閑話 第十三使徒
そこは古い神社のような場所だった。
大きな鳥居が並ぶ長い石畳の階段を登ると、その奥に本殿らしき建物が見える。左右には鬱蒼とした森が広がっていて、一度でも足を踏み入れたら二度と戻ってこれない不気味さがあった。どこか異界めいた雰囲気がある、そんな神社の本殿から鈴を転がすような声が聞こえた。
「せっかく出したワイバーン君が一瞬でやられちゃったよ。召喚陣の真下に『嵐の皇帝』が現れるって、どういう確率?」
大して興味がない風に袴姿の女性が言った。和服の袖口に両手をつっこみながら退屈そうにしている姿はどこか色気がある。年齢は二十代半ばほどだろうか。着崩れした袴で寝そべる格好はいかにもだらしない。ただ、そんな些細なことはどうでもいい、そう思えてしまうくらい彼女は美しかった。
「こっそり出したマウントバイパーちゃんもいつの間にかいなくなってるし、神隠しはこっちの専売特許なのにさ」
女性はつまらなそうに、漆黒の長い髪を白い指先で弄ぶ。切れ長の瞳に鼻筋通り唇の形まで完璧な造形美である。彼女は長たらしい溜息を吐くと、刃物のような視線を目の前の人物に向けた。
「ねえ、君はどう思う?」
「ひっ……!」
視線を受けたその人物は、情けない声をあげて後ずさった。全身を黒いローブで覆っているので容姿は分からないが、声からして若い男だろう。彼は必死で逃げようとするが、腰を抜かして思うように動けない。
「おーい、天下の十三使徒さまが聞いてるんだから答えてよ」
「ひっ、お、お許しを……!」
ローブの男が尻餅をつくと同時に、本殿の奥から身の毛もよだつような哭き声が届いた。思わず耳を塞ぎたくなるようなそれを聞いて、女性は口が裂けんばかりの笑みを浮かべる。そして彼女の背後に大きな目玉が現れて、ギョロリと男を見たのだ。
「っ〜〜!!」
男はもはや悲鳴すらあげれず、体の動かせる箇所を全て使って這うように本殿から逃げ出した。
「わかってないなぁ」
くすくすと笑う女性の背後から、何者かの巨大な手が伸びてきた。それは逃げ出した男を掴むと、そのまま闇の中へ引きずり込んでしまった。男の断末魔の叫びはすぐに聞こえなくなった。まるで何事もなかったかのように静まり返る境内で、女性の妖しく光る赤い瞳だけが爛々と輝いていた。
「許すも許さないもないんだよ」
袴姿の女性は心底おかしそうに笑う。するとその笑い声に呼応するかのように境内の空間が歪み、地震のような激しい揺れが起きた。
彼女は何事もないかのように立ち上がると、本殿から外に出て、赤く染まった空を見上げた。その視線の先には真っ黒に蠢く無数の巨大な影があった。
「だって全部殺すんだから」
そう言って、女は妖艶に微笑んだ。