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第161話 決戦前日の朝

 朝靄がまだ残る荒野に、白い法衣を纏ったカオスラトスが静かに杖を掲げた。高純度の魔力を帯びた銀髪は薄明かりに輝く。


「…………」


 その整った顔立ちにいつもの余裕はなく、人を食ったような胡散臭さも微塵も感じられない。まさに真剣そのものである。


「では始めよう」


 対峙する天は軽く拳を鳴らすと、相変わらず無骨なTシャツ姿で決闘の場に降り立つ。


「失礼のないように、初めから殺す気で参ります」


 カオスラトスの宣言と共に空気が焼きつく。美々しい魔道士の掌に凝縮された魔力が急速に膨れ上がり、空間そのものが震えた。


 《大焔華炎》


 火炎の嵐が巻き起こる。それは極めて生成が難しいとされる高ランクの魔技をさらに改良した上位魔術。普通の人間が近づけば骨すら残らぬ超高温度の奔流を――


 しかし、天は指を鳴らしただけでかき消した。


「俺に魔術は効かん」


 その異様な光景にカオスラトスは一瞬だけ息を呑んだが、直ちに次の攻撃に移る。


「ならば!」


 カオスラトスが杖を振ると、周囲に幾重もの魔法陣が展開した。次の瞬間、放たれた氷結魔術が大地を瞬く間に凍てつかせる。


 《氷河絶牢》


 熱せられた大気が瞬時に白い煌めきを放つ冷気へと変わる。円状に足下を氷らされた敵は身動きが取れなくなり、その隙に鋭く尖った氷晶が雨あられと襲いかかる。


「なるほど。魔術で凍らした水蒸気なら、あるいは物理攻撃と言えなくもない。地面を凍らせて間接的に足を封じるのも、俺には有効な手段だ」


 だがやはり、攻撃は一瞬で無力化される。

 音速の拳打が、氷柱の豪雨を粉微塵に破壊した。

 カオスラトスの表情が、今度こそはっきりと屈辱に歪む。


「意識を逸らすな」


 天が無造作に繰り出した蹴りがカオスラトスに命中する。金属を殴打するような衝撃音と共に、華奢な体が法衣を乱して宙に投げ出される。


「ぐっ!」


 勢いよく地面に叩きつけられながら、それでも何とか体勢を立て直したカオスラトスは、蹴りを防いだ杖の状態を確認する。かなりの衝撃を受けたはずだが、家宝の法杖は折れるどころか傷ひとつない。それを見て、カオスラトスの表情がさらに険しくなる。自分の防御が間に合ったわけではない。天が攻撃を手加減した上で、あえて杖を狙って蹴りを入れたのだ。


「お前みたいなタイプは格上を相手にするとすぐ感情的になる。相手が知性のないモンスターなら有効に働くこともあるだろうが、人同士の戦いにおいてそれは致命的な隙だぞ」


「……黒き魔女やあなた様が人であるかは、甚だ疑問でありますが」


 憎まれ口を叩きながらも、カオスラトスは既に次の攻撃に使用する魔術の準備を終えていた。


 《烈風豪雷》


 雲のない空に突如として暗雲が垂れこめ、無数の稲光が閃めき、激しい雷と風の気配が荒野を包んだ。

 しかし天はそちらには見向きもせず、自分の顔のちょうど真横あたりを指で弾いた。


「!」


 カオスラトスが驚愕に目を見開く。壮大な演出の裏に隠された本命の一撃、それをあっさり見破られた。どころか術が生成される瞬間を狙われ、魔術を行使する前に打ち消された。魔道士としてこれほど悔しいことがあるだろうか。


「ペナルティ、これで二つ目だ」


 棒立ちになったカオスラトスの体が再び宙を舞う。まるでボールでも投げるかのように、天が片手で胸倉を掴んだ瞬間に数十メートルも投げ飛ばされた。


「至近距離からの落雷で相手の鼓膜と視界を潰す。これも俺に対して有効な攻撃だ。決まれば数秒の隙を作れた可能性もある」


 地面を転がる勢いがようやく収まり、倒れたままカオスラトスが周囲に目を向ける。すると、いつの間にか移動した天がすぐそばに立っていた。


「派手な魔術と緻密な罠を連携させた良い戦術だ。だが一つの穴さえあれば見抜くことも容易い。術者であるお前が攻撃の瞬間に目と耳を魔力でガードした。あれでは陽動の意味がない」


