第14話 帰りがけ
赤一色に染まった空の中。
夕日を背に走りゆく、一台の動力車。
「いやー、それにしても流石は本人なの。あれぞまさに『常夜の女帝』っていうか」
「そうだな。あれは確かに俺が出会った当初の『常夜の女帝』だった」
「……恐縮です」
それは一行がランド王城へ敵情視察に行った帰り道。
「うぷぷ。そういえばさ、シャロ姉って出会った頃は天兄と超仲悪かったのです」
「リナ。その話はやめませんか……」
「まあ正直なところ、俺もまさか知り合ったその日に、仲間内で決闘するハメになるとは思わなかったが」
「うっ……」
城であんな事があったにも拘らず、帰りの車内の雰囲気は実にアットホームだった。
「でも。あれがあったから今のあたし達があると言えなくもないのです」
「ああ、そうだな」
「……恐縮です」
一仕事終えた帰りは自然と会話も弾む。若干一名を除いてだが。
「しかし今思うと、決闘は決闘でも、あれは今日やったものとは大分毛色が違う気がするがな」
「そうそう。あとシャロ姉ってば、『もし自分が決闘に勝ったら』とか言って、天兄にあんなこと要求するんだもん」
「そ、それはともかくとして!」
そこで。
「マスター。あの不届き者は、やはり――」
「ん? あぁ、アレは正真正銘の〔外魔〕だ」
「どうりで」
車内の空気が少しだけ引き締まる。
「今日見た中じゃ、アレが一番染まってる」
「納得。アイツだけやたら臭ったのです。正直鼻が曲がりそうだったの」
「無理もありません。アレらは等しく廃棄物以下の汚物ですから」
そして皆一様に声のトーンを下げる。
「最後のアレも入れたら合計で八人か」
「あの分だと、探せばまだまだ出てきそうなのです」
「そう考えるのが自然でしょう。実際、城には国王もゴズンドもおりませんでした」
「やっぱり連中はあそこには居なかったか」
「はい。念のため城の隅々まで視てみましたが、管理者クラスの強い魔力は感知できませんでした」
「となると、王様と一緒にどこか別の場所に身を移した可能性が高いのです」
「そう考えるのが妥当だな」
「「「……」」」
そこで一旦、一同は思考の時間を挟み。
「つまり主力不在であの有様ってことか」
その言葉に反論は返ってこなかった。
「必然的にそうなるのです。親玉が王宮に不在だったってことは、当然その取り巻き連中もあの場には居なかったってことだし」
「やはり、極めて控えめに言っても、あの城は即刻この世から抹消するべきでしょう」
「はァ、これはどう盛り付けてもカイト達にいい報告はできそうにないな」
「ぷっ、それ今さらなのです」
「いずれにせよ、本日は色々とありましたので。このあとシスト会長にもその旨を伝えねばなりません」
直後。
「親父殿には俺から話す」
有無を言わせない。助手席から放たれた声にはそんな迫力があった。
「悪いがこれだけは譲れん」
「……承知いたしました」
「あたしも了解なのです」
それからしばし間を置いて。
「……ところで、お前らに一つ訊きたいことがあるんだが」
「ん、なに?」「何でございましょう?」
車内の女性陣の視線がそちらに集まる。
「いや、何となく気になったんだがな……」
言って、天は着ていた礼服の胸元を指でつまみながら。
「今日、俺この服着ていく必要あったか?」
「「……」」
沈黙。
「いやな、俺の気のせいかもしれんが、何かあの場で俺ひとりだけ浮いてなかったか?」
「……」「……」
やはり返事はなかった。
「なんかこう、私服でいいところを一人だけスーツで来た奴みたいな……っておい、お前らなにあからさまに外の景色眺めてんだ」
「「…………」」
一行が城からの帰りがけに見た空は、どこまでも真っ赤だった。
◇◇◇
零支部ビル・一階共有スペース。
「ふあぁぁぁ、天様の正装したお姿、なんと神々しいのでしょうか!」
「いつの間に撮ったんだい、それ?」
「正確に言えば、撮ったものをドバイザーで送っていただいたのです。リナさんに!」
「へ、へえ」
「どの映像も本当に素晴らしくて! さすがはリナさんでございます!」
「……アクリア。まさかとは思うけど、今日兄さんがあんな格好で城に行ったのって」
「はい?」
「……いやいい、なんでもない」
「ふぉおおおおお! 上着だけお脱ぎになられたお姿もまたイイッ!」
◇◇◇
冒険士協会本部・会長室にて。
「…………」
「ん? どうかしたのかね、マリー。さっきからドバイザーを開いたままじっとして」
「…………」
「む。もしやルキナ姐から、またステータスの件でメールが来たのかね?」
「…………」
「もしそうなら無視して構わんよ。まったくあれにも困ったものだ。いくら儂が返事をせんからといって、普通、秘書の君にまで聞き込みをして回るかね……。本当に昔から変わらんのだよ、あのお人は」
「…………あ」
「ん?」
「ありがとうございますぅリナさーーん‼︎」
「ッ⁉︎⁇」
「キャアアアーー‼︎ ここ、これはまさしく永久保存版ですわーー‼︎」
「え? え⁇」
「リナさん! この御恩はいつかきっとお返ししますわ!!」
あらゆるものを置き去りにし、才色兼備なエルフ秘書の謎の奇行は、その後もしばらく続くのであった。