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約束はまだ

作者: 海ノ10



春というには少し寒いような気もするような季節。

まだ四月にすらなっていないので、桜は咲いていない。桜が咲いてからが春だというイメージがある俺としては、まだ春とは言えないけれど、冬というには暖かい。そんな頃。


次の電車が来るのは三十分後だからか、はたまた、そこそこ田舎の駅だからかはわからないが、駅のホームに人は俺以外いない。

見事国立大学に現役合格した俺は、この春から東京で一人暮らしをすることになった。

だが、俺の気持ちは晴れない。それは、俺の彼女である晴菜が俺と同じ大学を受験し、落ちたからだ。



俺は今日から東京に行くことを晴菜に告げていない。

俺が東京に行くと言えば、きっと晴菜も一緒に行くと言うだろう。晴菜は素直だから、『ずっと一緒で離れない』という約束を守ろうとするだろう。

でも、それではダメなのだ。晴菜には晴菜の人生がある。『約束』を守るために、俺に付いてくるのは晴菜の為にならない。

だって、それで晴菜が後悔するかもしれないから。


でも、俺が東京に行くことを言わないわけにもいかない。だから、手紙を書いてそれを姉に預けておいた。明日渡すように言っておいたから、それを晴菜が読むころには俺は東京にいるだろう。


一陣の風が温かい空気を運びながら駅のホームを駆け抜ける。


「これでいいんだ。」


俺はそうぽつりと呟くと、目を閉じる。





桜の下、二人で散る花びらを見上げ、掴もうとした。

夏祭り、晴菜と一緒に屋台を回って花火を見た。

晴菜と二人で落ち葉を集めた。

雪玉を転がして二人で大きな雪だるまを作った。






どの思い出にも晴菜はいて、俺の人生に色を付けていた。

でも、それもここまでにしよう。晴菜から何かをもらうばかりなのは。

もうこれきりにしよう。


約束を破るのは。



今思い返せばあの告白だって晴菜が本当に俺のことが好きという理由で告白を受けてくれたのかすら、わからなくなってくる。

晴菜は優しいから、俺を傷つけないように受けてくれただけなんじゃないかとも思ってしまう。


「はあ。」



空に向かって溜息を吐いても、冬のように白い靄が出るわけでも、誰かが反応してくれるわけでもない。

ただ、遠くの飛行機雲と同じように、空に溶けていくだけ。


きっと俺のこれからもそう。


有限な時間を悪戯に使って、無為な時間を過ごすだけ。


晴菜との思い出が脳裏に浮かんでは、今の一人の状況が悲しくなってくる。

それほどに晴菜と過ごす時間は楽しくて、色で溢れていた。






ふと見上げた時計は、もうすぐ電車が来ることを表していた。


別に生涯の別れなわけではない。でも、晴菜は約束を破った俺を許してくれるのだろうか。


許してくれないとしたら、これでもう俺らは終わりになるかもしれない。

いや、大事な約束を破ったんだから、終わらせないといけないだろう。




「  くん!」


誰かの声が小さく聞こえる。その声に俺の心が震える、目が声の主を探す。

いや、空耳かもしれない。

でも、俺は探してしまう。


「天輝くん!」


改札の向こう、その人は立っていた。家から走ってきたのだろうか、息が上がり、顔が火照っている。


「晴菜、何で?」


俺のその問いには答えず、晴菜は改札を抜ける。


そのまま、まっすぐ俺のところへ近づいてくる。手が届きそうな距離になっても、その足は止まらない。


「バカ。」


晴菜はそう一言だけ言うと、俺の腰に手を回し、抱き着く。

俺の胸におでこを合わせるようにしているので、俺からはその表情が見えない。


「なんで、何も言わずにいこうとするの。なんで、約束を破るの。私を置いていこうとしないでよ。」


俺は何も言えなかった。

何か言ったら壊れてしまいそうなほど、晴菜が弱々しく見えて、俺自身も、壊れてしまいそうだったから。


「天輝君は、約束を破らないって信じてたのに。バカ。」

「ごめん。」


俺が答えに迷って、考えて、言えたのはその三文字だけ。


「ごめんですまないよ。」

「うん。」

「私にはわかるよ。天輝君が何で黙って行こうとしたのか。約束を守ろうとして私が天輝君についていったら、いつか私が後悔するかもしれないから、私には言わなかったんだって。私にはわかるよ。」


図星だった。だからこそ、何も言えなかった。


「バカ。私を舐めすぎ。後悔するなら、あんな約束はしないし。ほんと。バカ。もういい。約束を破ろうとした罰として、何があってもついていくから。」

「いいの?」

「いいもなにも、まだ約束は破られていないし。破られそうだっただけ。」

「荷物とかはどうするの?」

「あとで郵便を使って親に送ってもらう。」


晴菜はそう言うと、俺から離れて、線路の先を見つめる。何かあるのかと思い、俺もその線路の先を見る。


「電車、来たね。」

「うん。」

「じゃあ、行こうか。」


晴菜はそう言うと俺の手を引き、ドアが開くであろう場所に向かって歩き出した。





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― 新着の感想 ―
[一言]  双方が思いやろうとしているのに、すれ違ってしまう悲しさを感じました。
2018/01/24 21:56 退会済み
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