魔導と衝動
「おい、金髪イキリ野郎。好きな動物はなんだ?」
俺はスケッチブックから紙を何枚も破りとる。
「ああ? そりゃ、ライオンだろ。俺のような男にふさわしい動物だ」
「そうか。それは良かった」
「なに?」
俺は破った紙に魔力を込めた。魔力を帯びた紙が淡く光り始める。
「ライオン見せてやるよ。描き貯めた俺の傑作集、とくと食らいやがれ!」
紙を空中にばらまく。すると、宙を舞う紙からイラストが飛び出し、その姿を現実へ顕現していく。
魔導によって2次元から3次元へと姿を変えたそれらは、鳥や獣といった動物から人間を模したものなど様々。
どれも時間をかけて書き上げたので、ディティールまでしっかりしているものばかりだ。こんなやつに使ってしまうのはもったいないくらいだが、今は時間がない。だから、本気でいかせてもらう。
産声をあげ、紙の枠から抜け出したそれらは一直線に金髪へと飛びかかっていく。
「なんだこいつらは⁉」
金髪は目を見開き、鎖を振り回す。が、鎖で叩き潰せたのは数体のみ。残りの有象無象が、金髪に食らいついていく。
「この野郎っ!」
「ふはは、どうだ俺の傑作は。ライオンもちゃんといるからな」
「ふざけやがって、ナルシスト風情が……」
金髪は襲いかかる鳥獣に手をばたつかせて抵抗する。が、多勢に無勢。
そのまま、海へと落ちていった。
「ふぅ……終わったか……」
と、体が急に鉛のように重くなった。
俺の魔導は描いた絵を何らかの形で現実に作用させるものだ。燃費が悪く、特に今回は大量の絵を使ったので、魔力を激しく消耗してしまった。その分の疲労が一気に来たのだろう。
「あの……」
と、黒髪の少女が立ち上がり、駆け寄ってきた。
「助けてくれてありがとう。ねぇ、さっきのって――」
が、俺は彼女の背後に迫る筋肉隆々の男が視界に入った。
きっと、倒し損ねたのだろう。その手にはナイフが握られている。ダメだ。魔導を行使している時間がない。
俺は彼女の身体を押しのけた。
「グッ……!」
「なっ……!」
俺の腹部に深々とナイフが刺さった。刺されたところからどろっとした血液が溢れ出してくる。
「大丈夫……だったかな?」
「大丈夫って……あんたの方こそ……」
と、栗色の髪の少女が起き上がって火球を放ち、男を海へと突き落とす。俺は立った姿勢を維持できず、その場に崩れ落ちた。
「ねぇ、しっかりしなさいよ。ねぇっ!」
回復魔導をかけてくれる二人。が、あまり効果がないのか、傷が塞がる気配はない。
「くっ、止まんない! とにかくここじゃ、十分に直せないわ。戻ってマスターに診てもらいましょう」
「はい」
黒髪の少女は俺を背負うと、船を飛び出し、路地裏をかけていく。
「……寒い」
急速に体から力が抜けていく。血液と共に体温も流れてしまっているのだろう。背筋に悪寒が走る。
一方、彼女の背中から温もりを感じた。健康的な肌。まっすぐできれいな黒髪。彼女の心臓が早鐘を打つ音が背中から鼓膜へと伝わってくる。
彼女はきっとおいしいのだろう。このまま衝動に身を任せてしまいたい。
俺の理性は崩壊しかけていた。
「気をしっかりもって! あと少しだから……」
「うぅ……」
彼女の額には大粒の汗。汗は白い肌から首筋に流れていく。なんて、か細い首筋なんだろうか。もう我慢できない……。
「ぐぐっ……がぶっ!」
彼女の白魚のように色白な首筋に俺は噛み付いた。
「うっ……何をっ……!」
彼女は体を強張らせ、その場にうずくまる。
俺が噛み付いた傷口からは、新鮮で甘い血液が飛びだして来る。俺は傷口に吸いついた。血液を吸うごとに、俺の脳内は多幸感で満たされていく。
それと同時、体に活力が戻っていく。
「やめ……うっ……うんっ……」
「アリス様!」
栗色の少女が駆け寄り俺を引き離そうとするも、彼女の身体を離すことができないでいた。
この衝動は一度爆発してしまうと、俺自身でも抗えない。故に、俺の身体が満足するまで、この衝動を止める術はないのだ。
「やめっ……んん……んっ……」
彼女の抵抗する力がだんだん弱くなっていく。俺は彼女の体を強くだき、彼女の血液を貪っていく。
こんなに魔力が豊富で、色濃く、喉越しが良く何より果実のように甘美な血液は今まで飲んだことない。
腹に開いた風穴さえも塞がっていくのがわかる。
と、彼女がその場に倒れこんだ。なにか金属が落ちる音に俺の視線は一瞬、彼女から離れた。
あれは皇族の首飾り? ということは――。
「ふんっ……!」
と、目の前が揺らいだ。後頭部の痛みから殴られたんだと気がついたときには、目の前が真っ暗になっていた。