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第57話 ショータイム

「……想像以上の化け物だな」


 グレンデは呻くように呟いた。


「そんな、あの怪物をたった一撃で……!」


 そう漏らしたのはミリンダだ。


 エクス帝国随一の猛将は、冷たい汗を額に滲ませ、かつてない戦慄を問答無用で心身に刻みつけられた。ローレイファの腹心たる女将校は、見目の良いエルフの顔を恐怖のかたちに引きつらせ、我が目を疑うようなその光景に唖然としていた。


 ――決着は一瞬でついてしまった。


 天が放った開幕の一撃。それで終わりだ。


「「あっ」」


 たった今。上空からチェルノボーグの吹き飛ばされた半身が落っこちてきた。


「「……」」


 二人の帝国軍人の間に短い沈黙が流れる。

 そして――。


「ミリンダ大尉」


 神妙な面持ちで、グレンデが口を開いた。


「金輪際、若をあの男に近寄らせるな。できることなら、その周りにいる連中にもだ」


「……了解しました」


 グレンデの言葉の真意、その重要性をミリンダは決して履き違えはしなかった。


「もし若が不穏な動きを見せたら、即時報告してくれたまえ。必要ならば、俺か姉上のどちらかで対応しよう」


「はっ!」


 グレンデが危ぶんでいるのは皇族であり彼の甥でもあるセイランの命……ではない。


「万が一にも、我が帝国は『アレ』を敵に回してはならない」


「……はい」


 ミリンダは息を呑むように頷いた。


「若には申し訳ないが、アレは我々の手には負えんよ」


 グレンデが自嘲気味に言った。


「アレは人が対処できる領域を遥かに超えている。いうなれば意志を持った天災だ。間違っても怒らせるべきではない」


「自分からも、ローレイファ閣下にご報告いたします!」


 ミリンダは姿勢を正して敬礼した。国勇グレンデ将軍をもってしても倒しきれなかった難敵。それをいともあっさり仕留めた。しかも攻撃スキルはおろか武器すら使わずに。そんな存在を敵に回したら、帝国にとって一体どれほどの脅威となるか。想像しただけでミリンダは背筋が凍った。


「……私は『C』で、彼は『SS』……」


 それは以前、ミリンダが冒険士協会会長のシストに言われた言葉だった。あの時は不当な評価だと腹も立ったが。その実力を目の当たりにしてから口にすると、実に明瞭な言葉だ。なにより『こんなもの』を見せつけられては、認めざるをえないだろう。


「……恥ずかしながら、閣下がなぜグレンデ将軍に使いを頼まれたのか、今ようやく理解しました」


「まさか俺も、蹴りで大地を割る人型がこの世にいるとは思わなかったがね」


 グレンデはそちらに目を向けて思わず苦笑する。そしてミリンダは、そのあまりに非現実的な光景にごくりと喉を鳴らした。


 まるで大蛇が地を這いずった後のように。


 二人の眼前に広がる大地は――大きくエグれていた。



「むっ」


「グレンデ将軍?」


「どうやら、まだ終わりではないようだ」


「え?」


 ばっと上空を睨みつけると、グレンデは流れる動作でハルバードを構える。何事かとミリンダも空を見上げた。その直後であった。


「あれは……ッ‼︎」


 虚空より、異形の集団が現れたのである。



 ◇◇◇



「あの野郎、見かけによらず気合いの入った最後っ屁かますじゃねえか」


 既に絶命したチェルノボーグを尻目に、天は強く両拳を固める。その光景は、先日起きたとある事件を天に思い出させた。


「見たところ、あの国境の砦を襲った奴らより質も量も上だな」


 言って自然と笑みがこぼれる。それは四日前のあの夜、タルティカ王国の東部国境で起こった『大型モンスターの大量発生』を彷彿とさせる、いやそれすらも超えるほどの、異形なる魔の軍団の襲来であった。



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーッ‼︎』



 激しい地響きが世界を覆い尽くす。ざっと見ただけでも三十以上。さらにはそのほとんどがC級の高ランクモンスター。中でも別格なのが、軍勢を率いるように進軍する三体の巨大な魔物。


「ギュロロロロロロロロロロロローー!」

「ウゥオオオオオォオオオオオオオオ!」

「ガウオオオオオオオオオオオーーッ!」


 それぞれ蛇、狼、獅子の姿をした特大サイズの魔物達。おそらく三匹ともその脅威度は文句なしのBクラス。準災害級の戦力を有しているに違いない。


「面白い」


 胸の内から湧き上がる高揚感。極上の闘争の気配。血が猛る。そして同時に、天は死ぬ間際に見せたチェルノボーグの意地に敬意を表する。それは文字通り命を賭した最後の抵抗に他ならない。取るに足らぬ相手から好敵手への昇格。だからこそ応えねばなるまい。


