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第90話 古き血族の末裔

「素朴な疑問なのですけれど」


 高貴なる血の乙女。Aランク冒険士ブリジットは、誰に言うともなく甘やかな声を発した。豊かな蜂蜜色の縦巻き髪を上品に持ち上げながら。蒼いドレスを優雅にはためかせ。


「ワタクシ達が集められた意味って、あるんですの?」


 おそらくそれは、この客間にいるほとんどの冒険士が思っていることだった。


 …………。


 ただ残念なことに、誰一人としてこの話題には乗ってくれなかったので、結果的にブリジットの独り言になってしまったが。


「……ま、別にいいんですけれど」


 ブリジットは短く嘆息して、ガラスのように透き通った床をコツンと軽く足で叩き、形のよい尻をどさりとソファーに沈める。ルキナから依頼を受けてこの北の王宮、ラビットロード宮殿に足を運んだまでは良かった。


 だがその後。


 単独行動等の勝手な行動は全面的に禁止され。依頼内容の説明や情報公開なども必要最低限。あげく作戦会議の場にすら立ち会えない。これでは仕事ができない。仕事にならない。ブリジットはここ数日はろくに外にも出ず、宮殿で待機という名の暇な日々を送っていた。


 ……依頼料さえ支払って頂ければ、こちらとしては文句はありませんけれど。


 高ランクの冒険士はいわば金食い虫だ。そして他の面子はどうか知らないが、ブリジットは即日払いの日雇い形式でラビット王家と契約している。つまりメルヘンチックな宮殿で豪勢な食事をして豪華な部屋で一夜を明かせば、日に数十万もの金が懐に入るのだ。文句などあろうはずもない。だからこれは、単なる素朴な疑問だ。


「ラビット王家の方々は、ワタクシ達に仕事をさせる気があるのかしら」


 ブリジットは独り言を続ける。ソファーで優雅に爪の手入れをしながら。大理石のテーブルの上には用意された複数の紅茶が慎ましく湯気を立てている。こうしているとどこぞのお姫様にでもなった気分だ。もともとブリジットは貴族の家の生まれだが、小国の下級貴族、そのうえ三女という立ち位置ではもう庶民と大差ない。――ただし。ブリジットには常人とは一線を画した血統、その中でも特に優れた容姿と、生まれながらに備わった優秀な魔力があった。


「退屈ですわね」


 ブリジットは上品に紅茶を口へ運ぶと、豊満な胸を強調するように、ソファーの背もたれに体を預ける。


「……まったくもって、退屈ですわ」


 口に広がる紅茶の渋みに砂糖を入れ忘れたことを指摘され、縦巻ロールの美令嬢は、ほんの少しだけ顔を顰めるのだった。



 ◇◇◇



 古き血族の末裔。『吸鬼種』と呼ばれる夜の狩人の血を受け継ぐ者達。


 太古の時代に大陸の半分を支配した、華麗なる夜の世界の一族。容姿に優れ、知能に優れ、体力に優れ、魔力に優れる。おまけに不死身に近い肉体と長い寿命を持つ彼等は、日の光に弱いという短所を除けば、ほぼ完璧と言ってもいい種族、人型であった。


 しかしその優れた才能に比例した野心の高さゆえに、滅びた。


 正確に言えばブリジットのような末裔達がいるので、完全に滅んだわけではないが。純血の吸鬼種はもうこの世界には存在しないと言われている。そう。いるのは自分達のような始祖の血をひどく薄めた子孫だけだ。人間やらエルフやら獣人やらの血が混ざった雑種だけだ。


 繰り返すが、ブリジットはこの雑種の中では特別優秀な部類に入る。


 だが純血のそれに比べると、やはり劣化版と言わざるを得ない。不死身の体なんて持ってないし、多分不老長寿でもない。せいぜい傷の治りが常人よりちょっと早い程度だ。あとは夜ちょっと調子が良くて、朝ちょっと調子が悪い。つまりはその程度である。世代を重ねたことによって日の光という弱点はなくなったが、不死性という美点も失われた。もっとも、上位の吸鬼種は真昼間でも陽光を遮る手段をいくつも持っていたらしいので、弱点などあってないようなものだったそうだ。そして極めつけは生物から生命力を吸い取る固有スキル――『エナジードレイン』は吸鬼種の代名詞として使われるほど世間に知られている。もちろん新世代のブリジットにそんな芸当はできないし、したいとも思わない。ともあれ、自分の先祖はまったく手に負えない奴等だったことは、想像に難くない。


