第98話 敗北感
ワルキューレナイツ。北の超大国ラビットロードと女王ルキナを守護する最高位の女騎士二十六名。そんな彼女達に与えられる武器は、どれも名工の手により作られた白銀に輝くミスリル製だ。それを素手でへし折り、握力のみで破壊する。それはもはや、人間業ではなかった。
「こんな、うそ、よ……!」
カランカランと折れた剣が床に転がる。ココロアは愛剣を床に落とすと同時に、ドスッと派手に尻餅をついた。室内が恐ろしいほどの静寂に包まれているせいもあって、それらの音はやたらと大きく部屋に響いた。呼吸もままならないほど重く苦しい、一瞬とも永遠とも思える時間が流れる。そんな中、ゾッとするような冷たい声が放たれた。
「馬鹿が……一度は見逃してやったものを」
途端に激しい圧がココロアを襲う。まるで山にでものしかかられているような気分だった。ココロアは恐怖のあまり口をパクパクさせる。言葉が出ない。広々とした客間が急に狭く感じられた。逃げ場がないと、本能的に理解したからだ。ココロアは怯えるように猫の耳をしおれさせ、ガチガチと歯を鳴らす。後悔しても、もう遅かった。
――殺される。
恐怖と絶望に歪んだココロアの顔を見下ろす、頂点捕食者のまなこ。その鍛え抜かれた鋼の肉体からは、自分とは比較するのもおこがましいほどの膨大な闘気が溢れ出ている。
カラン、カラコロン……
不意に聞こえた悲しげな金属音。それは桁違いの膂力で握り潰したミスリルの刃を投げ捨てた音だ。絶対不動の王者の如く長椅子に腰掛けながら、天は言った。
「俺の妹に手を出そうとしたんだ。覚悟はできてるか?」
「う……うあ、ぁ……っ」
ココロアはこの時、自らの死を覚悟した。
◇◇◇
「……本当に、人型ですの?」
ブリジットはごくりと喉を鳴らし、誰にともなく呟いていた。ひどく震えたその声が自分のものだと気づいたのは、乾いた喉に溺れるような苦しさを覚えたからだ。叶うことなら、すぐさま紅茶で喉を潤したかった。しかし、体がすくんで指一本動かせなかった。その代わり、胸の中心部が痛いくらいに激しく動き、不快な心音を体中に響かせる。背筋には冷たい汗が流れていた。この感覚には覚えがある。
――これは恐怖だ。
冒険士としてはまだ駆け出しだった頃、戦場で幾度となく経験した。命を削る職場に身をおく者なら誰しもが持つ、負の記憶。もっとも、ここまで強烈なものは流石のブリジットも経験したことがなかった。これは想像になるが、何の準備も心構えもなく最高脅威のAランクモンスターに遭遇したら、あるいは自分の死を間近に感じた時、今と似たような心境になるのだろうか。ブリジットは半ば現実逃避気味にそんなことを考えながら、その元凶に意識を戻した。
「念のため言っておくが、もう謝罪の必要はないぞ」
その男が放つ巨人のような圧力と、肌を刺す極寒の怒気が、この優雅で高貴な空間を罪人の処刑場に変えてしまった……そう、圧倒的な強者に牙を剥いた、愚かで哀れな騎士の処刑場に。
「今さら謝ったところで、結末は変わらん」
「あ、ぁあ……うぁあ……っ」
彼の敵意を一身に浴び、ココロアは床に尻をぺたんとつけて、陸にあげられた魚のように口をパクパクさせている。完全な自業自得だが、同情の余地がないかといえば、そうでもない。
そもそも何故こんなことになったのか。
それはあの男のある一言から始まった。
◇◇◇
「今回の事件で殺害された、王宮の兵士達の記録はあるか」
