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第155話 緊急メール

「うー、薬草摘みはもう飽きたのじゃー!」


 のどかな草原の中、幼い少女の声が響き渡る。

 ここはラビットロードの首都ルナピアから一日二回しか出ていないバスに五時間揺られて、さらに徒歩で二時間の場所にある村近くの草原だ。

 その見晴らしの良い丘の上に、一人の少女が座っていた。


「薬草摘みは飽きたのじゃ!ワレはモンスターをバッタバッタとなぎ倒したいのじゃ!」


 ちまちまと草をむしりながら、少女は頰を膨らませる。横に伸びた可愛らしいウサギ耳に、最近お気に入りのカラフルな帽子をちょこんと乗せる姿は、なんともメルヘンチックだ。

 少女の名はシラユキ。

 自称ラビットロードを救った英雄パーティーの一員にして、ラビットロードの第八王女だ。


「あー、つまらぬ!つまらぬつまらぬつまらんのじゃーっ!」


 ひとしきり叫んで、小さな王女は草原のベッドに寝っ転がる。そこへずいっと人影が覗き込んだ。


「お師匠に支払う『コーヒー豆』の代金を自分で稼ぎたいって言ったときはオニ見直したのに、すぐこれっすからね」


 腰に手を当てて呆れ顔をするのは、シラユキの姉でラビットロード第七王女のサランダだ。彼女はAランクの冒険士でもあるので、今日はシラユキの薬草摘みの付き添いで来ていた。


「だってつまらんのじゃ。それにこの辺にいるモンスターは弱すぎて全然面白くないのじゃ。強くて大きいのと戦いたいのじゃ」


 シラユキは拗ねたように口を尖らせると、再び大の字になって寝転んだ。


「Fランクの見習いが舐めたこと言うなッス」


「それを言ったら天もそうなるのじゃ。あやつはFランクの見習い冒険士なのに、毎回そういう依頼をしておるのじゃ」


「あれはオニ特別ッス。だいたいお師匠だって、淳達とパーティーを組んでた時は色んな依頼をこなしたって聞いたッス。だから実績も十分なんスよ」


「ならば、なぜ天はFランクのままなのじゃ?」


「大人の事情ッス。お子ちゃまのお前にはオニ関係ない話ッス」


「なんじゃとー!」


 仲のいい兎人の姉妹は今日も元気に喧嘩を始めた。しばらく言い合いを続けていた二人だが、不意に何かを思い出したようにシラユキが顔を上げる。


「そう言えば、サランダ姉上は天の修行を受けておるのじゃったな……その成果はどうなのじゃ?」


「……あー」


 突然話題を変えられて一瞬戸惑ったサランダだが、すぐに楽しげな顔になる。


「順調といえば順調スね。とりあえず『六つの闘技』を覚えたッス」


「なんじゃと!凄いではないか!」


 シラユキは興奮気味に声を上げる。


「オニまだまだスけどね。形だけ覚えた感じッス」


「それでも凄いのじゃ!ワレなんぞ天にプロポーズしたのに、まったく相手にされんかったのじゃ!」


「……斜め上からの八つ当たりすんなッス。ていうかなんでお師匠なんスか?他にもフィアンセ候補いっぱい居るっスよね、お前」


 ラビットロードは女社会だ。一般的な女と男の価値観、考え方が逆転している点が多々ある。例えば婚姻においては女の立場が非常に強い。特に王家においては女が男を選ぶのが当たり前で、シラユキも優秀なフィアンセ候補に囲まれている。そんな中、英雄とはいえ天のような男を選ぶのは、甘いマスクの王子がムキムキの女戦士に求婚するくらい異常なことだ。天のことを尊敬しているサランダでさえ、流石にそれは無理があると思うのが普通の感情だ。


