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第3話 とにもかくにも想像の斜め上

『タルティカ王国東国境砦周辺で、複数のオーク種系の上位モンスターが確認された』


 その身の毛もよだつ事件から一夜あけた翌日の早朝。


 西大陸ソシスト共和国・首都ビーシス。

 冒険士協会本部最上階・会長室にて――


「――以上が、昨夜タルティカ王国の国境守備隊から届いた報告内容です」


 知性的な容貌のエルフの女性は、報告を終えると同時に口を閉じた。ハイカラな眼鏡にシワひとつない紺色のスーツ。その出で立ちはまさに仕事のできる秘書という感じだ。


「ふぅ……」


 そして太い吐息をついたのは、いかにも貫禄のある筋肉質な老紳士。パツンパツンのスーツに身を包み、重厚な木彫りのデスクにどっしりと構えていた偉丈夫は、部下からの報告を受けて思わず苦笑してしまう。


「まったく“彼”には足を向けて寝れんよ」


「本当ですね」


 世界最高上位六名のSランク冒険士にして冒険士協会会長にしてソシスト共和国大統領――シストの苦笑まじりの言葉に、彼の第一秘書を務めるマリーは、ほのかに頬を赤らめながら相槌を打った。



 ◇◇◇



「なんでも、その場に居合わせたタルティカ王国守備隊の方々の話では、まさにあっという間の出来事だったそうです」


「ふむ。準災害級の脅威さえも、彼からすれば最弱モンスターの〔大ミミズ〕と大差ないということだろう」


「以前リナさんも会議でおっしゃっていましたけど、近い将来『英雄の名言100選』にノミネートされそうな台詞ですね」


「うむ。これはつい最近知ったことだがね? 頼もしい限りとは、得てして彼のために存在する言葉なのだよ」


「本当に、我々にとってこれ以上の心強い味方は他にいませんね」


「然り。まったくもってその通りだ。がっはっはっはっ!」


 軽い冗談を交わしながら、二人は朗らかに笑い合う。


「それはそうと、次回からはこちらからも何名か国境警備の人員を配置するべきでしょうか?」


「無論だ」


 ただ、とシストは難しい顔で続ける。


「事情が事情なだけに、できれば最低でもCランク以上の冒険士に担当してほしいところだな」


「レンジャークラスの冒険士となると、人数がかなり制限されてしまうかと」


 シストの懸念を引き継ぐ形で、マリーは手に持つノート型の端末を開きながら言った。


「今現在ソシストに活動拠点を置いている冒険士の中でこれに該当する者は、ミンリィと六条スガル、チーム『銀の翼』の三人、そこにAランク冒険士であるサズナさんを入れたとしても、合計で六名しかおりません」


「ううむ」


 シストの眉間の皺がさらに深くなる。無理もない。それほど昨夜起きた事件は、シストにとっても頭を抱える出来事だった。


『Bランクのモンスターが二体にCランクのモンスターが五体。これらが群れを成して襲ってきた』


 事前にそういった可能性を視野に入れていたシストやマリーですら、今回の一件は寝耳に水だった。


 ――彼はいとも簡単に解決した。

 ――だがそれは彼だったからだ。


 もし彼が現場に居合わせなかったら今頃どうなっていたか……考えただけでもゾッとする。さらに間の悪いことに、その頼みの綱である彼は、明日からしばらくの間この西大陸を離れてしまう。その間に、もしまた同じようなことが起きてしまったら。たった今名前が挙がった六人だけで対処できるか、はなはだ疑問である。


 しかしだからといって、他の大陸から名のある冒険士達を呼び寄せる訳にもいかない。


 程度の差はあれど、魔物の活性化は既に各地で起こっている。まとまった戦力が必要なのはどこも一緒だ。加えて、レンジャーの資格を持つ冒険士は、冒険士の全人口の一割程度。いわば彼等は協会の精鋭陣だ。いかにシストが総勢五万を超える大組織冒険士協会の会長でも、いや組織のトップだからこそ、軽はずみに「自分の国の警備を強化したいから悪いがこちらに活動拠点を移してくれ」などと、口が裂けても言えないだろう。


「……せめてシャロンヌだけでも残ってくれれば……」


 ただ愚痴の一つもこぼしたくなるのは、シストの立場を考えればむしろ当然と言えた。


「……リナさんが、シャロンヌさんには今回の旅に絶対に同行してもらうべきだと」


「あ、いや」


 遠慮がちにマリーが発言すると、途端にシストが「しまった」という顔で言葉を詰まらせる。心の声が漏れていたことに気づいたのだろう。そんなシストの様子を見て、逆にマリーの方が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「すみません。こんな大変なときに……」


「いいや、君が謝ることではないのだよ」


 自分の方こそ悪かったと言うように、シストは小さく首を振った。


「リナ君の意見は正しい。最悪シャロンヌさえいれば、彼のことを知らぬ王族や貴族たちも、最低限は彼の言葉に耳を貸すだろう」


「ですが……」


「これは前々から予定されていたことなのだよ。ならば君は、大手を振って明日彼等と共に出立しなさい」


 シストは理解ある上司のお手本のような対応を見せたが、マリーの心は晴れなかった。というのも、マリーも明日からしばしの間、このソシスト共和国を離れなくてはならないのだ。


「カイト君とアクリア君は、こちらに残るそうだね」


「はい。二人ともこちらでやる事が山積みだそうですので。それに……」


「あまり大人数で押しかけるわけにもいかんか」


「……多分、カイトもアクリアも気を遣ってくれたんだと思います」


「素晴らしいな、彼等は。自分達が大変な時期に他のことを思い遣る。そうそう出来ることではないのだよ」


「あの子達は昔からそうでした。いつも自分のことを後回しにして……」


「マリー」


 不意に力のこもった声で呼ばれた。


「は、はい」


 マリーはいつの間にか自分が下を向いていることに気がついた。礼節を重んじる秘書官は慌てて顔を上げる。するとそこには、真剣な眼差しで彼女を見つめるシストがいた。


「今回の旅は、彼が一度失ってしまった大切なものを取り戻す旅でもある。どうか彼の力になってやってくれ」


「も――もちろんですわ!」


「頼めるかね?」と視線で確認までしてきたシストに、「当然です!」とマリーは強い意思を込めて大きく頷いた。


「あっ」


 奮起一番に伴い、マリーはあることを思い出した。


「そういえば、昨夜の件でタルティカ王国の守備隊から苦情がきていました」


「なに、苦情?」


 途端にシストは眉をつり上げ、あからさまに不快感を示した。


「それはまた随分おかしな話だ。礼なら分かるが、苦情? 彼に命を救われた者たちが、その口でどんな文句をつけるというのかね」


「ええとですね……その苦情の内容というのが、まさに『それ』でして……」


「は?」


 シストの表情が一時停止する。

 そこへ畳み掛けるように――


「――命を助けてもらった我々がこのような報酬を受け取るわけにはまいりません、とのことですわ」


 マリーは眼鏡を持ち上げながら、タルティカ王国守備隊の面々から寄せられた苦情を一息に言い切った。


「ええっと、これについてのお返事はいかがいたしましょうか? 会長」


「…………」


 世界に名だたる九英雄の一人。義の英雄ことシストは、マリーから想像の斜め上をいく報告を受け取り、不覚にも部下の前で威厳のかけらもない間抜け顔を晒す羽目になった。


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