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第12話 見事

「ふふふ」


 現在この世界にわずか六名しかいない冒険士最高ランク到達者。その一翼を担う『常夜の女帝』ことシャロンヌは、抑えきれぬ興奮から思わず口元を緩ませる。


 ――これは思わぬ僥倖だ。


 シャロンヌは胸の底から湧き上がるその悦びを強く噛みしめていた。つい先刻まで自己の中で渦巻いていた負の感情は、もはや完全に払拭された。


 ――花村天VS暁グラス――

 

 まさしく極上のカード。

 結果は見るまでもなく天の圧勝だろう。

 さりとて、そういう問題ではないのだ。


 ……あぁ、ふたたびマスターの戦いを間近で拝見できるなど、なんという幸運!


 花村天の決闘に立ち会える。シャロンヌにとってそれは何ものにも代えがたい喜びであり、また栄誉なことなのだ。それこそ、他のことなどどうでもよくなってしまうほどに。


「ゾクゾクするの……っ」


 隣を見れば、シャロンヌが自分と対等の存在と認める数少ない冒険士の盟友も、その顔を歓喜と興奮に染め上げていた。


 ……分かります。分かりますよ、あなたの気持ち。


 早くも仕上がっている親友を横目に、シャロンヌは心の中で何度も頷く。深い理解と強い共感。チームにとって最も重要なものを自分達はすでに持っている――


「二人とも。悪いがこの場は俺に譲ってもらうぞ」


「「問題ない(のです)!」」


 ――その事を強く実感した瞬間であった。



 ◇◇◇



「暁殿。こちらからも一つ要望がある」


「伺いましょう」


 グラスは神妙な声を返しながら、内心で天が自分の期待通りの人物であったことに、心から安堵する。


 花村天はただ強いだけの男ではない。


 グラスの覚悟を瞬時に見抜き、こちらの心を汲んでくれた。その証拠に、今彼が用いた言葉は『条件』ではなくあくまで『要望』。つまりここで仮にグラスが天の要求を拒んだとしても、決闘そのものは受けるということだ。その魂の高潔さは、グラスの目指す騎士道に通じるものがあった。


「決闘は今、この場で行いたい」


 そして、そんな彼の気風を表すようなその物言いは、どこまでもストレートなものであった。


「この謁見の間で、ですか?」


「ああ」


 天は頷きながら、


「この場所を血で染めたくないという暁殿の意向は理解した。だがそこをあえて曲げてもらいたい」


「……こちらが一方的に申し込んだ勝負、その程度の譲歩は当然でしょうな」


 理由は訊かなかった。それが一も二もなく決闘を承諾してくれた天への、せめてもの返礼として。


「相わかり申した!」


「では早速始めよう」


 グラスは即座に戦いに臨む準備を整えた。

 天もそれに応えるように、一歩前に出る。

 ――が、そこで待ったをかけた者がいた。


「グラス! 貴様なにを勝手に話を進めているのだ!」


「……」


 ズカズカと両者のあいだに割り込んできたのは、言わずもがなランド王国の第一王子アレックスだ。


「決闘など誰が認めるか! こいつらは今この城にある全兵力を挙げて、確実に討ち――」


「この大馬鹿者がっっ!!!」


 烈火の怒号と共に、グラスの固められた鉄拳が年若い王子の顔面に叩き込まれる。

 ドカッと鈍い音を立てながら、アレックスは床に転がった。


「ア、アレックス!」


 リスナが派手に殴り飛ばされた息子のもとへと駆け寄る。


「な、な、な……ッ⁉︎」


「お前は自分が何をしでかしたのか分かっているのか!!」


 ふたたび容赦のない怒声が飛んだ。そのあまりの剣幕に、アレックスは床の上に尻もちをついたまま目を白黒させる。周りにいた者達も同様に言葉を失っていた。そんな中、冒険士陣営の三人――天、リナ、シャロンヌだけは、さも「当然だ」という顔でその光景を眺めていた。