第八王女シラユキの登場から王宮側の簡単な挨拶も終わり、いよいよ本題、ラビットロード第六王女カグヤ誘拐事件に関する話し合いが始まった。壇上として用意された銀の台座の上に立ち、冒険士達の前で熱弁をふるうシラユキ。それを補佐するのは説明役として客間に来た若い侍女だ。時折りサランダがシラユキの話に補足と合いの手を入れたが、その他の者達はほとんど発言を行わなかった。
説明役の侍女が、
『冒険士の皆様には、今しばらく王宮で待機をお願いします』
と当然のことのように告げて、ただでさえ下がっていたブリジット達の士気にとどめを刺したのが原因だった。
「できれば、なるべく詳細なものがいい」
天が口を挟んだのは、その会議なのか身内同士の雑談なのか分からない話し合いが中盤にさしかかった頃だ。
「……殺害された者達の記録、だと……」
天の言葉に真っ先に反応したのは、進行役の三人ではなく、ただならぬ気配を漂わせた第八王女の近衛騎士、ココロアであった。
「……そんなもの、どうするつもりだ」
「あったら見せてくれ」
これもできればでいい。天はなんてことのないように言った。次の瞬間。ココロアは剣の柄に手をかけ、殺気に満ちた怒号を放つ。
「貴様、わが同胞達の魂を愚弄する気か‼︎」
「いや、別にそんなつもりは無いんだがな」
そう言って、天はこれ見よがしに溜息を吐く。その態度に嫌味や皮肉の色はないが、同様に悪びれた色もなかった。
「な、なあ、弥生」
「なんでしょうか」
「今、天のやつ何か変なこと言ったか?」
「いいえ、特には……」
天の両脇から緊急避難して、少し離れた席にいた淳と弥生は、突如怒り出したココロアを訝しむ。東大陸出身の名門貴族である二人には分からなかった。北大陸、特にここラビットロードでは、死者の観察や保存はある種のタブーなのだ。別段違法ではないが、それらは死者を辱しめる行為として国民から忌避されている。逆に東大陸、中でも情報社会の最先端を行くエクス帝国では、生物の死体とはいわば貴重なデータ。情報の宝庫だ。必要とあらば平気で解剖するし、今回のような殺人事件が発生すれば、現場に結界を張って事件解決まで保管するのが常識だ。この価値観の違いから、北と東の出身者達は基本的に相性が悪く、あらゆる分野で意見が衝突する場面が多い。
「だよな……正直、俺もさっきから気になってたんだよ。あの人達、こっちへの指示ばっかで肝心なところは何も話さないしさ」
「部外者には、必要最低限の情報しか与えないと言うことでしょうか。もともと、歓迎されているようには見えませんでしたし」
淳と弥生は疑惑まじりの声でヒソヒソと囁き合う。二人の言葉には不信感が滲み出ていた。エクス帝国の貴族は、親兄弟から親戚に至るまで誰かが死んだ場合、その死因や場所や日時などを細かく報告するよう国で義務付けられている。病死一つとっても、それは自然なものなのか、あるいは不自然な点があったかなど、その内容を徹底的に調査しなければならない。これを破れば、場合によっては爵位剥奪など重い罰を与えられる。だから淳と弥生には尚のこと分からなかった。ココロアが激怒する理由が。
死体を見せろ、殺された状況を教えろ。
そういった天の主張は、帝国貴族である淳と弥生からすれば、常識的なことだった。
「――もはや我慢ならんッ‼︎」
そうこうしている内に、ココロアはいよいよ剣の柄に指を食い込ませる。殺気を帯びた構えが雄弁に語っていた。相手は本気で剣を抜く気だと。
「おい、俺はできればと言ったんだ。無理なら聞き流せば済む話だろ」
