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透明な雨

 雨や風が吹き付ける中、アリスの背中から温かさを感じる。

 まさか彼女にこんな無様な姿を晒すことになるとは思わなかった。俺があの場所にたどり着いたときに彼女はあのヘンテコなぬいぐるみに襲われる寸前で、魔導を発動している暇なんてなかったのだ。反射的には俺は彼女の前に飛び出していた。


 そのせいで傷だらけの彼女に担がれることになってしまった。

 でも、彼女を助けることはできた。例え、こんな情けない姿になってはしまったが、俺の選択は間違っていなかったんだ。ただ、逃げるために絵のストックを全部使ってしまったのは間違っていたかもしれないが。


「んっしょ……」


 それにしても、こんな細い体でよく俺を支えられるものだ。アリスだって疲れているはずなのに。

 細く白い彼女の首筋。この中には新鮮でおいしい血が、血が……今すぐにでも……

 貧血からくる吸血衝動に駆られる。が、俺は理性でそれを抑えた。


「クッ……」

「傷痛む?」

「いや、大丈夫だ……」


 甘い香りが鼻孔をくすぐる。口の中に唾液が貯まってくる。彼女が治癒魔法をかけてくれるまでの我慢だ。耐えろ、俺。


 そうして、屋根のあるところに着くと、彼女は俺を降ろした。

 壁や天井の装飾からまだ王宮の中みたいだ。俺は王宮の中でも助かるが、彼女は違う。何とかして王宮から逃がさないと。


「今。ヒーリングをかけるから……」

「もうここでいいから、コリンズさんだけでも逃げ――」

「そんなことできるわけないでしょ!」


 彼女がヒーリングの魔導をかけてくれる。が、一向に傷が塞がる気配がない。同時に吸血衝動が理性では抑えきれなくなるくらい膨れ上がってくる。


「ダメ、血が止まらない」

「俺のことはいいから……」

「よくない! 私、アンタが裏切ったと思ったの。約束の時間になっても来ないし、兵が待ち伏せているしで……でも違った。あの子が私たちを騙していて、アンタはだいぶ遅れたけどちゃんと来てくれた……だから、私はそんなアンタを裏切りたくないの。裏切ったままにしたくないの!」


 と、近くで大きな音がした。耳を澄ませると、何かを壊す音のようだ。


「おーい、どこいったー?」


 あの幼女の声だ。俺たちの後を追ってきたのだろう。

 また破壊音がした。さっきより近い。見つかるのは時間の問題みたいだ。


「こうなったら……」


 彼女は雨でずぶ濡れた服を脱ぎ、薄いキャミソール姿になるアリス。俺は衝動的に彼女に襲い掛かりそうになるが、理性でそれを押さえつけた。もういろいろと限界が近かった。

 破壊音が鼓膜を震わせるくらい近づいてきていた。今逃げないと間に合わない。


「どうしたんだよ。なんで服を……そんなことより、早く逃げ――」

「うるさいっ! アンタ、血を吸えばあの時みたいに傷が塞がるんでしょう。飲みなさいよ」

「俺が血を飲むのは嫌じゃないのか? いつもはエスタちゃんに飲ませるのに」

「いいから早く飲みなさいよっ! あんたが死んだら困るのよ」

「それって、俺のことが……」

「大嫌いってことよ! いいから早く!」

「ああ……」


 有無を言わせない態度と血液欠乏からくる吸血衝動に押され、俺は彼女の首筋に歯をたてた。


「んんっ……」


 傷口から血が流れてミイラのようになってしまった俺の身体にとって、彼女の血は劇薬だった。砂漠が水を吸っていくように彼女の真紅が俺の身体の隅々まで浸透していく。そのせいか脳内が多幸感や清涼感で満たされて、ぐるぐると思考が回っていく。快楽で頭がどうにかなってしまいそうだ。


「んんあ……あ……」


 新鮮で濃い血液が喉を潤していく。血液が沸騰しているかのように体が熱い。

 同時に体の痛みが消えていく。傷が塞がっていっているのだろう。傷どころか力がみなぎってくるのを感じる。どんな薬よりもこの血液が俺を癒していく。


「ん、あ……んんっ……」


 ある種の万能感に脳を支配していく。まるで、トリップでもしているかのように、とてつもない浮遊感が俺の意識を曖昧にしていく。


「んん、ああっ……んんっ!」


 美味い。今までのどんな人間の血液よりもこの女の血液が美味い。もっと、もっと飲みたい。もっと――


「あ! あ! あ! んんあ!」


 もっと、もっと、もっと――


 と、真近でぶっ壊れる音がした。共にあの幼女の声も聞こえる。


「あ、みーつけたー!」


 そんな可愛らしい声とは逆に、俺たちに鉤爪を剥けるぬいぐるみ。俺はアリスの身体から唇を離すと、そいつに向き直った。


「遅い……」


 俺は自らの傷口から滴った血で線を引き、そこから大鎌を顕現させると、迫りくるぬいぐるみの胴を真っ二つに切り裂く。その真っ二つにした切り口からゴキブリが湧き出てこようとしてくる。が、出てくる前にぬいぐるみを切り刻んでいく。


「なっ……このっ!」


 ミウがぬいぐるみを3体程度差し向けてくるも、同じように切り刻んでいく。ゴミの塊が増えるたびに、彼女の顔は醜く歪んでいく。


「どうして……もう!」

 

 彼女は声を荒げ何十匹というぬいぐるみを同時に召喚。ぬいぐるみたちはポップな笑顔と鈍く光る鉤爪を携え、襲い掛かってきた。


 一筋の雷が地面に落ちた。狂気のまま凶器を振るう凶鬼たちを俺は大鎌で、首を、体を、手や足を切り刻んでいく。


「え、え、え……」


 何十ものゴミの山が積まれていく。全て切り刻み終えると最後は彼女の番だ。俺は稲妻と共に暗闇を切り裂き、後ずさるミウに向かって駆けだした。


「いやぁ……来ないで、来ないでよぉ……!」


 体内の血が意思でも持っているかのように俺の身体を突き動かす。大鎌を構え、彼女の首筋を狙う。この嵐の夜を真紅に染め上げるべく。


「嫌だ。死にたくないよぉ……ううっ」


 すすり泣くミウ。先ほどまでの歪んだ表情の彼女はどこかに消え去り、年相応の顔に顔をくしゃくしゃにしている。大鎌を振りかぶる。


「ふっ!」


 稲妻が再び暗闇を切り裂く。と同時に大鎌が彼女の首を捉える――寸前で大鎌の動きを止めた。


「危なかった……」


 俺は吸血衝動の反作用が溶け、大鎌を止めたのだった。やっぱり、血を吸うと制御が効かなくなってしまうのはよくない。これが味方にまで向かったらシャレにならない。


 首と胴体が繋がっているミウは白目を剥いて倒れた。恐怖のあまり失神してしまったみたいだ。少し可哀想なことをしてしまったが、これを教訓に2度とこんなことをしないでほしいものだ。


「さ、早くうちの傲慢姫を外へ逃がしてやらないとな」

「アンタ……」

「あとは任せて……」


 俺は貧血で朦朧としているアリスの身体を抱き上げた。

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