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執筆順に読んでいこう!

23:「約束」

作者: 郡山リオ

注意:この作品は完結せず、また取るに足らない作品でもあります。この先を読む方は、それをご了承ください。

 仕事。仕事。仕事……。

 来る日も、来る日も、満員電車に揺られ、押し付けられたガラスの向こうに広がる街を眺めている。

 雨の日も、風の日も、台風でも、雷でも、私には何一つ関係なく、体は職場へと向かって行く。

 結婚をした。娘もできた。幸せだった。

 だから、戸惑っているのだ。この窓を眺めている時に感じるやるせなさは何なのだろうか、と。ふと過るのは、今まで一瞬で過ぎ去って行った出来事のいくつか。

 汝、健康の時も止める時も、富ときも貧しきときも、幸福の時も災いにあう時も、可能な時も困難な時もこれを愛し敬い慰め遣えて共に……。あのとき誓った言葉は、妻に誓った言葉ではなかったのだろうか。家に帰れば、娘は寝ている。顔を合わせれば、妻とは毎日のように喧嘩。私は、なんの為に働いているのか。自分のため? 体と心を酷使して?

 春の風が体に染み、夏の日差しが肌を炙り、秋の気配が体をなまらせ、冬の雪がズボンの裾を湿らす。

 私は、一体何をしているのだ。何のために生まれてきたのだ? 仕事をするため? いや、そんなはずでは……はずではない、だけど……。その答えを見失っているほどに、私は疲れているようだった。

 毎日乗る電車。何年も変わらない景色、異常なほど押し詰められる車内。いつまでたっても、慣れないと 思っていた自分は過去になり、今はそれすら何も感じなくなっている自分が居た。

 当たり前な日常は、テレビのCMのように気がつけば流れ去り、次の番組を心待ちにしている。それも、つまらないどうでも良い番組ではない、心を躍らせワクワクさせてくれる番組を、だ。

 つまらない番組やどうでもいいCMほど、頭には残らず、時間だけがだらだらと過ぎているものだ。入社、結婚、出産、マイホームの購入……。最後に胸を躍らせてくれた番組は、何だったか。

一人、ひっそりとテレビの前で食べるコンビニの弁当。家に帰れば、家族はみな寝静まっている。仕事に行く時も。

 日が昇る前から出かけ、陽が沈み夜が更けてから家へと帰る。顔もほとんどあわせない家族は、他の人から見なくても、もう赤の他人に等しかったのかもしれない。なにか妻の様子がおかしいと感じたときも、私は気がつかぬ振りをして過ごしていたが、ある日妻はそんな私のもとから静かに去っていた。病気だったらしい。私の手元には、娘だけが残った。

 本当に今までがあっと言うまであった。私のなかでは、生まれてから1年も経っていなはずの娘は、もう、幼稚園の卒業式を迎えるのだと言う。

 妻は私に心配させないように距離を取っていたのか、それとも強がりで弱さを見せたくなかったのか。どちらにしても、妻が何を考えていたのは、もう本当のことは分からなかった。

 ふとした、時に娘に聞いていたことがある。

「お母さんに会いたいか?」娘は、困ったような顔をして、答えた。

「あんまり、お母さんのことは覚えていないんだよね」

 今年で、娘は高校を卒業するはずだった。

「それに、あんまり考えないようにしている」とバックミラーに映る娘は、窓の外へと顔を向ける。

 高速からの景色は、もう何時間も変わっていない。私は、まるで今までの私の人生のようだと感じていた。

 料金所を通過して、合流するまでの道は今までの公道と違い、景色に新鮮味があふれている。本線に合流したばかりも同じだ。だけど、そこからはずっと同じ時間が続いて行く。変化が少ない景色にやがては飽きて、何も感じなくなって行く。どこまで遠くに行っても、山や海やビルが変化したり現れ、消えを繰り返すだけだ。

 日の出入りを繰り返し、この世界は回っている。そこで暮らす私たちも、また同じか。

「お腹すいたか?」

「うーん……。うん」娘は、よく何かを考えるように返事をする。

 バックミラーで、そっと娘を確認すると、まだ窓の外をじっと眺め、表情は見えなかった。

 私には、そんな娘が何を考えているのか、分からなかった。


 どこで何を間違えたというのか。

 はっきり間違えを犯したという確信があるわけではない。ただ、もう少しマシな選択肢もあったのではないかと、ふと考えていることに気がつくのだ。

 仕事に人生の全てを費やしてきた。働かざる者食うべからず、ある意味でこの言葉はこの世の本質を捉えている。社会という人のつながりの中で私たちは、恩恵を受ける反面、貢献をしなければならない。働かない、ということは、貢献をしないで恩恵だけを受け取ろうとすることになる。そういう者を、社会は切り捨てようとする。だからといって、私たちは本当に食うべきではない人間なのだろうか。


「……大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。」


 娘は時々発作を起こすようになった。

 妻のときと同じ過ちを犯さないと、できるだけ娘と多くの時間をさくようにした。

 あれだけ必死にしがみついてきた仕事を辞めた。会社は、何事もなかったように営業を続け、あっけなく私は無職になった。

 今まで積み重ねてきたものの脆さはかなさに、私は砂の城のようだと思った。砂浜に作った砂の城は波風にいとも簡単に更地へと戻されてしまう。人の行いの良い悪いにかかわらず、常に世は無常なのだ。