「黙れ‼︎ 貴様は誇り高き戦士の死を汚したのだ‼︎」
聞く耳持たないとココロアは天の声を切って捨てる。すぐ側にいた若い侍女も、止めるどころか一緒になって天を睨みつけていた。
「やめるッス、ココロア!」
「こりゃ。喧嘩はせんと約束したじゃろ!」
サランダとシラユキが慌てて止めに入ろうとした。しかし……一歩遅かった。
「ムニャ……もう食べられないれすぅ……」
「――ッッ‼︎‼︎」
瞬間、ココロアは猛然と地を蹴った。
「貴様らは、どこまで――ッ‼︎」
憤怒の形相で襲いかかる獣の騎士。精神的極限状態のなか発せられた、あどけない少女の寝言が、わずかに残された彼女の理性を跡形もなく消し去った。
《剣技・網走》
煌く白銀の刃が黒鞘から解き放たれる。それは速剣使いココロアが最も得意とする斬撃スキル。突進の勢いを利用して繰り出される高速の居合斬り。その前方に向かって網目状に広がる攻撃範囲には、天の膝の上で眠るラムも収まっていた。
「バカなっ!」
あり得ない。驚愕に目を見開いたのは銀髪の聖女エメルナ。淑女にあるまじき言葉遣いはショックの大きさの現れだ。エメルナは憤激の叫びとともに高密度の魔力を身に纏う。いくら頭に来たからといって、理性を失った刃を無防備の子供に向けるなど、断じて看過できない。エメルナは聖女の顔を戦士のものへと変えて、飛び出そうとした――その時。
「必要ない」
猛り狂うエメルナを止めたのは、父レオスナガルの言葉だった。
「お、お父様」
「見るんだ」
椅子で腕組みをしたまま、レオスナガルは視線だけを動かす。その先にあった光景を目の当たりにし、エメルナは絶句した。
「こいつは一体なんの真似だ?」
「っ――!」
天はココロアの渾身の一撃をあっさりと受け止めていた。長椅子に座ったまま。微動だにせず。たった指二本で。
「そんなっ……」
ココロアは信じられないものを見るような目で、受け止められた剣先と、天を見た。岩をも切り裂く瞬速の必殺剣が、蚊を払うように止められた。しかも指二本で。そしてさらにまた、信じられないことが起こった。
メキリ、メキ、メキ……バキンッ。
硬く鈍い破壊音が、乾いた部屋に鳴り響いた。まざまざと見せつけられたソレは、あたかもギロチン台による処刑の始まりを思わせる。まるで自らの怒りを表明するように。まるで相手の心を折るように。ゆっくりとした手順で行われた――素手による武器破壊。
「……俺は言ったはずだぞ」
右手でココロアの剣を破壊し、左手でラムの頭を撫でながら、天は告げる。
「人の妹に、軽々しく武器を向けるなと」
「あ、あぁ……っ」
それがココロアの犯した罪だった。
◇◇◇
「俺はお前を、許す気はない」
「ひっ!」
整った顔を恐怖に引きつらせ、ココロアは悲鳴を噛み殺す。一方の天は、涙目でガタガタと震えるココロアを、無慈悲な王のように冷たく見下ろしていた。
――あれでは恩赦は期待できない。
汗でじっとりと濡れた手を握りしめて、ブリジットは思った。現場で培ってきた長年の経験と勘が、天の放つ重厚な殺意が、これから待ち受けるココロアの悲惨な運命を、否応なしにブリジットに連想させる。まるで小さな劇場の舞台で、今世紀最大の悲劇でも見ているような心境だった。
……少し可哀想な気もしますわね。
ブリジットは知らぬ仲でもない同世代の知人に、密かに同情の念を抱いた。確かに結果を見ればココロアの自業自得だが、天の言動にも問題はあった。彼が口にした言葉は、ココロアの祖国、ラビットロードでは最大級の禁句だ。さらに今の彼女は、先の事件で大勢の仲間を失っている。そんな者にあんな事を言えば、激怒されるのは当然だ。流石にレベルスリーの攻撃スキルで斬りつけるのはやりすぎだが。情状酌量の余地はある。少なくとも、同じ北大陸出身のブリジットはそう感じた。
