりは本日も絶好調であった。


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