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第28話 奴隷の首輪

「……」


 その男はむっつりと気難しい顔をして、無言で夕焼けのなかを歩いてきた。


「…………」


 男は壮年と呼ぶには若く、しかし青年と呼ぶには少し抵抗のある容姿をしていた。

 灰色のスーツを見事に着こなし、悠然と歩くその姿は見るからにデキる男のそれだ。男は片時も天から目を離さなかった。そして天もまた、その男に視線を固定する。これで役者は揃ったな、と天は心のうちでそんなことを呟いた。


「娘たちが大変失礼いたしました」


 男は天のもとまでやって来ると、開口一番にそう言って、天に深く頭を下げた。これに驚いたのは彼の娘たち、ジュリとミリーである。ジュリは愕然と立ち尽くし、ミリーなど倒れたまま目をぱちくりさせている。天も多少だか意外感を覚えた。仮にも大国の名門貴族が、こんな簡単に自分のような得体の知れない人間に頭を下げるものか、と。だが――


「どうか妻をよろしくお願いします」


 それは心の底から絞り出された重みのある一言だった。男の言葉に、天は否応なしにスイッチを切り替えさせられる。


「案内してください」


「こちらです」


 二人はろくな挨拶も交わさぬまま、夕闇に包まれた道をてくてくと歩いて行く。マリーも無言でそのあとに続いた。


「……とりあえず、アタシらも行こうよ」


 マリーに叩かれた頬を押さえながら、ミリーが不貞腐れた顔で起き上がる。貴族の少女は衣服についたホコリを乱暴に払うと、マリーの背中に恨みがましい視線を向けて歩き出した。


「本当に、なんだって言うのだよ」


 釈然としないものを感じながらも、ジュリは小高い丘の上に建つ古びた屋敷へと足を向けた。



 ◇◇◇



 良く言えば趣があり、悪く言えば古ぼけた――そこはそんな屋敷だった。


「面会のお時間は本日の二十二時までとなっております」


 ツタの這った玄関を開けると、白い髭をたくわえた年配の執事が一行を出迎えた。ただその言動は、執事というよりも看守に近いものだ。


「この方々は私が案内する。付き添いも不要だ」


「かしこまりました」


 老執事は慇懃に頭を下げると、薄暗い屋敷の奥へ消えていった。


「こちらです」


 と、皆を先導しながら古びた屋敷の廊下を進むジュリの父。そのすぐ後ろに天とマリーが。そして天の背後に控える形でシャロンヌが続く。リナとグラスはこの場には居なかった。二人とも動力車で留守番だ。なお、ジュリとミリーは父親とその集団からかなり距離を空けて、いかにも不景気な顔で最後尾を歩いていた。


「いつも思うけど、なんでこのお屋敷はこんなに使用人の数が少ないのよ」


「それ、ボクも思った」


 最初の執事と合わせて、この屋敷には二人しか使用人がいなかった。一般人の感覚ならさして気にもならないことだが。名門貴族の一員である彼女達、一堂家の常識からすればそれはあり得ない話なのだろう。


「ここです」


 そうこうしてるうちに。ジュリの父はとある部屋の前で足を止めた。


「っ……」


「……、」


 重そうな鉄の扉に閉ざされたその部屋を前にして、ジュリとミリーは悔しげな表情を浮かべる。この部屋を見ただけで分かる。これではまるで囚人のような扱いだ。


「私だ。知尚だ」


 ジュリの父――知尚はノックはせず、声だけを扉の向こうに飛ばした。

 しばらくしてから「どうぞ」と優しげな女性の声が返ってきた。知尚は鉄の扉の中央に手を当てる。横開きの扉が静かに開いた。どうやら自動式のドアだったようだ。


「あらあら、今日は随分と大勢でいらしたのですね」


 部屋の中には、簡素な白いドレスに身を包んだエルフの女性がいた。金色の長い髪をした、どこか儚げな雰囲気を持つ女性だった。


 その女性を見て、震えた声で、ジュリが呟いた。


「お母さん……」


「まあ、大きくなったわねジュリ」


 今にも泣き出しそうな娘に、女性は穏やかな物腰で微笑みかける。そんな彼女の細く白い首には、赤黒く光る首輪が、呪いの楔として堅く嵌められていた。



 ◇◇◇



「まあまあ、本当に大きくなって」


「……うん」


「前に来てくれた時から、もう五年くらい経つかしら?」


「……うん」


 見るからにぎこちない。数年ぶりの母娘の対面はこの一言に尽きた。ジュリは部屋の中に足を踏み入れたはいいものの、扉の前から一歩も動こうとせず。ジュリの母、ミレーナもまた、そんな娘に自分から歩み寄ろうとはしなかった。


