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第27話 腰の入った

「て、天……っ」


「久しぶりだな、ジュリさん」


 茜色の空を背景に見つめ合う二人の男女のシルエット。一方は大柄で逞しげな黒髪の人間の男。一方はグラマラスな金髪ポニーテールのハーフエルフの少女。傍から見ればそれは実にロマンチックなワンシーンだろう。しかし当人達からしてみれば……決してそんなことはなかった。


「い……今さら何しにきたのだよ!」


「なに、少々野暮用があってな」


 吐き捨てられたヒステリックな抗議の声を軽く受け流し、天は言う。


「安心してくれ。別にジュリさんに用があるわけじゃない」


「ッ!」


 途端にジュリは整った顔立ちをキッと歪ませ、天を睨んだ。


「じゃ――じゃあ何しにこんな場所まで来たのよ!」


「それはこの場では言えない」


 きっぱりと言い切り、天は淡々と言葉を続けた。


「心配せずともこっちの用が済んだらすぐ消える。約束しよう」


「……そういうとこ、ほんと全然変わってない‼︎」


 肩を震わせたジュリの地団駄が土の地面を派手に鳴らした。


「その大人ぶった態度とか! 遠回しにボクを子供扱いするところとか! ほんっっとうに超むかつく‼︎」


「そうか」


「〜〜!」


 どこまでも素っ気ない天の態度に、ジュリがいよいよ癇癪を爆破しそうになったところで。


「ま、実際お姉ってお子さまだし。子供扱いされても仕方ないんじゃない?」


 飄々とした口調の横槍が入った。その声にいち早く反応したのはジュリだ。


「あんたには関係ない。邪魔だからすっこんでて」


「わー怖い怖い」


 人を食ったような態度でジュリの背後から現れたのは、如何にも上流階級といった出で立ちの金髪ツインテールの少女。こちらはジュリと違い、体つきは年相応といった感じだが、顔はやはり美少女だった。その見た目からも判別できるが、ジュリと同じくハーフエルフなのだろう。


「はじめてまして」


 少女はジュリの言葉など右から左へ聞き流して、天の前までやってくると、貴族の令嬢らしい優雅な所作でお辞儀をした。


「アタシはここにいる一堂ジュリの妹の、一堂ミリーといいます」


 微笑みかけてくる少女に、天も軽く会釈を返して。


「俺はキミのお姉さんと以前チームを組んでいた、花村天というものだ」


「うん知ってる。夜這い男さんでしょ?」


 瞬間、ピシッと場の空気が凍りついた。


「ああ、そうだ」


 そんな中。天はノータイムでミリーの言葉を認めた。


「ふ〜ん。そういう反応するんだ」


「ちょ、ちょっとミリー」


 ミリーは翡翠色の瞳を細め、目の前の男に冷笑を浴びせる。そんな両者のやり取りを傍らで見ていたジュリのほうが、どちらかというと目を白黒させている。動揺する姉を華麗に放置し、ミリーは天との会話を続けた。


「で、その夜這い魔さんがこんなところに何の御用かしら?」


「たった今キミのお姉さんにも言ったが、それをこの場で話すことはできない」


「ふ〜ん。あ、もしかして、今度はうちの母があなたのターゲットってわけ?」


「はぁあ⁉︎ な、なに言ってるのよミリー⁉︎」


 顔を真っ赤にしてパニクるジュリ。もはや完全に素の彼女に戻っている。こんなウブだったかコイツ? と天はやや場違いなところに目がいった。


「そもそも何よこの小汚い男? パーティー組むならもうちょっと相手を選びなよ、お姉」


「そ、そんなの今はどうでもいいでしょ!」


「どうでもよくないから。長女が変質者と知り合いとか、家族のアタシ達まで周りから変な目で見られる」


「う……ていうか、あんたは引っ込んでなさいって、さっきから言ってるでしょうが⁉︎」


「えー、だって家族としてはやっぱり心配じゃない。噂の夜這い男がいきなり湧いて出たんだから。あ、でも別にお姉のことは心配してないからアタシ」


「はっ、ちょ、それどういう意味よ⁉︎」


「そのまんまの意味」


 ハーフエルフの姉妹が戯れ合う最中。そのすぐそばで一人佇んでいた天は、おもむろに口を開き、感情を消した声で言った。


()せ」


 天が声を発した瞬間。ジュリとミリーはびくりと肩を震わせてお喋りを中断した。その言いしれぬ迫力に気圧されたのだろう。しかし天の言葉の行き先は、少女達とは別の方を向いていた。


