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第153話 資格

 冒険士協会は駐屯の医療施設を市民に解放した。


 その翌日の午後。


 金網で仕切られた後方支援区域に、多くの一般人が押し寄せた。そして基地内の南エリアにある大きなドーム型の医療用テントの前には、長蛇の列ができていた。


「Cランク冒険士のミンリィさんですね。お入りください」


「ああ……」


 ミンリィは折れた腕を添え木で支えながらテントの中に入った。

 情けない。

 小さな子供を差し置いて、あとからきたミンリィが当然のように医務室へ通された。

 最前線で戦っている冒険士が治療を優先されるのは仕方がない。

 だがそれでも、己の不注意で怪我をしたと感じているミンリィは、肩にのしかかる不甲斐なさで医務室までのわずかな距離も足取りが重かった。


「そこにお座りくださいな」


 医務室の中央に取り付けられた扉代わりのカーテンを潜った瞬間、ミンリィは眉をひそめた。

 中には一人の女医がいた。

 純白のローブで体全体を覆っているため顔は分からなかったが、綺麗な声と柔らかい所作、すらりと上品な曲線美は紛れもない女性のものだ。

 治療をするのに顔も見せないのか、と思わなくもなかったが、その女性が特殊な立場なのはミンリィも知っている。

 気に食わなかったのは彼女の態度だ。


「ふふ、そうですか、左腕を折られたのですね」


 女医は椅子で足を組みながら、レポートのようなものを拡げて読み耽っている。

 医務室に入ってから一度も患者であるミンリィを見ようともしない。

 ちなみにこの世界ではカルテを見ながら診察するという文化はない。つまり彼女がやっていることは完全な手抜き治療である。


「もう少し真面目にやったらどうだ」


 乱暴に椅子に腰掛けながら、ミンリィは向かい合って座る女医を睨みつける。

 普段のミンリィなら初対面の相手にここまでストレートな物言いはしない。

 しかし度重なるモンスターとの戦いで疲弊し、気持ちが苛立っていたのもあり、八つ当たり気味に文句を言ったのである。


「……なるほど。……つまり『体内LP』とはもう一つの生命の器。……独立した種の強化術。……あるいは全く新たな人型の進化の法。……悔しいですが、認めねばなりません。……このような未開のステータスまで提示されては。……小さな成果で満足していると言われても仕方ありませんね」


「おい……!」


 険しい顔で椅子から腰を浮かせるミンリィ。あくまで患者など眼中にないという態度に、思わずカッとなってしまった。


「もし、衛兵の方はおりますか?」


 女医が軽く手をあげて、衛兵を呼ぶ。

 ミンリィは石のように体を硬直させる。

 やってしまった。

 怪我の治療に来て、医者に喧嘩を売った挙句、衛兵を呼ばれるなどゴロツキではないか。

 とにかく謝らなければ。

 ミンリィが口を開きかけたところで、医務室の前で待機していた衛兵が中に入ってきた。


「お呼びでしょうか」


「たったいま列の最後尾に並んだご婦人をすぐに通してください。肺に重い病を患っています。それから列の四番目にいる男性、この方も重症ですので一緒に連れてきてくださいな」


「承知しました、マリア様!」


 衛兵の男は敬礼をして即座に外へ向かった。その反応を見るに、こういったやり取りを何度も繰り返していることが分かる。

 どうやら全くの杞憂だったようで、ミンリィはほっとしたが、少しモヤッとしたものがあったのでそれを口に出してしまう。


「列の四番目とは、あの大柄な男のことか?次の順番は小さな子供のはずだぞ」


「その子は軽い風邪です。栄養剤を飲んで一晩寝れば治ります」


 ぞくりとした。


「男性の方は、肋骨が三本に頬骨も骨折して眼球がずれかかっています。どちらを先に治療すべきか考えるまでもないでしょう」


「……」


 ミンリィは呼吸がうまくできなかった。

 なぜ、外にいる病人の容態が分かる。

 どうして、並んでいる列のどこに重傷者がいるか分かるのだ。

 そういえばこのマリアという女医は、ミンリィの怪我の具合も言い当てていた。

 応急処置をされた骨折なので一目見れば分かると気にしなかったが、よくよく考えてみると、この女医はミンリィの姿をまだ一度も見ていないのだ。


「折れた腕ならすでに治っていますよ」


 女医は事も無げに告げた。

 ミンリィはごくりと喉を鳴らし、左腕に付けていた添え木を外して怪我の具合を確かめてみる。

 折れた腕は、完全に治っていた。


「応急処置が良かったので、治療も簡単でした」


 そんなわけがあるか。

 骨折はレベルスリーの回復魔技で三時間以上は治療しなければならない。

 チームの回復役であるナターシャをそんな長時間も拘束できないと、ミンリィはわざわざ後方の治療所まで足を運んだのだ。

 なのに、この女医は読書をしながら片手間で治してしまった。

 そもそもいつ治療をしたのだ。


 思えば、先ほどの衛兵の態度もおかしかった。


 昨日今日知り合ったばかりの女医を様付けで呼び、熱に浮かされたように大喜びで指示に従っていた。

 あれではまるで従者だ。

 そのように、色々と思うところはある。

 とはいえ、結果だけ見れば最善の治療を施され怪我は完治し、最前線にいる仲間達のもとに戻れる。

 ミンリィは素直に頭を下げた。


「治療に感謝する。……それと、乱暴な態度をとってしまい申し訳なかった」


「お気になさらず。才ある者の行動が大衆の理解を得られないのは、どの時代も同じですので」


 女医は手をひらひらと振って、さして興味がない様子で言った。

 治療は終わったからさっさと帰れ、そのような態度にもとれる。

 結局、彼女は最後まで患者を見なかったが、ミンリィはもう怒る気がなかった。


 女医はまた一からレポートを読み返し始める。


 ぱらりとページをめくる音が、静寂に響いた。


「……練気法?」


 それはたまたま目に入った言葉だった。

 そしてその言葉に多大な衝撃を受けた者がいた。


「あなたも資格をお持ちでしたのね」


 女医は初めて、ミンリィのことをまじまじと見つめたのである。


「そうですか。天上の使命を担う同士ならば、ただ送り出すのも忍びありません。これは餞別です」


 純白のローブを翻して、女医が手をかざすと、ミンリィの体が淡い光に包まれる。

 見た目こそ変化はないが、体の隅々まで疲れが取れて頭の中がすっきりした。

 まるで最上級のポーションを飲まされた気分だ。


「お行きなさい。あなたに三柱神様のご加護があらんことを」


「ああ、行ってくる」


 最後の方はほとんど何を喋っているのか分からなかったが、怪我をしたらまた来よう、ミンリィはそう心に決めてテントを出ていった。


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