 では何故そんな最強の種族が滅んだのか。


 一説によると、強欲で争い事を好んだ吸鬼達は、大陸のみならず人界の他種族すべてを支配下に置こうとした。その結果、三柱神の怒りを買い、重い罰を与えられたのだとか。


「ワタクシには関係ありませんし、興味もございませんけれど」


 ブリジットの口癖である。自分にできることは、歴史から学び愚行を繰り返さない、この一点に限る。つまりまあ簡単に言うと、調子に乗らない、ということだ。遠い昔に大陸半分を支配していた一族の末裔として、才気溢れる血族の者として、神々に見放された種族として。


 もっとも、だからといって堅実に生きるつもりはなかった。


 ブリジットは十四のとき、親が決めた結婚に反発して家を出た。相手は名門貴族の御曹司で、見目も良く、極端に年齢差があるわけでもない。いわゆる優良物件だ。しかして所詮は小国の貴族である。自分ならもっと上を目指せる。そう思ったブリジットは即座に行動を起こした。縁談の話が来た翌日に。相手方に気に入られるためドレスを仕立てに街へ行きたい、そう言って父親から少なくない金を受け取り、そのまま家には戻らなかった。


 そしてブリジットは冒険士になった。


 レンジャー試験に一発合格して。特別枠の試験を受けるために必要な推薦状はルキナに書いてもらった。ルキナは冒険士協会ではなく世界警察のトップであるが、元Sランクの冒険士でもあった。またルキナが冒険士協会会長のシストと旧知の仲であることは、子供向けの英雄譚で語られるほど有名な話だ。なにより女王ルキナは破天荒で知られる人物である。自分の素性や生い立ちを話せば、味方になってくれる可能性は高いと踏んだ。そして案の定、気に入られた。


「ええよ。同じ北出身のよしみや。アテがきっちり面倒見たる。シスト坊は渋い顔してグチグチ言いそうやけど、それこそ毎度のことやし。にしても家飛び出して一番最初に頼るんが他国の女王やなんて――アンタ、おもろい子やねぇ」


 それからトントン拍子に事が進み、ブリジットは順当にエリート街道を驀進する。


 まあ冒険士にエリート街道なるものが存在するかは定かではないが。実力主義の冒険士の世界がブリジットの肌に合っていたのは確かだった。年若いルーキーでも、Cランク冒険士であればパーティーは選び放題、引く手も数多だった。前衛で高い魔力を見せつければ、報酬やら魔石の取り分も優遇された。礼儀をわきまえ見てくれを良くすれば、評価する者も増えて割りのいい仕事を回してもらえた。時には粗暴な輩に絡まれたりもしたが大抵の場合、相手は男なので、甘い言葉をささやき少し体を触らせれば、驚くほど簡単に矛を収めてくれる。生まれ持った美貌は、ブリジットにとって使い勝手の良いスキルの一つだった。


 そうして様々な依頼をこなし、順調に評価を上げ、レベルを上げて――ブリジットは冒険士になって三年目の春には、到達率1パーセント未満のAランク冒険士にまで上り詰めていた。


 十六での就任は当時の最年少記録だった。


 その後その記録は『魔技英展』サズナにあっさり塗り替えられてしまったが。これについては正直、仕方ないと思った。もちろん多少の悔しさはあったが、ここまで上手くいきすぎていたのだ。この辺りで挫折を味わうのも人生経験だ。もっともそんな風に考えている時点で、これは挫折にはカウントされないだろうが。


 仕方がない。自分は才能に恵まれてはいるが、天才ではないのだ。


 ブリジットは、自らの実力を過小評価するつもりはないが、過大評価するつもりもなかった。物事を正しく理解し見極める。それは冒険士にとって欠かせない能力だ。だから短い天下であっても、これが自分の実力なのだと、ブリジットは素直に受け入れた。それにサズナは子供らしい身勝手さと天才特有の変人さを遺憾なく発揮していたので、協会の上層部や各国の王侯貴族たちの覚えはブリジットの方が良かった。こんなことを言っても負け惜しみにしかならないので、絶対に自分からは言わないが。


 何にせよ、いずれにせよ、ブリジットは冒険士として確固たる地位を築いた。その事実は揺るがないのだ。


「ブリジット。お前は我が家の、いいや我が一族の誇りだ」


 などと単純なことをのたまう単純な父親との和解も果たした。城に招かれ、自国の王には国家の至宝と評された。今では家の者はおろか、国の名門貴族ですらブリジットには頭が上がらない。


 まさに順風満帆。華麗なる人生を、ブリジットは自らの手で掴み取ったのだ。


「おほほほほ、当然ですわね!」


 自分は確かに天才ではない。だが選ばれた存在ではある。家を飛び出した時、いやそれよりもずっと前から、そう信じ続けてきた。それを疑わなかった。


 今日この日、あの者達と……あの男に会うまでは。


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