「「――」」


 天の声に合わせ、こちらにじり寄っていた二人の人物が、その歩みをピタリと止めた。

 だがしかし。その怒りに燃えた目つきはいまだ継続されたままだ。


「……」「……」


 燃え盛る赤い炎と、凍れる青い炎をそれぞれの瞳に宿し、リナとシャロンヌは貴族の姉妹をじっと睨みつけている。


「……あのさ、なんでボクまであの人達に睨まれてるの? 怒らせたの絶対にミリーの方だよね?」


「さあ? 一緒になって騒いでたから同罪ってことじゃない?」


「……はあ⁉︎ なにそれ完全にとばっちりじゃない⁉︎」


「でもさ、アタシに色々と情報を流したのはお姉なわけだし」


 ぼそぼそと小声で話す姉と、相も変わらず飄々と言葉を並べる妹。一見すると凸凹コンビのような二人だが、その額には姉妹仲良く薄っすらと冷や汗が滲んでいる。


 ……あの二人から一斉に敵意を向けられたんだ。そりゃあ堪えるだろうな。


 天はやれやれと心中でため息をつく。ある程度こうなることは予想していた。だから天は、久しぶりに再会したジュリとの対話も必要最低限で切り上げようとした――とは半分ほど天の言い訳だが――。


 思わぬ伏兵が現れたってところだな。


 この旅に出る前、天はあらかじめリナとシャロンヌに釘を刺しておいた。自分に対する罵詈雑言は極力聞き流せと。ただ。この取り決めについては天も二人にそこまで強要するつもりはなかった。というのも……


『……それがご命令とあれば従います。ですが、何事にも限度というものがございます』


『天兄だって、あたしやシャロ姉が目の前で誰かに馬鹿にされたり嗤われたりしたら、我慢がきかなくなると思うのです』


 それを言われてしまうと、天としても強く出られなくなる。リナの言うように、もし自分が逆の立場に立たされたら、天は自らを制御できる自信が全くなかった。反対に、今の彼女達と同じかそれ以上のことを相手にする自信がある。とはいえ、このまま険悪なやり取りを続けても誰の得にもならない。何よりも時間の無駄だ。そう思い、天は今し方までの素っ気ない態度をいくらか改めることにした。


「俺達は、ここでの用件を終えたら速やかにこの場からいなくなる。キミの心配はもっともなものだが、それまではどうか我慢してくれないか」


「……ふーん」


 天の対応は実に紳士的はものであった。だがそれが逆に気に食わなかったのだろう。貴族の少女はふたたび皮肉な微笑を小さな唇に貼りつけ。


「だったら、あなただけ外で待っていてもらえますか?」


「ちょ、ミ、ミリー!」


「あと、できればここから半径100メートル圏外に移動してもらえると助かります」


「……」


「そしたら、あたしも心から安心できると思いますので♪」


 少女はにっこりと悪意たっぷりに言った。

 その直後である。


「いい加減にしなさい」


 バシンッッ‼︎‼︎

 と景気のいい効果音に合わせて、ミリーの華奢な体が宙を舞う。


「っっ……‼︎⁉︎」


 ミリーは受け身すら取れず地べたに叩きつけられた。まだ外見的にも内面的にも幼さが残る少女に見舞われたのは、鋭いフックと見紛うばかりの強烈なビンタである。もちろんやったのは天ではない。


「ミリーさん。お客様に対する失礼もそれぐらいにしないと、私も本気で怒りますよ?」


 マリーが夕日を背にして立っていた。迫力のある笑顔がそこにはあった。「ヒッ」と短い悲鳴を上げたのは彼女のもう一人の姪、ジュリ。ちなみにミリーはまだ地面に倒れたまま起き上がってこない。小柄な体がプルプルと震えているので意識はあるようだ。


「あの、マリーさん……?」


 天はやや困惑しながらマリーの顔を窺い見る。当然彼女がこちらに近づいて来ていたことは天も気づいていた。が、まさかあのマリーがこんな体育会系のノリでくるとは。さすがの天も驚きを隠せなかった。一方マリーは唖然とする天の方に向き直ると、すまし顔でこう言った。


「私は天さんに何も言われていませんので」


 そう告げて沈む夕日をバックにクイッと眼鏡を持ち上げるエルフ秘書の姿は、妙に決まっていた。


「くー! マリーさん超カッコイイのー!」


「当然です。なにせ彼女は、我ら冒険士の長が己の腹心と認めた人物なのですから」


 グッジョブと言わんばかりにシャロンヌとリナ。二人の女傑は今にも拍手しそうな勢いでマリーに喝采を送る。


「なんと! あの女人はシスト様の側近であったか。どうりでどこかで見たことがあると思っていたのですぞ!」


 ようやくどん底の調子から抜け出したグラスは、なにやら一人で納得していた。こちらはひとまず置いておこう。


「まあ、こっちとしては正直スカッとしましたが、良かったんですか?」


「ご心配には及びませんわ。これもマナー教育の一環なので」


「あんな腰の入ったビンタ、教育の場じゃそうそうお目にかかれませんよ」


 天は軽く肩をすくめて苦笑する。


「あのぐらいの子には、アレぐらいしないと効果は望めませんわ」


「なるほど。なら仕方ありませんね」


「はい。姉もこれぐらいならきっと許してくれますわ」


 再度眼鏡を持ち上げてそう主張するマリーに、天も再び苦笑をもって応じた。そんな二人を見てポニーテールの少女はひとり呟く。


「……なんなのだよ、これ」


 そこには感動の再会のシーンを早々にカットされ、一人取り残されたジュリの姿があった。


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