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第39話 覚悟の量

 一堂家本邸東館・屋敷の中庭。


 美しく整備された緑と花の園は、かつてない緊張感に包まれていた。


「シスト王への別れの挨拶はもう済ませたのか?」


「別れの挨拶かどうかは知らんが、これから帝国のボンボンをぶちのめすとだけ伝えておいた」


 空は灰色に塗り潰された曇天。人間種、獣人、エルフにハーフエルフ。庭に集まった複数の男女は、皆が皆終始無言のまま険しい表情を浮かべている。彼等の視線の先には、相対峙する二人の男がいた。


「フン。大した自信ではないか」


「お前の方こそ、きちんとパパとママに許可はもらってきたのか?」


「必要ない。貴様のような俗物に、この俺が負けることなどありえんからな!」


「許可を取る取らないに勝ち負けは関係ないと思うが」


「黙れ!」


 屋敷のメイド達が入れ替わり立ち替わりその様子を眺めては、またそそくさと退散していく。両者の剥き出しの敵意は、遠目からでも他者に恐れを抱かせる類のものだった。


「さあ、お喋りもこの辺にして、そろそろ始めようか」


「一分だ。一分以内に貴様を地獄に送ってやろう!」


 花村天とセイラン。互いに譲れぬものを賭けた決闘が、今まさに始まろうとしていた。



 ◇◇◇



「天さんは大丈夫でしょうか……」


「きっと大丈夫なのだよ……だってほら、天は三柱様に選ばれた英雄なんだし!」


「どうかな」


 中庭の中央で睨み合う両雄を見つめながら口を開いたのは、周りにいるギャラリーの中では比較的に年の若い三人組。弥生が不安げに呟き、ジュリが自信なげに発言し、淳がそれに水を差した。


「英雄って言っても、みんながみんな強いわけじゃないだろ」

「いや、それはそうかもしれないけど」

「ましてセイラン殿下は、帝都学園でも最高成績に至った一人ですわ」

「いや、二人ともちょっと待って」

「そうだよ。殿下はあの『十英傑』にも選ばれるほどの実力の持ち主なんだ……」

「それにそもそもの問題として、天さんは魔力がございませんわ……」


 ネガティブな発言を連発してどんどん表情を暗くする淳と弥生に、


「あ、あのさ! 淳も弥生も、まずボクの話を聞いほしいのだよ!」


 そしてジュリは意を決したように言った。


「これは天には口止めされてることなんだけどさ? 実はあの時リザードキングからボクらを救ってくれたのは――」

「――はい、ストーップ」


 ポンッと、興奮気味に喋るハーフエルフの少女の肩に手が置かれた。今いいところなのにとジュリはそちらを振り返る。が、その威勢が発揮されることはなかった。


「リ、リナ、さん」


「気持ちは分からないでもないけど、それはちょっと見逃せないのです」


 思わず顔を引きつらせるジュリに、リナは苦笑しながらそう言った。


「あなた様は、どこかで」


 突如現れたリナを見て、弥生は胡乱げに首を傾げる。リナは軽くウインクしながら。


「カイトさんとアクリアさんはあたしのチームの仲間なのです。こう言えば思い出してもらえる?」


「あっ」


 弥生はハッと目を見開き、慌ててリナに頭を下げる。


「こ、これは大変失礼いたしました」


「いいってことなの」


 そう言って、リナはニカッと笑った。


 以前、ソシスト共和国とランド王国を結ぶ街道で淳達が〔リザードキング〕に殺されかけた時の話だ。実際に〔リザードキング〕を討ち果たし、彼等の窮地を救ったのは、その凄惨な光景を目の当たりにして怒りに我を忘れた天だった。しかし表向きは、駆けつけたカイトのチームと討伐隊の臨時メンバーだったマリーが力を合わせ、この事件を解決したことになっている。当然だが、リナもこの討伐メンバーの中に含まれていた。そしてアクリアが瀕死の淳に治療を施していた際、傍らで泣きじゃくる弥生の側にずっとついていたのが、他でもないリナだった。


「あの時は、兄ともども本当にお世話になりました!」


「……どうも」


 車椅子に座りながら淳も軽い会釈をした。


「に、兄様」


 弥生がリナに礼をしたまま、咄嗟に淳の方を振り向く。すげない態度をとる兄に、命の恩人に対して失礼だとでも思ったのだろう。しかし子供とは得てしてそういうものだ。リナは「いいっていいって」と弥生を手で制しながら、ジュリに小声で耳打ちする。


