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第2話 猪女王

 その二つの世界は“鏡界”と呼ばれていた。


 鏡界。その異なる二つの世界はとてもよく似ていた。言語、文化、通貨、果ては大陸の形までも。それはあたかも鏡の中と外のように。そんな互いの世界のことを、互いの世界を管理する神々は、互いに互いを鏡の世界と比喩し、自分達から見た相手の世界を鏡界と呼んだ。


 もちろん違う部分もある。


 たとえば、こちらの世界には「魔法」がある。こちらの世界の住人は「魔力」を持っている。そしてこちらの世界には「魔物」がいるのだ。さらに言えば、最近その魔物達が力をつけてきた。「人」と「魔」の立場が逆転したのもあっという間の出来事だった。


 これでは親玉の邪神も調子に乗るいっぽうである。


 それもこれもみんな二百年周期でやってくる結界の張り替えのせいだ。ただこれをしないともっと大変なことになるし。だけどこのままだと今度こそ人類が滅びそうだ。こちらの世界の神々は悩みに悩んだ末、ある決断をした。


 鏡界の門を開けよう。


 向こうの世界に助力を仰ごう。この世界の神々はあっさりプライドを捨てた。これが後世に語り継がれる神の神頼みである。


 しかしその甲斐は間違いなくあった。


 かくして、この世界の神々は自分達が管理する下界を邪神に支配されぬため、あちらの世界の神々に頼み、求め、願い……そしてついに招き入れてしまったのだ!


 とある規格外の救世主(ヒーロー)を。



 ◇◇◇



「ちょっと、ちょっとちょっとちょっとちょっっとーー‼︎」


 こぼれ落ちんばかりの豊満なバストを上下左右に激しく揺さぶりながら、色気漂う耳長のブロンド美女は絶叫する。


「なんなのよ、あの化け物は⁉︎ あんなのがいるなんて聞いてないわよん‼︎」


 遥か上空に造り上げられた優美な空間。

 天空の華麗なる観覧席からワイングラスを片手に地上の様子を眺めていた彼女は、そのあまりにあんまりな光景に、思わず膝から床に崩れ落ちる。


「なに、何なの、アレ⁉︎」


 部屋の女主人はひどく狼狽していた。


「あ、あの変な男がすれ違った瞬間にスポンッて……私のかわいい子ブタちゃんたちの首がっ! シャンパンの栓みたいに弾け飛んだんですけどぉおおおおおおお⁉︎」


 見るからに高そうな赤いドレスを盛大にはだけさせ、美女は部屋の中を縦横無尽に転げ回る。想像の斜め上をいく展開にまったく理解が追いつかない状態だ。


「てゆーか今アイツ! 普通にパンチとキックでベヒちゃんとキングちゃんの頭を吹き飛ばしたわよねん⁉︎ 何あれ、特撮? 手品⁉︎ とにかくあの生き物、めっちゃキモいわぁあああああん‼︎」


 グラマラスな異国風の美女はこれでもかと頭を掻きむしる。せっかく苦労して用意した手勢が呆気なく殲滅された。しかもそれをやったのは世界に名だたる【九英雄】の誰でもない。どこの馬の骨とも分からない地味な人間種だ。まったく自分の好みではない、お洒落センスゼロのイマサンなTシャツ男だ。


「! そうよ、この前オークキングちゃんを狩ったのもきっとコイツに違いないわ!」


 彼女はもともと気が短い方だった。加えて忍耐力も幼児に毛が生えた程度。ゆえにその怒りが頂点に達するまで、さほど時間はかからなかった。


「…………いいわん」


 仁王様のようにぬっと立ち上がると、グラマラスな金髪美女は、その美しい顔に般若の面を貼り付ける。


「私が直接出向いて‼︎ あの手品野郎を今すぐブッ殺してあげるん‼︎」


「それは()めておくべきと忠告いたします」


「――ッ⁉︎」


 突如、背後から氷の声が聞こえた。


 ――ありえない!


 彼女の脳裏に真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。この空間に自分以外の者が入り込むなど事実上不可能のはずだ。そんな自負心があっさり否定された瞬間、彼女は頭に上っていた血液が急激に引いていくのを感じた。


 ……もしそんな芸当ができる「使徒」がいるとすれば、私が知る中ではたった一人だけよん!


 冷たい戦慄を背筋に感じながら、彼女は恐る恐るそちらを振り向く。


「“彼”は貴女にどうこうできる人物ではありません」


「あ、あなた様は……っ⁉︎」


 そこに立っていたのは漆黒のドレスに身を包んだひとりの淑女。顔の大部分を黒いベールで覆い隠す、喪服のような独特のファッション。他の使徒達とは明らかに違う異質な存在感。見間違えるはずもなかった。


「も……もしかして黒の審判者、様……でございますか?」


「はい」


 黒衣の淑女は無機質な声で答えた。

 彼女こそ邪神軍のナンバー2。

 統括管理者・特等星第二使徒。

 通称『黒の審判者』と呼ばれる、闇の処刑人その人であった。


 ……まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい、これ非常にマズイ状況ですわよ!


 ブワッと嫌な汗が全身から噴き出す。先刻までとは別の意味で胃がひっくり返りそうだった。


 ――黒の審判者が姿を見せるときは必ず誰かが死ぬときだ――


 使徒の間では有名な話である。そんな超絶危険人物と個室で二人っきりなどと、一体どんな拷問だ?


 ……もう、今夜はほんと何だっていうのよん⁉︎ 私が一体何をしたって言うのよん!


 実際のところ彼女は裏で色々やってる。最恐の処刑人に粛清される心当たりも山ほどあった。しかしそれでも、今夜のこの大凶の組み合わせに対しては断固として抗議させてもらう、彼女の言い分はそんなところだ。


「管理者、一等星使徒ジェミリア」


「ッ‼︎」


 そうこうしているうちに、黒の審判者がジェミリアの真名を呼んだ。次の瞬間――


 ――どうせ殺されるなら、最後の最後まで足掻いてやる!


 ジェミリアはいちかばちか、勝負に出る肚を決める。しかし。


「貴女をスカウトしに来ました」


「…………………………はい?」


猪女王(オーククイーン)』ジェミリア。


 さしあたって、彼女は生涯ベスト3には入るであろう間抜け面を未来の上司に披露するのであった。


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