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ハツカレ。  作者: そめみ
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出会い

 賑やかに人々が行き交う繁華街の真ん中で私は拳を握りしめた。

 西園寺栞、十九歳……というかもうすぐ二十歳。私は一大決心に燃えていた。

 幼稚園から大学までずーっと女子校育ち。しかも大学で知り合った友人に言わせると、私の通っていた学校はベッタベタのお嬢様学校と外部では評判らしい。そんな環境で育ってきたせいで、男の子と関わったことなんてもちろんなくて、年齢=彼氏いない歴を更新し続けている。

 高校生のうちはまだよかった。部活や友達と遊ぶのに明け暮れて、彼氏がいないことなんて気にする必要もなかったから。周りの友達も私と同じようなタイプばかりだったし。

 しかし大学生になって状況は一変した。気づけば、周りは皆彼氏持ち。高校まで同じだった友達にさえ、先月新しい彼氏を紹介された。

 だから決めた。私も彼氏を作って、もうすぐ来る二十歳の誕生日を一緒に祝ってもらうんだって。

 そのためにはまず出会いがなくちゃ始まらない。そう思った私は、人が多い繁華街にやって来たのだ。

 後で親友のうーちゃんに指摘されて知ったのだが、この時私がしようとしていたことは無謀な行為だったらしい。先に言ったとおり、私はこの手のことに疎かったから仕方ないけど、後から考えれば確かに浅はかなことを思いついたものだ。

 繁華街にやって来た目的はただ一つ。いわゆる逆ナンパってやつをやるためだった。

 道行く人たちに視線を走らせる。一人でいる男の人を探す。……なかなか見つからない。友達同士のグループや恋人と歩いている人ばかりだ。考えてみれば、こんなに賑やかなところに一人で来るはずがない。

 諦めかけたその時、ある男の人の後ろ姿が目に入った。

 隣りには誰もいない。颯爽と歩く後ろ姿は、誰かと待ち合わせをしているようでもなさそうだ。

 よし。決めた。あの人に声をかけてみよう。

 私は早足で、その男の人の後ろに近づいた。なるべくさりげなく、ちょっと軽い調子で声をかけるんだ。何回も脳内シュミレーションをして考えてきた誘い文句を思い浮かべる。

 早まる鼓動を押さえつけながら、私は第一声を放った。

「あの!」私の呼びかけに男の人は振り返ってくれた。私はなるべく爽やかに見えるように笑顔を作って言った。「今ヒマ?私と遊びに行かない?」

 言い切った。心臓はばくばくと鳴っている。私はそっと自分が声をかけた人の顔を見上げた。そして、やらかしてしまったと察した。

 眼前に立つ男の人は、テレビに出てくるアイドルみたいにかっこよかったのだ。こんな人が私なんかの相手してくれるわけないよね。私はさっきの誘い文句を撤回しようと口を開いた。

「どこ行く?」

 声を発したのは私ではなかった。ぽかんとしていると彼は続けて言った。

「だからさ、遊びに行くんでしょ?」

 行こう、と言って彼は踵を歩き出した。状況についていけない。動けずにいると、彼が不思議そうな顔で振り返った。

「行かないの?」

 えっと、そうじゃなくて、何ていうか、そもそも……

「いいのっ!?」

「いいよ。暇してたし。てゆうかさ」彼はいたずらっぽく笑って言った。「誘ってきたのそっちじゃん」

 私は思わず、自分の頬を引っ張った。痛い。夢じゃない。すごい。初ナンパ成功しちゃった。

 小走りで彼に追いつく。彼は私が追いつくのを待っててくれた。並ぶと歩調を合わせて歩いてくれて、心臓がばくばく鳴って気絶しそうだった。


 私たちは近くのゲームセンターに入った。

 見た目に反してというか、彼は不器用だった。ムキになってクレーンゲームに熱中している姿は、子供っぽくてかわいかった。結局、十連敗しているのを見て、私は思わず笑ってしまった。

