プロローグ
「俺をイケメンに転生させてくれ!」
「は?」
目の前の女神さまは口をポカーンと開けたまま、固まる。時間でも止まってしまったかのような、おおよそ女神さまとは思えない間抜け面だ。
「もう一度言う。俺をイケメンに転生させてくれ!」
「無理です!」
「即答!? なんで! 俺は死んだんだろう?」
俺は声を荒げる。なぜ拒否するのかが理解できなかった。なぜなら、俺には死ぬ寸前までの記憶があるからだ。
目の前に迫るトラック。その確かに俺は死んで、今、この得体のしれない天国とも地獄とも形容しがたい真っ白な空間にいる。そんな空間で目の前にさも『女神です』感を出した小奇麗な少女が現れれば、おのずと自分が今どういう状況に置かれているのかも見当がつく。のだが……
目の前の女神さまはため息をつくと、俺をまっすぐに見つめた。
「ええっと、高崎雄介さんでしたっけ? 確かにあなたは死亡しましたけど……」
「けど?」
「あなたの道徳ポイントが足りないので、イケメンには転生させることはできません」
「道徳ポイント?」
道徳の授業での内申点だろうか。女神さまって意外と内申点とか気にするのか?
「違います。道徳の内申点とは関係ありません」
「おお! 心の中が読まれてる!」
「女神なんですから、それくらいは造作もないことです。とりあえず、順を追って説明します」
女神さまはまるでお役所仕事の如く気だるそうに手元のファイルに目をやると、欠伸をした口のまま口を開いた。端正な顔が台無しである。
「ええっと、あなたはこれまで様々なものに転生してきました。が、前々前世で悪行に手を染めてしまい、残虐極まりない邪悪な心に染まってしまったため、一度蚊に転生させました」
「蚊って一体何やらかしたんだ。俺は……」
「蚊になった際、仲間の蚊が蜘蛛に襲われているところから助け、少しだけ徳を積んだためアザラシに転生。アホ面で有名になり動物園で子供たちを笑顔にしてさらに徳を積んだので、人間に転生させました。しかし――」
「酷い人生だったと……」
本当に酷い人生だった。こんな誰にも愛されない容姿で生まれ落としておいて、良い人生なんて土台無理な話である。もはや、仕組まれたといっても過言ではない。人間になってもアザラシの時のように見世物になって人を笑顔にすればよかったのだろうか。
チビ、デブ、ハゲの3点セットに加え、とっ散らかった顔面。そして、持ち前のコミュ力のなさでクラスからは浮き、挙動不審な姿からあだ名はキョロ助。
誰とも打ち解けられず、隅っこのほうで石の下にいるミミズのようにじめじめと暮らしていた平凡以下の高校生活。他人と幸せを比べるのはふ
唯一、俺のことをかまってくれた幼馴染は……。
「だからこそ、あなたをイケメンにさせることはできません」
「そんな……どうにかならないのか……」
「ちょっ、近づかないでください……くっさ、息くさいから!」
「え、ああ、ごめん……」
「うっ……オエェ……」
今にもダムが決壊しそうだぞ。女神さま。
というか俺ってそこまで息くさいのか……本気で傷つくぞ。
女神さまからもこんな扱いを受けるなんて……俺の心のダムも決壊しそうだ。
「なんかもう、生きるの嫌になってきたわ……」
「えっ? ちょっと困ります。なんで急に……ノルマが……」
「ノルマ……?」
「いや、というか、もう一度転生できるんですよ! 徳を積みなおせば……」
「だって、どうせ良くて虫とか豚とかハゲタカとかに転生させられて、徳を積みなおしてこいってことでしょう? 仮に人間に転生できたとしても、この容姿じゃ同じことの繰り返し……なんか、もう気が遠くなって……」
たぶん、またアザラシだろうな。今度は動物園から脱走して、子供を泣かしまくってやるからな。
「うーん、確かに、間違ってはいないですけど、でも、虫とか豚じゃないですよ」
「じゃあ、アザラシ?」
「アザラシでもないです……どうしてもイケメンになりたいですか?」
「もちろん!」
「……分かりました。じゃあ、イケメンにします」
「マジで! 俺、イケメンになれるの?」
「オエって、もう近づかないでって、うっ、ううっ……」
「ああ、ごめん……」
ハムスターの如く頬を膨らませる女神さま。もしかしたら、女神さまって意外と大変な仕事なのかもな。
「んんっ……ただし、条件があります」
「条件?」
「あなたには転生先で魔王を抹殺してもらいます」
「魔王ってあの魔王?」
「はい。あの魔王です」
魔王を抹殺するということはさしずめ異世界で勇者になれということだろうか。
「魔王の抹殺をお約束していただけるなら、あなたをイケメンにします」
「それがイケメンの条件か……」
「はい。徳ポイントのローンですね」
「じゃあ、もう一声」
「もう一声って……何がお望みなんですか?」
「高身長。あと、オーラみたいなのが欲しいな。イケメンオーラみたいな」
「……ちなみに、あなたがこのお願いを拒否した場合、転生先はネズミですが、いかがいたしましょうか?」
「……じゃあ、高身長。高身長だけ……」
「……はぁ、分かりました。その条件で転生させます」
「本当か。ありがとう! 女神さまは一生の恩人だ」
「あはは、どうも。って、どさくさに紛れて、握手しないでください! ってか、本当にくさいから!」
俺は蹴り飛ばされる。と、体がふわっと浮く感覚がした。浮いているんじゃない。落ちているんだ。
「落ちてるんですけどー!」
「大丈夫です。転生先では口臭もいい香りがするようにしておきますからー!」
「そんな心配はしてなーい!」
「もちろん、魔王を倒せるような特別なスキルもご用意しておりますから。次の人生を楽しんでいってください!」
「クソー、俺はイケメンになってやるからなー!」
そうして、俺の意識は闇の中に溶けていった。