「まとめて殲滅してやろう」


 野獣のように目をギラつかせ、天は迫り来るモンスターの大軍に向かって一歩を踏み出した。その時である。


「お待ちください、マスター」


 背後から天を呼び止めた声には高貴なる気高さがあった。


「ここは我らにお任せください」


 振り返れば、そこには艶やかなエメラルドの瞳に鋼の意志を宿した――Sランク冒険士シャロンヌが立っていた。



 ◇◇◇



「……なに、これ……」


 ステラがかすれた声で呟いた。その整った顔を真っ青にして。名家に仕える執事の少女は、ただ呆然とその恐るべき光景を眺めていた。


「〔ケルベロス〕に〔マンティコア〕、それに〔マウントバイパー〕まで……」


 各々が狼型、獅子型、蛇型の代表格とも呼べる準災害級のモンスター。そして、この三体に付き従うように一堂邸の敷地を闊歩する〔ミノタウロス〕や〔ハイリザードマン〕といった超重量級のモンスター兵団。そこには地獄絵図が広がっていた。


「うああ……あう、ぁああ……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 弥生とジュリが、がくがくと震えながらその場にへたり込む。極度の恐怖が、過去のトラウマが、貴族の令嬢達を一瞬にしてパニック状態に陥らせた。


「みんな、落ち着いて!」


 声を張り上げたのはマリー。その知性的な横顔には焦りの色が浮かんでいた。こちらの戦力を考えれば、この程度のモンスターの群れなら大した脅威にはならない。理屈ではそうだ。しかし感情面でそれを納得させるにはある程度の人生経験と、それなりの場数が必要となる。


「大丈夫よ! 天さんにグレンデ将軍もいるじゃない! 何も心配することなんかないわ!」


 マリーは必死に呼びかける。このまま精神に多大な負荷がかかり続ければ、最悪ジュリ達の心が病んでしまう。いっそのこと事態が終息するまで全員気絶させておこうか。一瞬そんな考えが、実は体育会系でもあるエルフ秘書官の頭をよぎる。


 だが、その必要はなかった。



「ワオオオオオォオオオオオーーン!!」



 雄々しい遠吠えが戦場に木霊する。超弩級の魔物の軍勢に真っ向から勝負を挑む者。群れを守り抜くと決意した勇猛なる獣人の女戦士。リナは。地面にうずくまる弥生とジュリを力強く抱きしめて、一言。


「見てて」


 そして出陣するその勇ましい後ろ姿に、


「……かっこいい」


「……素敵ですわ」


 ジュリと弥生は恐怖するのも忘れて、ただただ見惚れていた。


「だ、大丈夫なのでしょうか」


「大丈夫よ」


 こちらもなんとか立ち直ったステラに、マリーは眼鏡を持ち上げながら自信を持って断言する。ステラは自分とさして歳も変わらないリナの実力を疑っているようだが、それこそ何の心配もいらない。


「なんたってリナさんは冒険士協会歴代最高戦力、零支部特異課のメンバーなんだから」


「冒険士協会歴代最高戦力……」


「零支部特異課のメンバー……」


 マリーの言葉を呟くように復唱する弥生とジュリ。いまだ腰を抜かして立ち上がれぬままだが、新米冒険士の少女達は、遠ざかるリナの背中を羨望の眼差しで見つめていた。




「こんなに早く『あの課題』を実現する機会がくるとは思わなかったの」


 殺気立つ高ランクモンスターの群れ。その濁流のようなプレッシャーを全身に受けながらも。冒険士協会最高戦力の一翼を担う犬獣人の少女は、湧き立つ武者震いから口元に笑みを浮かべていた。


「見てて、天兄!」


 これは敬愛する師に向けた言葉。大炎のごとき闘志を燃やし、リナは吼え猛る。


 今こそ、Bランクモンスターを一撃で仕留めて見せると。



  ◇◇◇



「うふふ」


 この邸宅の女主人、一堂真冬は妖艶な笑みを浮かべながら、眼前に広がる修羅の世界を眺めていた。


「無駄に広い家だけれど、こういう時には役に立つわ」


 大火の戦場と化した美しき庭園。続々と集結する互いの主力陣。不可視の境界線上でぶつかり合う殺気を帯びた喧騒と熱気。その渦中に身を置きながら――


 真冬は優雅に紅茶を楽しむように、こう言った。


「さあ、ショータイムの始まりよ」


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