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嵐の後に

 俺は傲慢姫を抱いて王宮の廊下を歩いていく。彼女の血を飲んだおかげで全身に力がみなぎっている。聴覚までもが研ぎ澄まされ、ホールの玄関から怒号までもが聞こえてくる。きっと、他のレジスタンスのメンバーが戦っているのだろう。


 俺はホールの玄関までくると、外を覗き込んだ。すると、王宮の外ではエスタちゃんとゲイリーさんが男たちと共にアルス・レヴァンティリアの兵と戦闘していた。なぜか鎖を振り回しているレオもいたが、そんなことはどうでもいい。

 俺は雨水で指先を濡らし、乾いた王宮の内壁に仮面を描いた。すると、仮面が壁から浮き出てくる。俺はそれを装着すると、ホールの外へ躍り出た。


「作戦は失敗だ。引き上げよう!」

「ん? あら、ラルフ君! ってアリスちゃん! 何かあった?」

「ああ、彼女は気絶しているだけだ。でも、これ以上は先に進めない。撤退しよう!」

「……そう、分かったわ。総員、引き上げるわよ! エスタちゃん!」

「はーい」


 嵐の中で濡れ鼠になったエスタが何やらぶつぶつと唱え始める。すると、彼女の周囲に魔導陣が展開。魔力を帯びた空気が周囲に漂い始める。かなりの濃い魔力に一瞬、身を引いてしまう。物凄いの魔力量だ。この魔力の源はエスタちゃんなんだろうか。


「させるかよぉ!」


 レオがエスタちゃんに向かって大鎖を振るう。大鎖は詠唱で無防備になった彼女めがけて一直線に振り下ろされていく。が、ゲイリーさんがエスタちゃんの前に立ち、大鎖をガントレットで受け流し、エスタちゃんを守った。


「さ、ラルフ君も!」

「ああ」


 俺はエスタちゃんの背後に走り、濡れ鼠になったレジスタンスの男たちが集う魔導陣の中に入る。すると、さらに空気中の魔力密度が濃くなった。やはり、この膨大な魔力はエスタちゃんが発しているようだ。エスタちゃんがこんな高等魔導を使えるなんて意外だ。なぜ今までこれを使わなかったのだろうか。俺の持つ魔力量とはけた違いの魔力で、これを使えばこの国でさえも落とせたのではないだろうか。


「マスター、準備完了」

「よし、エスタちゃん。お願い!」


 ゲイリーさんは何度目かの大鎖を受け流すと、エスタちゃんが描き出した魔法陣の中に入った。その刹那、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。レオも王宮もアルス・レヴァンティリアの兵も、視界に映る全てが雷が空間を切り裂いたかのように掻き消えた。そして、次の瞬間には目前は別の世界が広がっていた。


「ここは……アジトか」


 棚に並べられたワイン。薄汚れたテーブルやカウンター。足がボロボロの椅子。俺が知っているアジトの酒場そのままだ。どうやら、エスタちゃんの魔導でアジトがある酒場にまで転移したみたいだ。酒場特有の酒臭さが俺の心を落ち着かせた。


「よし、とりあえず、無事に帰ってこれたわね。じゃあ、解散よ!」


 その一声で先ほどまで張りつめていた空気が氷解し、男たちから笑顔がほころぶ。戦いが終わったという宣言だった。男たちは各々、ゲイリーさんに酒を頼み歓談を始める。それにしてもレジスタンスってこんなにもいたんだな。それだけ、王国も恨まれているということなんだろうか。

 俺はそんなことを考えつつも、腕の中にいるアリスを抱えて酒場の奥へと進む。腕の中にいる姫様を寝かせないといけないのだ。俺はアジトのソファーに彼女を横たえた。


「アリス様は……」

「大丈夫。血を吸われて貧血になっているだけさ」


 エスタちゃんがほっとしたように表情を柔らかくさせた。敵の攻撃で何らかのダメージがあるのであれば別だが、俺を担いで嵐の中を歩いていたのだから、まず大丈夫だろう。


「本当にとんでもない女だな」


 瞳を閉じて気持ちよさそうに眠っているアリス。呼吸も正常みたいだ。俺はそんな彼女の脇に座り込む。そんな彼女の顔を見ていると彼女の言葉が脳内を掠めていく。


「裏切ったままにしたくない、か……」


 彼女は革命の前に俺に自分の境遇を打ち明けた。国が危機的状況に陥っているときに家臣に裏切られ、逃亡したのだと。そんな体験をしたら、普通は人間を信じられなくなるはずだ。だとしても、彼女は俺を切り捨てずに俺を助けようとした。革命を成功させるなら、俺を見捨ててロイ王子がいるはずの王宮に突入していくほうが良かっただろう。


