第15話 史上最凶の人型
そこは暗い暗い灰色の空に覆われた島。
妖気と死臭があたりに漂う絶海の孤島。
かの島の中央に、その魔城は存在した。
「こんな形で、この場所に来ることになるなんてねん」
色気漂う耳長の美女。管理者ジェミリアは今の自分の置かれた環境に目を向け、嘆息を禁じ得なかった。そこは使徒の中でも選ばれた者しか立ち入れない、いわば聖地。争いの神のお膝元だ。一等星使徒であるジェミリアですら、この島に、そしてこの城に訪れたのは今日が初めてであった。
まったく人生なにが起こるか分からないものだ。
あの後。ジェミリアのもとを電撃訪問した最恐の女処刑人は、詳しい説明も無しにジェミリアをこの場所まで連れて来た。
……ま、スカウトなんて言われれば、あらかたの見当はつくけどねん。
要は「自分の傘下に入れ」と、向こうはそう言っているのだろう。
……誰かの下につくのって、基本的に苦手なのよねん。
ジェミリアはまた深く嘆息する。ちなみにあの時は断れる雰囲気ではなかったので、ひとまず様子見という形で彼女に同行した。それ故、彼女の誘いを受けるかどうかはいまだ保留中である。いやどちらかと言えば、というか率直に言えば、丁重にお断りしたい。
統括管理者ナンバー2直属の配下。
確かに魅力的な肩書きだ。だが同時に、強い拒絶感もある。もともと管理者というやつは、とにかく自分が一番でなくては気が済まない。そんなプライドの塊のような連中が大半だ。そしてジェミリア自身もまた、このご多分に漏れず、仮にこれから新たな派閥を立ち上げるにしても、はっきり言ってトップ以外に興味はなかった。
この場に連れてこられた他の連中も、それは同じであろう。
「チッ、どういうつもりだ、あの女狐め」
「いや〜、マジで驚いたっすね。まさかウチの家に第二使徒様が遊びに来るなんて。めちゃ感激っす!」
「どうでもいいけど、なんでアタシ以外にもこんなに呼ばれてるわけ?」
「うぅ、うぅぅ」
案内された城の薄暗い地下広場には、ジェミリアの他にも四人の女使徒がいた。
「久しぶりに尋ねて来たとかと思えば、よりによってこのオレをスカウトだと? いよいよ気でも触れたか、あの女っ」
と、右目に黒い眼帯をした女。
「あれ? でもおかしいっすね。噂がホントならウチはもう死んでるはず……ああ! 今からここで処刑が始まるんすね!」
とは、額に二本の角が生えた褐色肌の娘。
「だからさっきからスカウトって言ってんでしょ。なに、馬鹿なの? まあたしかに、この中じゃあんたが一番馬鹿そうだけど」
と、金髪ツインテールのゴスロリ童女。
「うぅぅ、どうして私まで参加しなくちゃいけないんですか〜!」
とは、メイド姿の黒髪おかっぱ少女。
「……」
ジェミリアは、目だけでちらりと周りを見回す。
……よくもまあ、これだけの面子を集めたものねん。
と内心舌を巻きながら、ジェミリアは騒ぎ立つ四人娘を観察する。恐らくは自分と同じく統括管理者第二使徒にスカウトされたであろう彼女達。それは一等星使徒のジェミリアから見ても、そうそうたる顔ぶれであった。
「クソ、2番の奴め! ようやくあの時の借りを返せると思ってついて来てみればっ」
特等星第九使徒。
本日のゲストの中で唯一の統括管理者。
かの第二使徒とは犬猿の仲と有名。
「何がスカウトだ! これでは肩透かしもいいところだぞッ!」
怒れる猛獣のごとく牙のような犬歯を剥き出しにする黒眼帯の女。彼女はその昔、2番こと第二使徒に勝負を挑み、返り討ちにあったと聞く。なんでも右目の傷はその時に負ったものだとか。
「まさかまさかの勧誘だったんすね。これはウチとしたことが、とんだ早とちりっす」
一等星使徒ベンミーア。
南大陸最強の管理者。
通り名は『女鬼人』。
「あ〜、でもちょっと残念っすね。てっきりあの黒の審判者と遊べると思ったのに」