 ……気がつけば、停めた車の中で眠っていたらしい。助手席の後ろのドアが開いて、娘の声が聞こえた。

「おそい」不機嫌そうな声に寝ぼけた頭で返した。

「ごめんな」

 とりあえず、目を覚まそうと、頬を何度か叩き、気合いを入れた。

「よしっ、じゃあ、行くか」

「ご飯食べないの?」

 娘の驚いた声に、私は少し頭を巡らし、答えた。

「あ。ああ」

 娘は、小さく笑っている。まだ元気そうな姿に、私は安心した。



 貯金がそれほどあったわけでもない。日に日にかさむ病院代と交通費に、手元には何も残ってはいなかった。

 一吹きの風が両の掌に握りしめていたものをすべて吹き飛ばしてしまったかのように、手のひらは空となり、そばにいた者たちまでもが私のもとから去って行った。

 あの風は、一体なんだったのだろうか。偶然の重なりが、波となって私の歩みを狂わす。人生とは一片の木の葉のようになんと儚く健気なものか。風に流され、陽に照らされ、地面に落ちて動かなくなれば忘れられてしまう。思い出もまたしかり。過去に生きた人々は記憶から消え、前に進む我々もいずれは消え行く運命にある。私たちの歩むべき道は、どこへ向かっているというのだろうか。


 店員が氷を入れたコップを私の座る席へと置き、注文を訪ねてきた。

「ご注文はお決まりですか?」

「すいません、もう少し……」

「かしこまりました。お決まりになりましたら、お呼びください」

 立ち去る店員。もう少し。もう少し、……。

 手元で広がる、メニューにはおいしそうな料理がたくさん載っていた。私は財布を開き、閉じた。


 もう、余裕は無かった。行き先を考えると、この手が目の前のものに届くようには思えなかった。


 私の中で、娘は確実に、妻に近づいていた。言葉づかい、ふとしたしぐさに、妻の面影を見つけてしまう。そして、気が付く。もう、娘が何を考えているのか私にはわからないのだ、ということを。

おまけ的あとがき3「この作品について」

 この作品は、ハイウェイをもとに書いていることは言わずもがなですが、この先を書くのをやめた作品です。

 この先の内容としましては、父親の中で妻に近づいていく娘は同じような存在「何を考えているのかわからない」へとなっていきます。娘としては、そのようにふるまっていないにしても、そう勝手に思い込んでしまうのです。お互いに言葉が少ないがゆえに、膨らむ想像はよくないほうへよくないほうへ。

 ですが、娘が夜の街を真剣に眺めているときに、懐かしい何かが頭をよぎります。

あれは、ずっと娘が小さなとき。膝で立って窓の外を食い入るように見ている娘のよこでこらこらという妻。二人、後ろの座席で仲良くしているほほえましい光景に、父はいいます。

「可愛いな」

「可愛いですね」

「ずっと、このままだといいな」

そんな父親のことばに、母は笑います。

「ずっと、小さいままだと私が困ります」

そして、父は苦笑。

「ですが、私とあなたはずっと変わらずにいたいですね」

「そうだな」

そして、少しの静寂の後、母は言った。

「たまには、名前も読んでくださいね」

父は、バックミラーで母を見た後に、目をそらします。

お互いに、出会ったばかりのころを思い出し、赤くなる二人。


父は悟ります。そうか、と。わからなくなったのではない。もともと、わかっていなかったのだ。いや、わかっているつもりだったのだ、と。最後に名前を呼んだのは、もう思い出せなかった。

大切にしているつもりだった。だが、お互いに些細なすれ違いをしていたのだ。

母の葬式で、娘がお母さんを探していた。お義母さんからは、白状者と罵られた。

何が残った? いや、何か残るようなことをしていたのか?

すべては手遅れになったときに、そのものの重大さを知る。幸せは、その時には幸せと感じられないのと一緒だ。失ったものではない、せめて、手元にある残ったものを大切にしよう。

「大丈夫か」

「大丈夫だよ、調子も良いし」

娘が発作を出した時の声をしていると父親は気が付くが、触れない。それは、心配させないようにしていると思ったからだ。車を必死に走らせ、向かう先に希望はある。どうか、間に合ってほしいと願いながら今ある幸せを守ろうとする父に娘はつぶやく。

「まだ車からは、降りないから」


という、心強い言葉で締めくくる予定の物語でした。

16年の1月に書き、早9か月。予定は未定といいますが、つまりはそういうことです。

だいたい1週間に一本ペースで短編の作品を書きますが、その大半は途中でやめ、新しいものを作り始めます。これは、ダメになるはずのそのうちの一つでした。ですが、半分くらいまでかきあげてあり、内容として読み返した時に何か思うものがあり、あとがきで強引に付け加え載せるという荒業の元、皆さまの目に触れている次第です。

本当は、一つ一つの作品の完成度を高めたい気持ちはあります。しかし、時間が有限なのも事実。

1つの作品を万全の出来に仕上げる時間があるのなら、同じような荒削りの作品は4作はできます。

ハイウェイに半年かけた時に、色々と思うことがあり、優先順位を決めました。ある程度の品質であれば、過度に修正はしないようにしようと。

ですが、あまりにも中途半端な作品はボツにしています。今回は、その一度は没にした作品を読み直した時に、少し手を加え、読んでもらえたらと思い、ここにあげさせていただきました。

制作の裏側が垣間見れてしまう作品でしたが、作りたかったものがどういうものなのかが伝わっていただければ幸いです。また、どこかでお会いできる日を心よりお待ちしております。(2016.10.27自宅の机にて)


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