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リリー  作者: かねとけい
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【第二話 ~沖弓~】4

 それが謎なんだ――倉木が残りの台詞を受け取る。


「ちょ、ちょっと。二人とも待って」沖弓が両手を上げて、二人に合図した。「それってつまり、この学校の生徒はみんな、どこの誰が作ったのかわからない非公式のサービスを使っている――しかも、いつの間にか自分が修学院の生徒だと『リリー』に知られている。それなのに、みんな『リリー』を使い続けているってこと?」


 二人とも真顔で頷く。


「それって怖すぎない……?」


 学校外の人間がアカウントを作成しようとすると、氏名や学年、クラスなどの設定の後、必ずエラーになるという。学外の友人に、本当に作成不可能なのかどうか試した者が何人もいるらしいが、いずれも利用することはできなかった。ユーザー情報入力の後にエラーとなることから、「リリー」があらかじめ全学生、全生徒の在籍状況を取得しているとの推測がされている。

 もう何年も前から「リリー」のこの不可解な仕様について、学内では議論が絶えなかった。本当はやっぱり学校法人と繋がっており、実は「公式」なのだとか、開発者が非常に優秀なハッカーで、管理システムから情報を勝手に抽出しているだとか、様々憶測が飛び交っている。


「でもさ」加瀬が神妙な顔をしていた。「結局、誰も『リリー』で不利益を被ったことはない。これまで特に問題なく、普通に使えてきたんだよね。生徒にとっては善良なサービスなんだ」

「個人情報が抜き取られてる。どう抜き取られてるか分からない。これで『特に問題ない』なんて言えるの?」

「まあね、社会倫理的にはグレーだ。ただ、生徒が『リリー』のような非公式なものに惹かれる理由がある。学校の息がかかってないものこそ良いのだと思っちゃう、理由がある。その一つがこの部室棟だよ」


 加瀬は部室の床を指差した。リノリウムの剥げかかった、薄汚い床だ。

 沖弓も、入学して間もなく、何人かのクラスメイトから聞き及んでいた。

 ここの生徒には有名な話があった。


 修学院大附高の施設は、今から八年前に一斉に改装を行った。

 しかし、なぜかこの部室棟だけは取り残されたのである。

 校舎はもちろん、体育やプールまでが順次工事を始める中、部室棟は一人寂しく、敷地の西側に突っ立っていた。

 当時、そのことで学校と生徒の間で衝突があった。何名かの生徒は「ストライキ」と称して登校を拒否したし、一部の保護者は「子供たちの純粋な意見」という正義を盾に、繰り返しクレームを入れた。

 現実問題としては資金不足もあったのだろう。それで学校側も収めようとしているのは見え見えだったし、実際にそうしていれば、衝突も一時的なもので収まった。


 実際には、もっと事態が悪化した。当時の理事長が、PTAも参加している会合の中で「進学に直結しない施設は後回しになって当然でしょう」という趣旨の発言をしたのである。

 その火種はすぐに延焼を起こし、学校中に広まった。

 さらに悪いことに、その時期、校舎の北側に隣接させるかたちで、新しくカンファレンス・ルームを備えた新校舎建設の話が持ち上がっていた。生徒は真新しい会議室のイメージ写真を見せられたばかりだったのである。それは表向き教育設備充実のためだったが、実際には学会誘致のためだったことがすぐに露呈ろていした。


「結局、カンファレンス・ルームは一年半後に出来上がった。今ではすっかりうちのウリのひとつだよ」


 加瀬は若干の皮肉を込める。

 くだんの騒動から八年が経過している現在でも、先輩から後輩へ口伝された学校へのイメージは変わらない。学校という権力者はなんとなく悪者で、なんとなく、文句の一つでも言わなければいけない対象になっている。そして相対的に「リリー」の求心力は上がっているのだ。

 

「うん、それはわかった。けど開発元は、学校とは無関係に、広告も載せず、無料でサービスを運営してる。利益を得るためにやってるわけじゃないってことよね? しかも修学院だけを対象にリリースして。目的は何?」

「……それは、僕も分からない」でもね、と加瀬は腕を組んで続ける。「こういうのって、『見せびらかしたい』っていう人種がいるのは確かだよ。俺はこんなに便利なシステムを構築したぞって。目的は、案外自己顕示欲を満たすためかもしれない」


 沖弓は頭を掻いた。パソコンに表示されたままになっている、デザイン途中の半端な文字列を眺めた。

 にわかに「リリー」の存在が眉唾物のように思えてきた。

 この学校の生徒たちにとって、「リリー」はもはやインフラだ。電気や水道と同じくらいの信用を勝ち得ている。皆、何の疑問を持たずに親指で画面をタップし、スワイプし、その価値はどうであれ、ネットの海に情報を放り投げていく。


 ――『リリー』。お前は誰だ? 何がしたいのだ?


「これ、ネタになるわよね」


 とっさに、沖弓は思いついたことを二人に告げたのである。


「わかった。加瀬の言った通り、うちは〝ファン〟を作りにいくし、倉木の言った通り、好奇心を刺激にしにいく。そのための調査をしましょう」


 ぽかんとして、二人は沖弓を見る。


「『リリー』を暴く。スクープして、正体を白日はくじつもとに晒すの」

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