「今の段階でソレを二人に話すのはフェアじゃないのです」


「それは……」


「天兄もそう思ったからこそ、キミに口止めしたのです」


「で、でも」


「キミに話したってことは、天兄は折を見て他の子たちにも話すつもりなのです。歯痒いかもしれないけど、それまではどうか待ってあげてほしいの」


「……わかりました」


 ジュリは目を伏せながら素直に頷いた。頭を撫でてやろうかとも思ったが、リナは自重した。今はそういう場合ではないのだ。少なくとも、彼等にとっては。


「セイラン殿下は、帝都学園始まって以来の神童――あの『暁グラス』の再来とまでいわれた天才なんだ。このままじゃあいつが!」


「兄様……」


「……ん?」


 なにやら聞き覚えのあるキーワードがリナの耳に届いた。その直後のことだった。


「暁グラスなど、恐るるに足らず!」


 猛りたつ一声と共に車椅子に座る少年の背後から現れたのは、妙に貫禄のある禿頭の青年だった。


「あの者がまこと暁グラス程度の力量しか持ち合わせておらぬなら、御方(おんかた)の敵ではございませぬ」


「な、なんだよ、あんたは」


 動揺する淳に、ハゲ青年は言った。


「覚えておくことだ童よ。暁グラスなどただの未熟者にすぎぬ」


「なっ⁉︎」


「それにしても、たかが暁グラスほどの域であのように驕り高ぶるとは、笑止!」


「あ、あんたなんかに暁グラスの何が分かるんだよ‼︎」


 とりあえず本人だった。


「……ねえ、リナさん」

「……なに」

「昨日から気になってたんだけど、あの人って何者なの?」

「何者っていうか、本物っていうか……」


「?」


 シリアスな空気をぶち壊した件の騎士のことはこの際置いておく。きっと近くに潜んでいるであろうシャロンヌも、同じことを思ってるに違いない。そんなことを考えながらリナはジュリとのヒソヒソ話を切り上げる。その直後。鼻をひりつかせる匂いがいや増しに強まった。勝負の気配だ。


 始まる。


 リナがそう感じた次の瞬間、セイランが動いた。


「天っ!」

「天さん」


 灰色の空の下。貴族の兄妹の命運をかけた闘いが幕を開ける。淳と弥生は、その勝負の行く末を祈るように見つめていた。



 ◇◇◇



「ハアーーッ!」


 風を貫く無数の剣撃。

 閃く鋭い銀光。

 突き刺すレイピア。

 その剣先が、容赦なく天を襲う。


「どうした、貴様も早く武器を抜くがいい」


「あいにくとこれが俺の戦闘スタイルでな」


「フン。ならず者の喧嘩殺法といったところか。つくづく野蛮な輩だ」


 野蛮はどっちだ。決闘開始の合図はおろか構えすら待たず仕掛けてきたセイランを、天は冷めた眼差しで見る。


「ま、そっちの方が色々とやりやすいがな」


 と、天はセイランの攻撃を難なく躱しながらその軸足を払う。次の瞬間、セイランが宙を舞うように豪快に転倒した。


「ッ⁉︎」


「ほれ」


 天は鮮やかな足払いを決めると、そのままセイランの脳天を踏みつける。


「ブフッ!」


 緑の芝生と銀の王子が盛大に接吻する。天はセイランの頭を踏みつけたまま、早くも最後通告を行った。


「次は全力の一撃を打ち込んでこい。それで決められなければお前はおしまいだ」


「きき、き、きさ、きさまぁああ! ここ、この足をどけろッ! すぐにどけろおおお!!」


 激しい怒りの咆哮。そして天の足の下から解放されたセイランは、「ウガァ‼︎」と獣のような声をあげて起き上がった。


「よくも……よくもやってくれたな!」


「たまには下の立場も悪くないだろ?」


 天は飄々と言った。


「殺してくれるわ‼︎‼︎」


 草と泥で化粧された美貌は憎悪と殺意に満ちていた。愛しい女の前で文字通り足蹴にされた帝国の皇子は、激昂の果てに魔力を解放する。紅の魔力。視界に色を認識させるほどの暴力的なオーラに、周りにいた幾人かのギャラリーが息を呑んだ。


「ハァァアーーッ!」


 セイランが弓を引き絞るようにレイピアを構える。研ぎ澄まされた白金の刃が、見る見るうちに凍てつくような銀から燃えるような赤へと変わった。


 《魔装剣技・炎燕(ひえん)


 瞬間。

 セイランは地面を蹴った。


「死ねぇえええええええええええーー!!」


 裂帛の一閃。

 直後。


 ……パシッ。


 高速で疾る紅蓮の刃が、停止した。

 天がいとも容易く、掴んで止めた。


「詰みだ」


 無機質な声音で一言。

 そして次の瞬間――。


 ガキンッ!!!