 しかしそんな周囲の反応など、今のグラスにはどうでもよかった。


「己のプライドを守るために『国』を蔑ろにするなど、王族としてあるまじき行為! 恥を知れっ!」


「ッ……」


 怒髪天を衝く勢いで、グラスはなおもアレックスに言い募る。


「だ、団長! もうおやめください!」


「暁殿! このような事をすれば、貴殿とてただでは済みませぬぞ⁉︎」


「黙れい‼︎」


 グラスは制止に入ったユウナとケンイにも火を噴ふくような眼光を浴びせる。その目には相手を責める意思が込められていた。


「おぬしらほどの者ならば、あのような真似をすればどうなるか、容易に想像できたはずですぞ!」


「それは……」


「…………っ」


 なぜ止めなかった。そのグラスからの訴えに対して、アレックスの腹心の部下ふたりはただ目を伏せるだけであった。


「これで我がランド王国は、大国ソシストと冒険士協会をいっぺんに敵に回した」


「――!」「……」


 グラスが独り言のように呟くと、アレックスがはっと顔を上げる。その傍らではリスナが悲哀に満ちた表情で俯いていた。


 世に名だたる英雄王の顔に泥を塗り、世界五大勢力の一つに喧嘩を売った。


 詰まる所、アレックスがやったことはそういう事だ。しかも恩を仇で返すという最悪の形で。いくらシストが温厚な性格でも、これを聞いて黙っているはずがない。下手をすればソシスト共和国と冒険士協会が力を合わせてランド王国を潰しにくる。もし仮にそのような事態になれば、小国のランドなどひとたまりもない。