 その無表情に見下ろす瞳を、カオスラトスは睨まずにはいられなかった。どんな攻撃を仕掛けてもまったく動じず、おまけに自分で解説する始末だ。


「…………ぜひ一度、あなた様の頭の中を覗いてみたいものですね」


 カオスラトスはよろよろと立ち上がりながら、擦り傷がついた頬の乾いた血を指で拭う。

 そして魔道の申し子は、Tシャツの青年と再び向かい合った。


「例えば、ジャンケンで言うなら『グー』と『パー』しか使えない、格下のお前達が魔女とやり合うと多分そういう戦いになる」


「……まだアレが格上と決まったわけではありません」


「その上、相性も悪い。相手が同じ魔道士なら尚更だ。向こうはお前やギルの不得意な手を出し続ければ、いつか勝てるからな」


 こちらの話をまったく聞かず、天は淡々と言い切る。まるで聞き分けのない子供を諭すような態度だ。

 カオスラトスは苛立ちを隠しきれずに首を振った。

 だが、その不満が長続きすることはなかった。


「ところで、お前の『命令』は魔女に効くのか?」


「ッ――!?」


 唐突な問いかけに思考が停止する。天の言葉がちんぷんかんぷんだったからではない。むしろ逆だ。突然なんの脈絡もなく自分の秘術を言い当てられて、驚かない魔道士などこの世に存在しない。


「何を驚いてるか知らんが。お前が一番最初に見せた魔術がそれだろ」


「まさか、気づいておられたのですか……?」


 唖然とするカオスラトスに対して、天は何てことのないように頷いた。


「お前が最初に現れたとき違和感を感じた。正確にはお前の指示に従ったマリアに」


 天の言葉にカオスラトスは息を詰める。

 それは法十字教会の三人目の魔道士として、英雄の子カオスラトスが登場した際のこと。


「お前はあのとき『ローブを脱いで跪け』と彼女に言った。初めは単純な上下関係や種族的な立場の違いによるものかと思っていたが、お前達三人を観察していて分かった。お前とグレイマリアは同格だ。上も下もない」


 当たっていた。

 そもそも第十位階とは魔道士の頂点に君臨する存在である。同じ階級に属する者同士ならば、地位や種族など関係なく互いに対等な立場だ。


「付け加えるなら、彼女の反応もおかしかった。立場のある者が人前で地に跪く。その行動に一切の躊躇いがなかった。単に目上の者に言われたからといって、それは通常あり得ない。よほど強い理由がないと成立しないことだ。例えば三柱神の神託、あるいは脳に直接指示でも出されない限りな」


「…………」


「あのときマリアは意識がはっきりしていた。その後の会話も至って平常だ。つまり洗脳とは違う。だから魔術による『命令』だ」


「…………素晴らしい」


 不敵に微笑むカオスラトスの体から、膨大な魔力が吹き荒れる。


「それで、奴にその術は効くのか?」


「おそらくは無理です。もともとこの秘術はかなり格下の相手にしか効果がありません。グレイマリアに命じることができたのも、彼女が精神的に弱っていた状況下にあったからです」


「そうか。案外いいカードになると思ったが」


「残念ながら。たとえアレに術が効いたとしても、簡単な動作で一、二秒操るのが精一杯でしょう」


 周囲の地形がどんどん変わっていく。あたかも巨大な鉱石が隆起するかのように大地が盛り上がり、岩の山々が形成される。そしてそれら全てが意思を持った大自然の要塞となって、天を取り囲んだ。


「そろそろいいか?」


「はい。お待たせしました」


 銀髪の魔道士が慇懃に会釈する。

 Tシャツ姿の英雄は軽く首を鳴らした。

 お喋りの時間は終わった。

 ここからは本当の真剣勝負だ。


「っ……………………」


 離れた場所からその様子を見ていた老魔道士が五体を震わせる。辺り一面に音声遮断、認識阻害など様々な結界を張りながらも、レイギルバートは瞬きひとつせずその光景を目に焼きつけていた。