「そんなの、ワレが天のことをオニ大好きだからに決まっておるのじゃ!」


 屈託のない笑顔でシラユキが答える。サランダは苦笑しながらワシャワシャと妹の頭を撫でた。


「それじゃあ、仕方ないッスね」


「そうなのじゃ!仕方ないのじゃ!」


 姉に頭を撫でられながら、シラユキは誇らしげに胸を張る。


「それに、天と結婚すればラムちゃんと姉妹になれるのじゃ。何より、ラビットロードが危なくなったらまた助けてもらえるのじゃ」


「……お前も中身はきちんと王族なんスね」


 サランダは複雑な思いを抱きながらシラユキの頭から手を離した。無邪気そうに見えて、実はかなり打算的なところもある妹だった。


「それで、お師匠にはなんて断られたんスか?」

「十年早いと言われたのじゃ」

「オニ正論ッス」

「なんじゃとー!」


 そこで一本の通信メールが入る。緊急性の高い内容を示すアラート音に、二人の顔が強張る。サランダは素早く端末を開くと、送られてきたメッセージを確認する。


「…………ぷっ」


 しばらくして、サランダは緊張が解けた顔で含み笑いをした。緊急メールを読んでいたはずなのに真逆の反応をする姉を見て、シラユキはたまらずサランダに詰め寄った。


「なんじゃなんじゃ!?姉上よ、なにか大変なことが起こったのではないのか!?」


「まあ、大変なことは起こったッスね」


 サランダは少し考えて、まあ王族なら問題ないか、と端末のメッセージ画面をシラユキに見せた。


『ソシスト共和国でモンスターの大量発生によるスタンピードが起こった。既に半数以上は討伐したと思われるが、その規模は目算で千を超える。各地の冒険士達は十分に警戒されたし』


 シラユキはその内容を見て大きく目を見開いた。


「一大事ではないか!」


「まあ、そうッスね」


 相変わらずまったく慌てず、それどころか含み笑いをするサランダ。いよいよシラユキは顔を真っ赤にして怒り出した。


「なんで姉上はそんなのんびりとしておるのじゃ!今すぐ現場に行かねばならんじゃろ!」


「落ち着けッス」


 ぴょんぴょん飛び跳ねるシラユキの襟首を掴んで持ち上げると、サランダはひょいと妹を抱っこする。昔からシラユキがご立腹の時や泣きそうになっている時にやる、サランダのお決まりの行動だ。このポーズになるとシラユキは不機嫌な顔のまま黙り込むので効果覿面なのだ。


「そもそもこのメールの送信元はどこスか?」


「冒険士協会の本部に決まっておろう」


「じゃあ、メールの内容を考えて大陸全土に発信の指示を出したのは誰スか?」


「きっとシスト会長なのじゃ」


「だからこそおかしいッス」


 サランダが片手でシラユキの頭を撫でると、幼女姫は心地よさそうに目を細める。そのまま膝枕をせがむように、シラユキは姉の太ももを叩いた。これが彼女なりの愛情表現である。サランダは苦笑しつつもシラユキに膝枕をして、話の続きを聞かせる。


「ソシスト共和国でスタンピードが起こったってことは、会長にとって自国と協会の本部そのものがモンスターの大群に襲われてるってことッス。なのにそんな説明文みたいなメールが届くのは変ッス」


「ふむ、言われてみれば確かにそうじゃな」


 サランダとシラユキは、曲がりなりにも大国の王族だ。政治的な駆け引きの教育や、手紙の文面から相手の心理状態を読み取る訓練なども受けている。故にこのメールの文章からはまるで動揺が見られないのだ。


「極めつけは、千を超えるモンスターがすでに半数以上も討伐されてるとこッス」


 サランダは言葉を強調して言った。


「国中に散らばってるモンスターの大群を半分も減らしたってことは、スタンピードが起こってから少なくとも数日は経ってるッス」


「なんで今さら連絡したのじゃ。遅すぎるじゃろ」


「そこッスよ」


 草原の風が吹き抜ける。サランダはシラユキに膝枕をしながら、メッセージ画面を開いたままの端末を妹に差し出す。今の話を踏まえてもう一度メールを読んでみろ。姉から言外にそう言われ、シラユキはむすっとしながらも素直に端末を受け取り、画面に表示されているメールをまじまじと見つめる。表向きの文面だけでなく、その文章の裏に隠されたメッセージまで読み込む。すると以下のようなメールが出来上がった。


