アジト
彼女の後を追って薄暗い路地をジグザグと進んでいくと、一軒の酒場にたどり着いた。
ドアを開け中に入っていくと、奇声が耳に飛び込んできた。
「ギャーーーー!!!!」
「どうしたの。マスター!?」
「ね、ネズミがっ……ひゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”――――!!」
筋肉が服を着て歩いているような男が壁の隅にうずくまり、悲鳴を上げている。シュールだ。
「さっそく、出番よっ!」
「出番? 俺?」
「そうよ。それとも先に駆除されたいの?」
「……やりますよ。コリンズお嬢様」
クソ……今に見てろよ……威張れるのも今のうちだからな。
心の中でそうぼやきつつも、可愛らしいネズミを1匹捕まえてやる。こんな愛らしいのになぜ怖がるのか理解できない。
そうして、全てのネズミを外に出してやる。すると、俺の視界は筋肉に覆われた。
「ありがとうー、ありがとうねぇー!」
「うげげ……」
マスターが抱き着いてきたのだ。筋肉万力にかけられ、口から五臓六腑を吐き出してしまいそうだ……。
「マスター、こんにちは」
「あら、いらっしゃーい。さっきはごめんなさいね。アリスちゃん。エスタちゃん。この子は新入り?」
「ええ、そうなの。そういえば、名前は?」
「ええっと……ろ、ラルフ……アスタフェイ」
あぶねぇ。本名言うところだった。筋肉万力から解放されて油断していた。
口を滑らせたら即死だから気をつけないと。
「ラルフ君ね。私はゲイリー・ウォーカー。このバーのマスターをやってるわ。よろしくねん!」
「はぁ、よろしくお願いします」
「ところで、ラルフ君って彼女とかいるの?」
「彼女ですか……今は……」
「いないのね! よし……」
何が「よし」なんだろうか。熱っぽい視線を向けてくるマスターに俺は苦笑いを浮かべることしかできない。なんだか別の意味でヤバそうな人だ。扱いに注意しないとな。
「ま、とりあえず、中に入って。ここだといろいろ込み入った話もできないでしょうし、あの話もできないからね」
「はい。いつもありがとうございます」
そう言って、アリス達はカウンターの奥にある扉へ入っていく。俺もゲイリーに肩を押されながら、その後に続いた。肩だけじゃなく、お尻にもソフトタッチするのは止めてほしいな。
「さて、じゃあ、今日の貨物船で得た情報ね。船の人から話を聞いたところ、あの船の荷物は全て名門クラウディア家行きの荷物みたいよ」
「クラウディア家って、クラウディアなの?」
「そう。あのクラウディアよん!」
アリスがため息をつく。
クラウディア家とは貴族の中でも裕福な貴族であり、お金使いが荒いことで有名な豪遊貴族でもある。
「何か問題があるのか?」
「ええ。あの船の荷物には小さな女の子が何十人もいたのよ」
「小さな女の子……」
船の荷物に幼女。幼いし、女であるがゆえに労働には向かない幼女。そんな幼女が貴族の元へ運ばれていくということは……。
「奴隷として、貴族の家に運ばれていくところだったのよ。本当に可愛そうにねぇ~」
「そうなのか……」
「で、いつ攻め込む?」
「そうね……今夜にしましょう。いいわよね。マスター?」
「ええ、大丈夫よん!」
「攻め込むって、クラウディア家に?」
「当たり前でしょ。罪のない小さな女の子を奴隷にしようとするなんて、許せないわ。そんな歪んた人間を野放しておくなんてもってのほかよ。それとも、協力できないっていうの。ラルフ?」
「いや、別にそんなことは……」
だから、ナイフに手を伸ばすのは止めてくださいよ。アリスさん。
「じゃあ、今夜。日付が変わるころに。このアジトで合流よ」
「分かった」
「くれぐれも私たちの期待を裏切らないでちょうだいね」
「ああ、もちろんだ……」
俺は殺人的な眼光にあてられ、借りてきた猫のようになっていた。
「本当に散々だったな……」
俺は酒場を出ると、真っすぐ王宮に帰ることにした。いくら可愛い女の子が道を歩いていたとしても、今はナンパする気にもならない。
「とりあえず、接点は作れたから、結果オーライか……」
アリス。もとい、ルシア・エトス・ギルバート。
俺に復讐を決意させた女。
なぜ、レジスタンスをやっているかを聞きだすことはできなかったが、俺はあの女に絶対に復讐する。
あの女に復讐するために俺はこの世界に転生してきたんだ。
「だとしても、なんでこんなに死にそうになってるんだか……」
今日1日でもう3回は死にかけた。いくら修行で体を鍛えたり、回復能力があるからといって、何度も死にかけていては命がいくつあっても足りない。『命を大事に』で行動していかないと。
「とりあえずは、毒を飲まされないくらいの信頼を築いていかないと……さて、どうしたものか……」
そんなことを考えながら、王宮に到着し用意された部屋に向かうと、泣き顔のクリスが俺の部屋に飛び込んできた。
「ロイ様ぁああああああああ!!」
「そんなに泣くなって……ちゃんと、予定の時間までには帰ってきただろう」
「でも、だって、だって……ロイ様がいなくなって、僕、どうしたらいいか分からなくて……うぅ」
「ごめんな。急にいなくなったりして……」
子供っぽく泣きついてくるクリス。あんな奴らと会った後だと天使のように見える。
それにしても、本当に男なのだろうか。そんなうるっとした目で見つめられると、俺もいろいろと困ってしまう。
「もう、勝手にどこかへ行かないでくださいよ……」
「ああ、分かったよ。探してくれていたんだよね。ありがとうね」
「はい……」
クリスには可愛そうなことをしてしまった。が、今夜また出かけなきゃいけないんだよな。ごめんな、クリス。