尋問
意識が戻ると、薄暗く埃っぽい地面が目の前にあった。
「! 動けない……」
「当たり前でしょ。さっきみたいに襲われたら困るもの」
あの女に似た黒髪の少女が俺を見おろしていた。すぐそばにはあの栗色の髪をした少女の姿も。
体を起こそうと試みるも、ロープで縛られて身動きが取れない。
首を動かすと、周囲は苔の壁に囲まれており、薄汚い樽や木箱が置かれている。倉庫だろうか。
「ここは……?」
「私たちの質問に答えるのが先。あんた何者なの?」
「えっと、通りすがりのイケメンといえばいいかな」
「そういうことじゃなくて……じゃあ、質問を変えるわ。どうして私たちを助けたの?」
「困っている人がいたら、助けるようにっておばあちゃんから言われてたからさ」
「ちゃんと答えなさいよ」
「じゃあ、この縄を解いてくれないと」
俺はおどけてみせるも、彼女の顔は一向にスマイルにはならない。やはり、イケメンというだけでは許されないこともあるみたいだ。プレイという意味なら縛られるのは大歓迎なんだけれどな。
「あんた、今どういう立場かわかっていないようね」
「あの……ナイフは……首にナイフはちょっと……」
「立場がお分かり? それに縄を解いたら、また暴れて血を吸われるかもしれないもの……で、私の血を吸ったのはなぜ?」
「それは……ごめん。時々、人の血を吸いたくなる衝動があるんだ。で、ちょうど、その時だったから」
修行している頃に発症した人の血吸いたくなる病。症状としては、衝動のままに人を襲い掛かってしまうというもの。
今はだいぶ理性で抑えられるようになっていたが、時々発症してしまうので、人を気絶させて、少しだけ血を恵んでもらい、なんとかしていたんだけれども、今回は間に合わなかった。
「変な病気になったりしないでしょうね?」
「それは。大丈夫」
「そう。ならいいわ。じゃあ、私の血を吸っているときは意識あった?」
「あるけど……」
「じゃあ、私が落としたものも見た?」
「えっと……あ、ペンダント!」
そう。あれは皇族だけが持つことを許されている首飾り。皇族から盗み出したものだろうか。だが、盗み出したとしても換金するのに苦労するはずだが、なぜ手元にあるのか。
「そう……見たのね。じゃあ、いいわ」
「え、どうしたの? ねぇ、なんでそんなに真顔になってるの。待って、ナイフを首にあてないで――」
「秘密を知られた以上、あなたを返すわけにはいかなくなったわ」
「そんな! ペンダントを盗んだことは誰にも言わないから!」
「盗んでないわよ!」
「え?」
盗んでない。ということは、拾ったもしくは、自分のものということだろうか。
点と点がつながっていく。
あの女と同じ顔。皇族首飾り……もしかして――。
「本物? エトス・ギルバート家の――」
「やっぱり、生きて返せなくなったわね」
「いやいや、自爆しただけじゃん!」
「だとしても、ここで生かしておくわけにはいかないわ!」
「こんなところで死んでたまるか!」
「あのー、アリスさま―。彼を殺さなくてもいいんじゃないかと」
栗色の髪をした少女がおずおずと口を開いた。おっとりとした感じだ。
「珍しいわね。エスタが意見するなんて」
「いえ、なんというか、この男には利用価値があるんじゃないかなと思って……」
「確かに、魔導は少し特殊だし、血を飲んで体が再生できるのは便利よ。ただ、それは味方にしたときだけ。秘密を知られた以上、敵になったら大変なことになるわ」
「敵? 味方? そもそもルシアたちはなぜ賊みたいなことを?」
「あんたは黙ってなさい。あと、私の名前はアリス・コリンズ!」
「ぐぅ……」
そんな鋭い眼光で睨まなくても。ナイフなんか使わなくても視線だけで人を殺せそうじゃん。
「でも、私たちを助けてくれましたし……」
「それは首飾りを見られる前。今は違う。秘密を握られて首元にナイフをあてられているのはこっちなんだからね」
「そうですか……」
エスタと言われた栗色の髪の毛の少女は黙り込む。
ちょ、そこで諦めないでよ。もっと押せって。エスタちゃん。君ならできる!
「じゃあ、殺しても汚れないように場所を移しましょうか。エスタ」
「はい……」
エスタは縄を引っ張り、俺を立たせる。もう彼女には頼れないようだ。ならば――。
「ちょっと、待った。取引しようよ。アリス」
「取引ですって?」