 代わりにやってみてよと挑発された私は、ちょっと緊張しながらレバーを動かした。実はゲームセンターで遊ぶのはこれが初めてだったのだ。

 慎重に操作したおかげか、ビギナーズラックというものなのか、私は一発で最近人気のうさぎのキャラクターのぬいぐるみを手に入れた。

 悔しがる彼にリズムゲームで勝負を挑まれた。これはちょっと難しかった。私たちは二人揃って下手くそで、それがかえって楽しかった。

 少しお腹が空いて、クレープを食べた。それから歩き疲れたのもあって、カラオケに行った。

 男の子とカラオケに来るのなんて初めてだ。どんな歌を歌うんだろう。彼の手元のデンモクを覗いていると、リクエストを聞かれた。迷った末に、私は今ハマっているドラマの主題歌をリクエストしてみた。彼は戸惑うことなくその曲を歌い始めた。

 めちゃくちゃ上手い。

 思わず見惚れていると、私の視線に気づいた彼と目が合った。もう一本のマイクを渡される。恐る恐るハモってみたら、彼は嬉しそうに笑ってくれた。

 すごく楽しい。ずっとこの時間が続けばいいのに。

 だけどあっという間に時間は過ぎて、私たちはカラオケ店を後にした。外はもう真っ暗だった。冬の夜は早い。けどまだ遊べる時間だ。

 というか、彼ともう少し一緒にいたい。

 もちろん彼氏になってもらうという、当初の目的だって忘れてなんかいない。だけどそれ以上に、彼と過ごす時間は楽しくて、もっとずっと続いてほしいと思ったのだ。

「ね、この後はどこに行く?」思った時には、願望が口を突いて出ていた。

 じゃあ、次は……って明るい声が返ってくるものだと思っていた。だけど彼は歯切れ悪く言った。

「あー……今、何時?」

「え?六時前だけど……」

 何だろう。なんか反応悪い。なんだか嫌な予感した。そして私の嫌な予感は見事に的中した。

「ごめん。もう帰らないと」

 うそっ!?まだ六時前だよ!?私なんかした!?

 私は内心パニックになりながらも、鞄からスマートフォンを取り出した。せめて連絡先だけでも聞けたら、また会えるかもしれない。ここでさよならなんかしたくない。

 しかし私の期待は打ち砕かれた。

「ごめん。ケータイ持ってないんだ」

 今どきケータイ持ってないってあり得る?これってもしかして遠回しにうざいって言われてる?楽しいって思ってたのは、私だけなのかな。

 スマートフォンを握り締めて俯く。そうだよね。そんな簡単に上手くいくはずないよね。

 せめて、今日はありがとうくらいは言おう。一緒にいて楽しい時間を過ごさせてもらった。それはまぎれもない事実だから。

「明日って空いてる?」

 唐突に問われて、私は脳内のスケジュール帳を開いた。明日は日曜日。今日ナンパが上手くいかなかったら、明日もチャレンジしてみるつもりだった。だから、

「うん。空いてるけど」

「じゃあ明日、二時に駅前広場ね」

 明日。二時。駅前広場。単語が耳を通過して、思考が追いつかない。

「じゃ、また明日ね」

 そう言って彼は踵を返して歩き始めた。

 これって、つまり明日も会おうってこと!?明日も会えるんだ……!

「あ……待って!」彼が足を止めて振り向いた。連絡先なんかよりもっと大事なことを聞いてない。「私ね、栞っていうの。名前教えて!」

 そうなのだ。楽しくてつい忘れていたけれど、私は彼の名前すらまだ知らなかったのだ。

「リクだよ」彼が名乗る。リクって言うんだ。心音がとくんと跳ねた。

「またね、しおり」

 そう言って笑うと彼は今度こそ、雑踏の中に消えていった。私はしばらくの間そこを動けなかった。まるで夢みたいだ。でも激しく鳴る心臓の鼓動が、夢ではないことを教えてくれていた。

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