 激しい金属音が辺りに鳴り響いた。

 レイピアが折れた。否、折られた。

 周囲にいる誰しもが言葉を失った。


「そんな……バカな……がふッッ!」


「とりあえず肋骨を何本か貰おうか」


 折れたレイピアを見つめて呆然と立ち尽くすセイラン。その無防備となった腹部に、無数の拳打が突き刺さる。


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。


 天は作業のように攻撃を繰り返した。


「こんなものか」


「ぐあ……が、がは……ッ」


 セイランは血反吐を吐きながら、どさりと地べたに倒れ込んだ。



 ◇◇◇



「で、殿下ー!!」「セイラン殿下ッ‼︎」


 護衛の黒服達が血相を変えて主人のもとに駆け寄ろうとする。しかし。


「おぬしら、一体何のつもりだ?」


「決闘はまだ終わってないのです」


 疾風の如く現れたグラスとリナが、彼等の前に立ちはだかる。


「しょ、勝負はもうついている!」


「まだどっちも意識はあるし、どっちも負けを認めてないのです」


「しかしこのままでは、殿下があの男に殺されてしまう!」


「異なことを言う。敗北とは死と同義。即ちそれが決闘というものですぞ」


 二人は断固としてセイランの護衛達をしりぞける。


「だいいち、あいつは天兄を殺そうとしたのです」


「左様。ならば己が殺されても文句は言えぬであろう」


「セ、セイラン殿下はエクス帝国の皇族なのだぞ⁉︎」


「そしてかの偉大なる九英雄、ローレイファ閣下の御子息でもあるのだ!」


 声を荒げて責め立てるSP達に、リナとグラスは言い放つ。


「真剣勝負に身分なんて関係ないの」


「然り」


「あ、あなた方は、五大勢力の一角である帝国軍と事を構えるおつもりか⁉︎」


「おい! お前らも何か言って……なっ⁉︎」


 黒服の一人が後ろを振り返ると、武器を抜いた同僚達が地面に倒れていた。彼等は芝生の上でスヤスヤと寝息を立てている。


「なんぴとも()()が主君の勝負を汚すことは許さぬ!」


 そのグラスの言葉に呼応するように、一陣の風が吹いた。そしてパニック状態のまま武器を抜いてしまった残りの護衛達も、もれなく芝生のベッドで眠ることとなった。



 ◇◇◇



「お前に最後のチャンスをやろう」


 地に倒れ伏すセイランを見下ろすと、天は刃の折れたレイピアを彼の顔の真横に突き立てる。


「立ってソレで攻撃してこい。もしそれができたなら、俺は一堂弥生から手を引こう」


「なん、だと……⁉︎」


 セイランが地面から顔を上げる。天は重く告げた。


「ただし、その時は決闘の作法に則り、今度こそ確実にお前の命を貰う」


「――ッ‼︎」


 瞬間、セイランの美しい顔が恐怖に青ざめる。声と共に発せられた殺気が、否応無しに男の言葉を肯定していた。


「起き上がって惚れた女のために死ぬか、それともそのまま生き延びて惚れた女を見捨てるか。選ぶのはお前自身だ」


「う、ぁあ……っ」


 進むも地獄、退くも地獄。

 だから意識を残した。腹だけを殴った。

 想いの強さと、覚悟の量を測るために。


「淳なら立つぞ」


 静かなる気迫を漂わせ、天は言った。


「あいつは妹のために、仲間のために、文字通り命を懸けた。そんなあいつをお前は情けないと言った」


「あ、あぅぁ」


 気圧される大国の皇子に、天は淡々と問いかける。


「兄が妹を守るのは当然。確かにそうかもしれん。――ではお前はどうだ?」


「!」


「彼女の婚約者として、愛する者を守るべきなんじゃないのか?」


「……、」


 セイランは答えない。ただフルフルと地面に顔を伏せるだけだ。


「お前の覚悟はそんなもんだ」


 そう言って、天はセイランに背を向ける。


「その程度の覚悟しか持ち合わせていない者が、俺の(とも)を侮辱するな」


 勝負の決着を告げる捨て台詞。もはや振り返る必要はない。天は歩き出した。


「天……」「天さん」


 淳と弥生が感動に打ち震えるように彼の名を口にする。それは誰が見ても文句のつけようがない決着。


 この勝負、花村天の完全勝利であった。

 

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