 それでも俺を助けようとした。革命の成否よりも俺を優先したのだ。もちろん、俺が裏切ったと考えた罪悪感から俺を助けようとしたのかもしれない。だとしても、革命は彼女の悲願だったはずだ。彼女にとって、革命は譲れないものなのだろうか。


そう考えて、俺は思考を打ち切る。いくら考えても答えが出てきそうにない問題だからだ。どうにも血を飲んだ後は思考が回りすぎてしまう。俺は彼女の頬に張り付く黒髪に触れる。


 綺麗な黒髪。くっきりとした瞳。小さな口。俺があの時のこうやって寝ているときだけは可愛げがあるんだけどな。起きたら俺に罵声を浴びせたり、殺そうとしたりするんだもんな。せめて、今回の作戦が失敗したことで俺の暗殺を諦めてくれたらいいんだけどな。

俺は深いため息をついた。と、ゲイリーさんが酒場から顔を出し声をかけてくる。


「あ、ラルフ君。今日は泊まっていく? 外はまだ嵐だからさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

「一緒にお風呂入る? 雨に濡れて寒いでしょう?」

「結構です。一人で入れますから。そんなことより彼女を」

「ああ、そうね。エスタちゃん」


 エスタちゃんがアリスの新しい着替えをすでに持ってきていた。彼女は机の上に彼女の着替えを置くと、アリスの服を脱がし始めた。服を着替えさせられるところを見ていたとゲイリーさんあたりに告げ口されると、起きたときまた彼女が怒りそうだ。俺は彼女に背を向けると、シャワーを浴びにアジトに備え付けられている浴室に向かった。


 そうして、一晩夜を明かした。壁を叩くような雨音も消え去っていた。カーテン越しにほのかな光が入ってきていた。カーテンを開けると外は快晴だった。酒場を除くと、大半の男たちが酔い潰れて床で芋虫のようにうずくまっていた。が、しばらくすると、水を飲んで頭を押さえながら帰っていった。


 俺はアジトでエスタから解毒剤と毒を飲まされると、王宮への帰り支度を始めた。そろそろ帰らないとクリスが心配のし過ぎで、禿げてしまいそうだからな。本当に毎回毎回迷惑をかけて申し訳ない。


「ん……ここは……」

「アリス!」


 アリスが目をこすりながら起き上がる。改めて彼女が瞳を開けている姿を見るとホッとする。血は吸い過ぎてはいないはずだが、俺がたどり着く前の敵の攻撃で何かあったらとほんの少しだけだが気になっていたのだ。無事ならそれでいい。


「作戦は?」

「ああ、失敗だ。で、何とか撤退してここに」

「そう……」


 ため息をつくアリス。が、次の瞬間には表情を引き締める。さすが元王女様。切り替えが早い。表情を見るに俺の暗殺は諦めていないみたいだ。本当に勘弁してほしいものだ。


「ところで、今私の名前を呼んだわよね」

「あ、すいません。コリンズさん……」


アリスに睨まれ俺はつい低姿勢になってしまう。そう言えば、名前呼びを禁止されていたんだった。すっかり忘れていた。俺は彼女の次の言葉をおびえながら待った。


「まぁいいわ……」

「……いいってことは、名前で呼んでもいいってこと?」

「うるさいわね」

「え、名前で呼んでもいいのか?」

「もう好きにしなさい! 面倒くさいわね。これからいろいろやらなきゃいけないことがあるから、もう出ていって!」

「ああ!」


 俺はアジトに買い置いていたスケッチブックを一冊手に取り、アジトを出た。戦いの後なのに足取りは軽かった。もちろん、血を飲んだせいもあるが。


「まさか、名前呼びを公認されるとはな」


 小さな一歩であるが、復讐へ前進した。名前呼びを許される程度には信用を積み上げられたようだ。死にかけたけれど、結果オーライである。


「さて、次は何をしようか……」


 と、スケッチブックから紙が落ちた。紙を拾い、まじまじと見た。どうやら手紙のようだ。

 宛名には「ラルフ・アスタフェイ様」と書かれている。俺宛てだ。差出人は書いていない。一体なんだろうか。俺は手紙を開け、中を見る。

 すると、大きな文字が目に飛び込んできた。その瞬間、俺の心臓が何かに鷲掴みにされた感覚がした。


「ロイ・アルス・レヴァンティリア」


 もしかして俺の正体、バレてる?

これにて第一章終了。


第二章鋭意製作中!

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