「一体どうなされてしまわれたのですか、殿下……」


 抑えきれぬ失意に声を震わせ、グラスは言った。


「以前のあなたならば、このような愚行は間違っても犯さなかった」


「……!」


 アレックスの顔が見る見る蒼白になる。ここに来て、ようやく自分がしでかした事の重大さに気づいたのだろう。


「取り込み中のところ悪いのだが」


 そう言って会話に割り込んできたのは、あちらの代表者――表向きは――シャロンヌ。


「暁グラス。今日のことは余すことなくシスト会長に伝えさせてもらう。俺には報告の義務があるのでな」


「当然ですな……」


 ですが、と続けようとしたがグラスはその先の言葉を口にしなかった。これ以上の懇願は己の騎士道に反する。そう思ったからだ。


「無論、これから執り行う俺と暁殿の決闘のことも会長には伝える。その経緯についても全てだ」


「!」


 まるで一抹の不安を顔に残していたグラスの心を見透かすように、あんたの覚悟は必ずシストに伝えると告げるように。天は言う。


「これらを踏まえた上で、あとの判断は冒険士協会のトップに任せよう」


「…………かたじけないっ」


 もはや思い残すことはない。グラスは謁見の間の中央へ足を向けると、ゆっくりと腰の剣を抜いた。これに応えるように、天も礼服の上着を脱ぎ捨てる。


「改めて。冒険士協会零支部特異課、花村天だ」


「ランド王国騎士団筆頭席次、暁グラス。いざ!」


 双方が名乗りを上げた瞬間。リナとシャロンヌが後方に飛び退く。それがそのまま決闘開始の合図となった。



 ◇◇◇



「…………」


「…………」


 決闘開始からおよそ二分が経過した。


「…………」「…………」


 されど、両雄ともに開始直後から全く動かずにいる。


 互いに一歩踏み込めば相手に届く距離だ。


 だがしかし。天は不動の姿勢を崩さず、グラスは剣を構えたまま、謁見の間の中央にて睨み合いを続けている。


「おい。なんであの二人全然動かねーんだ」

「知るかよ」

「つうか普通ここは団長と常夜の女帝だろ」

「ああ。誰だよ花村天って」

「ま、さすがの団長も相手があの女帝じゃ勝てる自信がなかったんだろ?」

「それにしても、何でアイツいまだに武器を構えねーんだ。馬鹿かよ」


「……」


 馬鹿はお前らの方だ。若い騎士達がボソボソと話しているその横で、リナはせっかくの名勝負に水を差された気分になった。


 ――こいつらは何も分かってない。


 グラスの覚悟を。彼がいま命を懸けて戦っていることを。死して己の使命を果たそうとしていることを。この城の連中は誰も分かっていない。


 この決闘の唯一のルール。それはどちらが勝っても負けても、決闘後の戦闘行為を禁止するというもの。


 これはつまり、決闘そのものは何でも有りの勝負ということ。あの花村天と、ルール無用で戦うということだ。


 ――とてもじゃないが自分には無理だ。


 想像しただけで、リナはぞくりと全身が震えた。グラスは天の実力を少なからず見抜いていた。なのに。それを承知の上で。天に命がけの真剣勝負を挑んだのだ。


『両陣営による一対一の決闘をもって、此度の騒動を手打ちにして頂きたい!』


 グラスはあの時、今回のことは自分の命ひとつで手打ちにしてくれ、そうこちらに頼んだのだろう。


 ……そんな覚悟を見せられちゃ、天兄だって勝負を受けざるを得ないのです。


 敵ながらあっぱれと言う他ない。ただその覚悟に気づいたのが相手側である天とシャロンヌ、そしてリナを含めた三人だけ。つまりこの場でグラスの意思を正確に汲み取ったのは、敵陣営であるはずの自分達だけなのだ。


 ……報われないのです。


 天才拳士リナは、同じく稀代の才能を持つであろう暁グラスという騎士の青年に、同情を禁じ得なかった。彼が命がけで守ろうとしているバカどもは彼の覚悟を知り得ず、彼と相対する天の方が彼の覚悟を知り、その心情を慮った。まったくとんだ皮肉である。


「……そろそろなの」


 張り詰めた空気の中、リナはぽつりと呟いた。その直後。グラスの全身から目に見えるほど純度の高い魔力が立ち込める。


 ――それは高レベルの魔技が生成されたことを知らせる合図。


 リナの意識は再度そちらへ釘付けされた。



 ◇◇◇



 (とき)()った。


「ハァァァ……!」


 決闘場と化した謁見の間に、烈しい気勢が音高くとどろく。その声なき声に呼応するかのように。グラスの体から発せられた高純度の魔力が、見る見るうちにその手に握られた聖剣に収束していく。


 ……貴殿ならば、必ずや時を与えてくださると信じておりましたぞ。


 放たれたるは研ぎ澄まされた闘気。だが事ここに至ってなお、グラスの中には天に対する感謝の気持ちしかなかった。


 《水魔技Lv4・魔装発動》


 瞬間、グラスの剣が光と冷気に包まれる。

 それはグラスが持つ最強の攻撃スキル。

 そして同時に、グラスの攻撃手段の中で最も発動に時間がかかるスキルだった。


 ――だが彼は()ってくれた。


 それが強者の余裕である事は間違いない。

 されどグラスは感謝せずにはいられなかった。こちらに一片の悔いも残さぬよう、最後まで自分の我儘に付き合ってくれた天に。


 ……あとは我が全力をもって、これに応えるのみ!


 カッと目を見開き、そして王国最強の騎士は動いた。



 ――《魔装剣技・刻時雨(ときしぐれ)》― 



 刹那。

 ビュンッと空気が唸り声を上げ。

 神速の銀閃が宙を翔ける。

 水烈剣・刻時雨。

 剣をとっては王国に並ぶ者なしと謳われた暁グラス最強の剣技。

 その威力は、かの〔ヘルケルベロス〕の三首のひとつを両断したほどである。だが――



 ――《闘技・疾独楽(はやてごま)》――



 グラスの放った斬撃が対象を捉えた次の瞬間、彼の視界に映る景色が一変した。


「――ッ⁉︎⁉︎」


 気づけば、攻撃を仕掛けたグラスの方が空に投げ出されていた。体の制御を完全に奪われ。コマの如く回転しながら尚も上昇するグラス。もはや為す術なし。目まぐるしく変わる視界の端で、今もなお開始位置に立ったままの天を確認し、グラスは思わず失笑する。


 ……結局あの場から動かすことすら叶わなかったか。


 清々しいまでの完敗。

 正直、自分が何をされたのかも分からなかった。ただ一つ言えることは、この高さからこの勢いで地に叩きつけられれば、いかなグラスとて無事では済まないということ。


「見事……」


 その言葉を最後に、グラスは繋ぎ止めていた意識を手放し、大理石の地面に激突した。


「……あんたもな」


 ささやく声に合わせて、天の前髪がはらりと床に落ちる。


 ここに、花村天と暁グラスの決闘は、決着を迎えたのであった。


 

明日からは19時頃の更新となります。よろしくお願いします。

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