飄々と言いながら、鬼娘は狂気じみた笑みを口元にはりつける。噂によれば、彼女の実力は統括管理者にも引けを取らないとか。あとはおつむが多少残念という話もよく聞く。
「ああもう最悪。ほんと最悪」
一等星使徒ラチェット。
最年少管理者。
複数人の管理者を殺害した経歴あり。
「何でアタシがこんな扱いを受けなきゃいけないわけ? これは屈辱よ、屈辱」
不機嫌オーラ全開でひたすら呪言をとなえる童女。見た目こそ可愛らしいものの、彼女はこれまでに四人の管理者をその手にかけている。そして殺した相手からは、例外なく全てを強奪している。領土も、部下も、管理者という地位すらも。
「あんまりですゥー! 私がいったい何したって言うんですかァー⁉︎」
準一等星使徒ツイ。
特等星第六使徒の腹心。
だったはず。たしか。
……最後のこの娘だけは私もよく知らないのよねん。
まあとにかく、これだけの実力者を集めるということは、それだけ第二使徒が本気ということだ。
……とりあえず、ここは他のメンツの出方を見てから行動するべきね。
これが一番無難だ。ジェミリアは今後の方針を早々に決めると、また周囲に目をやってそれとなく皆の様子を窺い見る。そこで。
「どうか、どうかお許しくださいィ〜!」
おかっぱメイドのツイが、いきなりその場で跪き、涙まじりの声で許しを請い始めた。彼女のその様は、まるで誰かに命乞いをしているようだった。
先ほどから、この娘の言動だけ、何かおかしい。
いや。『黒の審判者』の悪名を知っている者なら、この反応はべつだん過剰でもおかしくもない。が、皆が再三にわたりスカウトスカウトと言っている中、まさか自分だけこの場で処刑されるとは彼女も思わないだろう。
……それとも、この子だけ処刑目的で連れてこられたのかしらん?
一瞬そんな考えが頭をよぎった。だがジェミリアはすぐその可能性を破棄する。スカウト云々はともかく、殺すことが目的なら、わざわざこんな場所まで連れてくるのは不自然だ。そんなまどろっこしい事をせずとも、有無を言わさずその場で処刑すれば済む話なのだから。
そもそもツイは、曲がりなりにもあの統括管理者第六使徒の腹心だ。
いくら第二使徒と言えど、おいそれと手を出せる相手ではない。ただそれを言うと、第六使徒の側近をスカウト、というのもまたおかしな話である。
……それに、なんかこう、さっきから引っかかるのよねん。
ジェミリアが口元に手を添えて考え込んでいると。
「後生ですから、どうかご勘弁を〜!」
「おい貴様。さっきからやかましいぞ」
ひたすら命乞いを続けるツイに、第九使徒が迫力のある声で凄む。
「目障りだ。耳障りだ。今すぐ黙れ。オレは弱者の喚き声が大嫌いなんだッ」
「ううぅ……だ、だって! 私はもう参加する必要ないじゃないですかァァ〜!」
「!」
そうだ。とそこでジェミリアは引っかかっていた違和感の正体に気づいた。
『どうして私まで参加しなくちゃいけないんですか!』
先ほどもツイは『参加』という言葉を使っていた。そしてさらに今、彼女は『もう』と付け加えた。ツイのこの口ぶりから想像できる答えは、たったひとつだ。
――つまりこの娘は、これからここで何が行われるかを知っている。
その結論に達した瞬間。
なにか嫌な予感がした。
しかしジェミリアが行動を起こす前に。
“そいつ”は現れてしまった――
――キャハハハハハハハハハハハハ!
それはまさに突然の出来事であった。
「はいはーい。みんなちゅーもーく」
「「「「!」」」」
あたかも初めからそこに居たかのように。
「はじめまして、親愛なる新兵諸君ッ!」
ひとりの人間種の少女が、いつの間にかジェミリア達の目の前に立っていた。
「ようこそ、我が部隊へ。僕は心からキミたちのことを歓迎するよ♪」
そう言うと
少女は天使のような無邪気な顔で
悪魔のような笑みを唇に浮かべた
――史上最凶の人型、ここに降臨――