「参ります」


 高く掲げた法杖が黄金の燐光に包まれる。カオスラトスはそれを天に向かって振り下ろした。


 《万象崩落》


 一瞬の静寂。

 直後、天地を震わせる衝撃と共に大地が揺れた。

 巨大な岩山が次々と崩れ落ちる。

 地面を穿ちながら迫る幾千万もの尖角岩石が、津波となって敵を押し潰す。


「大地を操る魔術か」


 天がこの決闘で初めて構えをとる。


「ギルのゴーレムと違って、これなら俺に消される心配はない。魔術の範囲も威力も申し分ないが――」


 次の瞬間、まばゆい闘気が天の全身から放たれる。


「時間を掛けすぎだ。三つ目のペナルティ」


 そして天と地が激突した。



 《闘技・流星突き》



 ◇◇◇



「……筋肉の気配を感じるのだ」


 サズナは独り言のように呟く。

 その隣りで、ジュリがきょとんと首を傾げる。


「ねえ、親方。さっきからずっと同じこと言ってるけどさ、それってどういう意味なの?」


「ぷっぷ〜、ボクちんのマッシブセンサーが朝っぱらから鳴り止まないのだ。つまり、どこかでムキムキな誰かが戦ってるってこと」


「へ、へぇ」


 ジュリは口元をひくつかせて適当に相槌を打つ。二人はタルティカ王国とソシスト共和国の国境付近に広がる草原を南下するかたちで、朝の見回りを行っていた。

 ちなみにジュリがサズナのことを親方と呼ぶのは、現在二人が拠点にしているタルティカ国境砦の兵士達が彼女のことをそう呼んでいるからだ。

 初めは人形みたいな可憐な童女を相手にどんな冗談だろうと思っていた。

 だがサズナの数々の奇行、さらに彼女の圧倒的なリーダーシップを目の当たりにして、今では不思議としっくりくるその呼び方をジュリも使うようになった。


「そろそろなのだ」


「え、何が?」


 ジュリが訊き返した時だ。ガサガサと草原を乱暴に移動する足音が聞こえた。距離にして100メートルも離れていないだろう。ジュリは思わず硬直して息を呑む。その直後、草むらの奥からリザードマンとハイリザードマンが盗賊の親分と子分のように現れた。


『グェ、グエェッ』


『グガァアアアッ』


 冒険士の少女達をゆうに超える二つのトカゲ頭が、赤く炯々とした目を光らせて獲物を睨み上げる。二体のモンスターはそれぞれのランクから比べると異常な筋肉量を誇り、特にハイリザードマンは腕一本だけでジュリやサズナをまとめて捻り潰せそうなほどだ。


「ぷっぷ〜、そろそろモンスターと遭遇するのだ。つまり、戦闘開始ってこと」


「筋肉とかムキムキとかよりも、そっちを先に教えてほしいのだよ!?」


 悲鳴まじりに抗議するジュリの隣りで、サズナはマイペースにゴスロリ服の袖をまくっている。


「ハイリザードマンはボクちんがやるから、ジュリはリザードマン担当なのだ」


「え!?」


「それじゃ行くのだ」


 サズナは軽やかなステップで走り出す。


「ちょ、待ってよ親方!せっかく二人いるんだし一緒に戦うのだよ!」


「ぷっぷ〜、今のボクちんならハイリザードマンなんて三分クッキングより早く倒せるのだ。つまり、各個撃破した方が効率がいいってこと」


「でも、心の準備がっ」


「ジュリのレベルで筋肉の君の特性があれば、リザードマンなんて負ける方が難しいのだ」


 振り向きもせずにサズナは走る速度を上げる。


「もう敵は目と鼻の先にいるのだ。つまり、腹をくくれってこと」


「ああ、もう!やってやるのだよ!」


 覚悟を決めたジュリは、サズナを追って草原を駆け出す。そしてそのサズナは、すでに自分より何倍も大きいハイリザードマンの懐に突っ込んでいた。


「ぷっぷー、楽しくなってきたのだ!」


「全然楽しくないのだよ!!」


 東の国境を守る凸凹コンビは、今日も騒がしく頑張るのであった。


 

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