「元気だった?」


「…………うん」


 この部屋の広さは十畳もないだろう。しかし母娘の間に空いた距離は、途方もなく遠いものに感じられた。


「そういえば、ジュリは冒険士になったんですってね。マリーから聞いてるわ」


「……うん」


「お仕事大変じゃない? その、あんまり無理はしないでね」


「そんなのお母さんには関係ない……です」


 ジュリはそう言って顔を伏せる。ミレーナはひどく悲しげな表情を浮かべたが、それはすぐに消えた。


「ミリーも久しぶりね。あなたの方はちょうど半年ぶりぐらいだったかしら」


「正確には五ヶ月と二十日ぶり」


 ミリーはブロンドのツインテールを指でいじりながら、素っ気なく答えた。横にいる姉ほどではないが、こちらはこちらでまたよそよそしい。


「あら、どうしたのその顔? ほっぺたが片方だけリンゴみたいになってるけれど?」


「これは、その……」


 口ごもりながらミリーは赤く腫れ上がった左頬を押さえる。


「気にしなくていいわ、姉さん」


「そ、そう?」


 妹マリーからの矢のような返答にミレーナは困惑気味に目をしばたたかせる。恨みがましい目で叔母を睨みつけたのはミリーだ。マリーはどこ吹く風と眼鏡の位置を直した。その直後に。


「シャロ」


「はっ!」


 団欒の時間を断ち切るような鋭いやり取りがあった。動きを見せたのは二者。うち一方は部屋の天井に魔法陣を描き、一瞬にして室内をすっぽり覆うほどの結界を生成した。そしてもう一方は、ゆっくりと淀みない足取りでミレーナに近づく。


「はじめまして。自分は冒険士協会からきた花村天というものです。そして向こうにいる彼女は、私の同僚でシャロンヌといいます」


「これはご丁寧にありがとうございます」


 天が挨拶を済ませると、ミレーナもそれに応えるように姿勢を正してお辞儀をした。


「もうご存知かとは思いますが、私はそこにいる一堂知尚の妻、一堂ミレーナと」


「シャ、シャシャ、シャロンヌッ‼︎⁉︎」


 母の自己紹介は、娘の絶叫によって搔き消された。


「シャロンヌって、あのSランク冒険士の⁉︎ じょ、じょ、常夜の女帝シャロンヌっ‼︎⁉︎」


「お姉うるさい。てゆーか驚きすぎだから」


「黙りなさい小娘ども。マスターがいま話をされているのです」


「……なんでアタシまで。騒いでんのお姉の方じゃん……(ボソボソ)」


「マ、マスター⁉︎ それってまさか天のことっ――むぐ!」


「ジュリさん。気持ちは分かるけど今は静かにしてちょうだい」


 マリーは慌てふためくジュリの口を両手で塞ぎながら。


「天さんがこれからお話することは、私達にとって凄く大事なことなの」


 そしてマリーは天に視線を送る。天は小さく頷き、高らかに声を発した。


「ここにいる全員に約束していただきたい」


 天は言葉使いを普段のものに戻すと、周りにいる者達を満遍なく見渡した。


「俺がこれから話すこと、これからこの場で行うことは、決して誰にも口外せぬと」


「お約束します」


 天の声に誰よりも早く答えたのは、部屋に入ってから終始無言だったジュリの父、知尚である。


「この場で見聞きしたことは絶対に口外いたしません。我が一堂家の名にかけて、妻や娘たちにもこれを厳守させます」


「あなた……」


「お父様……」


 ただごとではない知尚の様子に、ミレーナとミリーの表情にも緊張感が走る。天はまだ口を開こうとしない。ミレーナがすっと背筋を伸ばし、頭を下げるように頷いた。そんな母の姿を見て、娘ふたりも慌ててコクコクと頷く。天は口を開いた。


「一堂ミレーナ殿」


「……………はい」


 ミレーナが心の準備を終えたところを見計らい、天はそれを告げた。


「俺達はあなたの首に取り付けられた魔導具――【奴隷の首輪】を外しに来ました」

 

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