『数日前に大規模なスタンピードが起こって、私達は今モンスターの大群と交戦中ですが、全く問題ありません。むしろ余裕すぎてあなた方に救援を求めることすらしません。冒険士の方々は自分のことに集中してください』


 シラユキが勢いよく体を起こした。


「なんじゃこれは!?」


「まあ、そういうことッス」


 サランダはシラユキの頭をポンポンと叩いてから、ゆっくりと立ち上がる。


「あそこにはお師匠が居るッス。だからオニ心配無用なんスよ」


 あっ、とシラユキが声を漏らす。

 そう――ソシスト共和国には零支部がある、そこには花村天がいるのだ。

 ラビットロードの危機を救って、魔界の大魔族を退けた天とリナ達なら、今回の騒動を鎮圧するのもわけないことだろう。


「昨日の夜に、オニ珍しくリナっちから通信があったッス」


「なんじゃと、ではやはり天達は大変なのか!?」


「ラビットロードの法定速度がノロすぎるから国境封鎖に間に合わなかった、どうしてくれんだこの野郎、ってオニ延々と愚痴られたッス」


「なんじゃそれ?」


 ぽかんとするシラユキをよそに、サランダは屈伸運動を始めた。


「昨日はオニ意味不明だったスけど、オニ納得したッス。つまるところ、リナっちはオニ油断したのをオニ人のせいにしてるだけッス。昔からオニそういうところがあるんスよ、あいつ」


「……よく分からんが、サランダ姉上がリナ姉の話になるとオニを連呼するのはよく分かったのじゃ」


 妹の話を聞き流して、サランダはコキコキと首を鳴らす。シラユキは不思議そうに姉の顔を見上げた。


「姉上、さっきから何をしておるのじゃ?」


 ……ブブォオ。


 ぞわっと鳥肌が立つような異音が聞こえた。

 同時に獣人特有の野生本能が、危険信号をシラユキに伝える。


「お、結構早く気づいたッスね」


「あ、姉上……」


 顔を真っ青にするシラユキの頭を優しく撫でて、サランダは勢いよく走り出した。


「シラユキはそこで見てるッス!」


 妹の返事を待たずに、サランダはぐんぐん加速していく。そしてあっという間に草原の奥にある森の前まで辿り着くと、男装の麗姫は闘争心を剥き出しにして指を鳴らすポーズをとる。


「何気に、オニ懐かしいシチュエーションッスね」


 サランダの指が鳴る乾いた音が、草原の静寂を切り裂いた。次の瞬間、森の茂みが激しく揺れ、濁った咆哮と共に三つの巨体が飛び出してきた。


『ブゥゥゴォオオオ!!』


 全長3メートルを超えるモンスター達が、サランダの目の前に現れる。その太い四肢は鉄柱のように逞しく、禍々しい威圧感が群れを成すことでさらに大きくなっている。遠くの方で、シラユキの叫び声が聞こえた。


「ハイオークが三体じゃと!?そんなの反則じゃろうが!!」


 くすっとサランダが口元に笑みを作る。確かに少し前の自分なら、Cランクモンスター三体を同時に相手する不運に、シラユキと同じような悪態をついていたかもしれない。しかし今は、この状況がワクワクして仕方なかった。


「闘技を試すのに、オニちょうどいいッス」


 サランダが一歩前に踏み出し、軽く腰を落とす。すると最初の一匹が、棍棒を振りかぶってサランダに襲いかかった。刹那の攻撃に対して、サランダは慌てるでもなく横にずれて迫り来る棍棒を躱した。鈍い衝撃と共に棍棒が地面を抉る。ハイオークが一瞬だけ自らの攻撃の余波で体を硬直させる。それは致命的な隙だった。サランダは右手の甲を前に突き出し、下がったハイオークの顎にそっと掌を構える。