しかし残念ながら、ココロアへの刑罰が軽くなることはあり得ないだろう。
ブリジットは、髪と同色の金の瞳を機敏に動かす。生まれつき広い視野を持ち、頭の回転の速いブリジットは、人間観察能力に長けていた。その鋭い観察眼で周りの者たちの反応を見た後、ブリジットは今一度、ココロアに同情の念を送った。
「……」
「……」
まず、今この場で上位の発言力を持つレオスナガルとエメルナだが、両者共に完全に傍観の構えを取っている。この時点で、ほぼ詰みだ。大英雄レオスナガル、そしてその娘エメルナならば、あるいはあの怪物を止められるかもしれないが。
「…………」
レオスナガルは現状、まったくと言っていいほど動く気配がない。そして彼の背後に控えているエメルナにいたっては、なんなら自分が介錯してやろうかと、ゴミを見るような目でココロアを見ている。エメルナの子供好きは、ブリジットもよく知っていた。だから断言できる。エメルナがココロアを庇うことだけは絶対にない。何故なら、ココロアは怒りで我を忘れた状態とはいえ、眠っている子供相手に剣を振るったのだ。
「オニバカ野郎……っ!」
情に厚いサランダが助けに入れないのもそれが原因だろう。
「ココロ、ア……ッ」
サランダは席を立ち上がりこそしたが、その場から動けないでいる。自分がもっと早く止めに入っていれば。そんな顔をして。理由はどうあれ、ココロアは罪を犯した。騎士にあるまじき罪を。ならば罰を受けるのは当然だ。頭の固い彼女は、きっとそんな風に考えているのだ。女だてらに厚みのある手の平を握りしめ、サランダは必死に耐えていた。ブリジットは正義感の強い友人を少しばかり不憫に思った。
「う……うくっ……」
そして不憫といえば彼女だ。
「……部下の失態は、上に立つ者の責任なのじゃ……!」
シラユキは、この針の筵というにも生温い緊張感の中、その小さな五体を懸命に奮い立たせ、ココロアのもとに駆けつけようとしている。しかし、息が止まるほどの緊迫した空気が強大な向かい風となって、一歩も前に進めないでいる。それでも立っているだけ賞賛に値する。幼い王女の後ろでは、訓練された侍女が腰を抜かして震えているのだから。
……約束も守れないような者のために、よくやりますわね。
これほど従者思いの主人を持ちながら、その思いを無駄にしたココロアは、やはり同情の余地はないかもと、ブリジットはほんの少しだけ考えを改めた。
「天さんが怒るのも、無理はありませんわ」
「あ、ああ」
そしてあちらの陣営の二人。弥生と淳は一つの長椅子の上で不安そうに身を寄せ合いながらも、ココロアを見る目に明確な怒りを宿している。
「信じられないですわ。武器を持って一方的に襲いかかるだけでも非常識ですのに、寝ているラムちゃんまで巻き込むなんて」
「ほ、ほんと、信じられないよな!」
その敵意に濡れた未成熟な美貌に、数瞬目を奪われる。不謹慎だが、なんとも絵になる二人だ。ブリジットは、彼らが姉妹ではなく兄妹だというのが未だに信じられなかった。
……それはさておき、ものの見事に詰んでますわね。
一通りの観察を終えたブリジットは、やはり最初と同じ結論に行き着いた。誰もココロアを助けないし、また助けられない。
では、ブリジット自身はどうか?