《闘技・絶掌底(ぜつしょうてい)


 激しい炸裂音と共にハイオークの首が捻じ切れる。中々の凄惨な光景に離れた場所にいたシラユキが悲鳴を上げるが、生憎とサランダも、残り二体のハイオーク達もそちらには目もくれず戦いに集中していた。


『ブォオーン!』


 奥にいたハイオークが雄叫びを上げて、サランダに突進してくる。サランダは練気を右足に集中させて踏み込んで迎撃の姿勢を取る。今度は避けずに真っ向勝負だ。突進するハイオークに対してサランダがさらに踏み込む。両者の間合いが一瞬で縮まり、そして激突する瞬間、サランダの前蹴りが地面をえぐるようにハイオークの顔をかち上げる。


《闘技・大蛇》


 天が得意とする闘技の一つ。強烈な踏み込みと瞬発力を利用した前蹴りは、ハイオークの巨体を軽々と吹き飛ばした。その威力は見事なものだ。地面に叩きつけられたハイオークが痙攣して息絶える。


「残るはお前だけッスね」


 サランダは獰猛な笑みを浮かべて、最後のハイオークを見据える。これが獣なら圧倒的な実力差に逃げ出したかもしれないが、相手は獣以下の理性しか持たない残虐な魔物だ。ハイオークは怒りに満ちた目でサランダを睨み付けると、猛然と襲いかかってきた。


《闘技・螺穿脚(らせんきゃく


 静かな構えから放たれた回し蹴りが、ハイオークの首を穿つ。ハイオークは力なく崩れ落ちる。そして、数瞬後に何事もなく起き上がった。


「…………あれ?」


 サランダは目をぱちくりさせたが、一瞬後に何事もなかったかのようにハイオークに近づいて、淡々と技を繰り出した。


《闘技・螺旋貫手》


 螺旋を描く渾身の貫手が、ハイオークの腹部を貫いた。岩のような巨体が白目を剥いて崩れ落ちる。今度こそ息絶えたようだ。


「姉上ー!」


 サランダが倒したハイオークをドバイザーに収納していると、勢いよく駆けて来たシラユキが目を輝かせて姉の腰に抱きついた。


「すごいのじゃ!闘技かっこ良かったのじゃ!流石は姉上なのじゃ!」


「お、おう……ありがとッス」


 本当は一発だけ失敗したのだが、それは言わぬが花だろう。サランダが気まずげに頭を掻いていると、腰にしがみついたままのシラユキが、キラキラした瞳で姉を見上げた。


「姉上、ワレも闘技を覚えたいのじゃ!」


 すんとサランダの表情が無になる。


「お前じゃ無理ッス」


「なっ!やってみなければ分からんじゃろ!?」


「分かるッス。オニ不可能ッス」


「なんじゃとー!」


 闘技習得のために課せられた地獄のような訓練メニューを思い出し、サランダはげっそりした顔で首を横に振る。


「少なくとも、薬草摘みで根を上げてるような奴にはオニ無理ッス」


「ぐぬぬ」


 シラユキはしがみついていたサランダの腰から飛び降りると、つかつかと歩いていく。


「こうなったら最後の手段を使うのじゃ。近くの村に行って、姉上がハイオークを素手で倒したと言いふらすのじゃ」


「それだけはオニやめろッス」


 サランダはすかさずシラユキを抱っこする。まかり間違ってまた演劇になったら堪ったものではない。


「ワレに闘技を教える気になったのじゃ?」


「教える気があっても、教えられる域に達してないッス。生憎とこっちもオニ修行中なんスよ」


「むぅ」


「ただし、薬草摘みなら手伝う気になったッス」


「……仕方ない、それで手を打つのじゃ」


 兎人の姉妹は仲良く薬草摘みを始める。

 しばらくして、にぎやかな言い合いがのどかな草原に響き渡った。


 ラビットロードは今日も平和である。


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