当然、助ける気はない。はっきり言ってメリットが無さすぎる。ココロアはブリジットと付き合いがある評議会の重鎮の孫だが、仲はあまり良くないと聞いたことがある。仮にここで恩を売っても、見返りは微々たるものだろう。またココロア本人とも多少面識はあるが、友人と呼べるほど深い仲でもない。せいぜい他人に近い知人だ。彼女を見捨てたところで、ブリジットの良心はこれっぽっちも痛まない。ココロアに同情する気持ちは確かにある。だがそれは、物語の登場人物の不幸を哀れむといった類のものだ。そこに責任は感じないし生じない。恐怖を克服する材料にもなり得ない。ブリジットは赤椅子に固定された尻を一ミリも動かす気はなかった。
そしてついに、罰の時間がやってきた。
「終いだ」
「……!」
重く吐き出された言葉に合わせ、天の右手がココロアに伸びる。事ここに至っても、彼は椅子から立たなかった。喧嘩早い兵士の仕置きなど、右手があれば事足りる。そんな声が今にも聞こえてきそうなほど、冷たく淡白な動作だ。事実、天は右手一本でそれをやってのけるだろう。ミスリルの武器を素手で破壊した桁外れの力で、今度はココロアという人型を壊すつもりだ。ブリジットは金色の瞳をすっと細めた。
……骨ぐらいは拾って差し上げますわ。
目だけは背けないでいよう。姿勢を正して見届ける覚悟を示したのは、ブリジットなりのせめてもの誠意だった。
しかし、事態は思わぬ結末を迎えた。
「……おにいちゃん……だめ、ですぅ……」
一瞬だった。ラムが苦しそうに身動ぎして寝言を呟いた。その瞬間、王宮の客間を支配していた緊張感が、嘘のように消えていた。
「すまない。寝苦しかったか」
「んっ……んんぅ……ムニャ」
天は幼い額をそっと撫でた。膝の上で眠る無邪気な妹を慈しむように。罪人を裁こうとしていた、その右手で。
「………………」
この男は異常だ。ブリジットはぞわりと血が粟立つのを感じた。そして悟った。彼にとってココロアを殺すか殺さないかは、それこそ目障りな虫を踏み潰すか踏み潰さないかの違いでしかないのだ。だからこんなに呆気なく引き下がった。一見美談にも思える結末だが、ブリジットはその底知れない異質さに目眩を覚えた。
…… 結局、寝言から始まって寝言で終わったことになりますわね。
紛れもなく人の生き死にが賭かっていた。
しかし終わってみれば、その内容はどこまでも喜劇的だ。
「…………茶番ですわね……」
と、ひび割れた声で呟いて。ブリジットは紅茶のカップに手を伸ばす。中身はすっかり冷めているが、いまは一刻も早く干からびた喉内を潤したかった。
「ん?」
「!!」
口に含んだ紅茶を危うく吹き出しそうになった。目が合ったのだ。視線を合わせてしまったのだ。彼と。ブリジットはカップを片手に硬直した。
……もしかして聞こえてたんですの⁉︎
ブリジットは数秒前の自分の発言を激しく後悔した。茶番。それはどこをどうとっても良い意味では捉えられない台詞だ。迂闊だった。彼とはかなり離れた場所にいるが、『超聴覚』などの能力スキルがあれば余裕で聞き取れる距離でもある。張り詰めた空気から解放され、気が抜けていたとはいえ、痛恨のミスだ。ブリジットは頭をフル回転させて挽回の一手を考えた。しかし――
「――」
彼の細目はブリジットを素通りした。何事もなかったかのように。風景を俯瞰するようなその視線は、ブリジットに一切興味を示していなかった。
「……っ」
カッと頭に血が上った。ブリジットは冷めた紅茶を一気に飲み干す。荒くれ者の飲み方に持ち前の優雅さは皆無だ。
――思えばあの男は、自分にだけ挨拶をしなかった。
ブリジットにも覚えがある。無価値だと判断した者、明らかに格下の相手に挨拶など不要だ。眼中にないと態度で示せば、それで済む。ブリジットはいとも容易く、納得できる答えに辿り着いた。
「……とことん舐められてる、つまりそういうことですわね」
空のカップをテーブルに叩きつけず受け皿に戻したのは、無名の下積み時代に培った忍耐力、そして下級貴族の三女として育てられた淑女精神の賜物だ。しかし。それでも――
――こんな屈辱は生まれて初めてだ。
ブリジットの金眼が、挑むようにその者を捉える。あれが花村天。かの英雄王シストをして「別格」と言わしめた男。
「絶対に、認めさせてやりますわ……ッ!」
身を焼くような敗北感と共に、ブリジットはその名を深く刻まなければならなかった。




