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8.解雇

突然、会社に押しかけて来たホスト風の男。

この男が佐知絵の彼氏…?

俊作「やめろッ! オレが話を聞く!!」


俊作が勢いよくダッシュで近づき、男を取り押さえる。


男「離せェ! 何モンだてめぇ!」

男も激しく抵抗する。


俊作「オレが営業の柴田だ!」

男「何ィ…?」


男は抵抗をやめた。


ゆっくりと、男が俊作に振り返る。


しばらく俊作をにらんだ後、男が受付嬢の腕をぱっと離す。

その場に崩れ落ちる受付嬢。半分泣きそうな顔をして、やや荒い息遣いでうずくまっている。


男「てめぇが柴田か」

俊作「そうだ。あんたこそ何者だ?」

男「柴田ァ〜、探したぞォ〜! このイカレキン●マがァ!」


なんて低レベルなボキャブラリーなんだ。

呆れつつも、俊作は平常心を保とうとした。


俊作「待て。名を名乗れって言ってんだよ」

男「名乗る必要はねぇ! 人の女に手ェ出したカス野郎にはな!」

俊作「人の女? 何の話だ?」


なんとなく気付いてはいるが、確認の意味も含めてあえて聞いてみる。


男「羽村佐知絵だよ! オレの彼女だ! てめぇあいつを無理矢理ヤろうとしただろうが!」

やはりその話か。

俊作「おい、冗談はよしてくれ。オレは何もしてないぞ」

男「ふざけんな! あいつはお前に肉体関係を迫られたって言ってんだよ! 酒飲まされて、酔っ払ったところを狙われたってなァ!」

俊作「だから何もしてないって」

男「しただろうが! しかも、お前あいつにしつこくつきまとってるらしいじゃねーか!」


つきまとう?

何だそりゃ。


男「佐知絵はイヤがってたんだ! “態度で示してもわかってくれない”って悩んでたんだ…!」


“態度で示しても”……?

そんなことが今まであっただろうか?


俊作「ちょっと待てよ、彼女はそんな態度を一度も示してないぞ」

男「あーあ、これだから空気の読めないヤツは困るよなぁ! それとなく顔に出してたんだよ。急に態度が変わったとか、心当たりぐらいあんだろ?」


心当たりは……ない。


いや、自分が気付いていないだけなのだろうか。

しかし、仮にそうだとしても、心境の変化に気付かないぐらい佐知絵の愛想はよかった。気付けと言うほうが難しいだろう。


俊作「…いや、心当たりはないな。それよりか、“つきまとう”ってどういう意味だよ?」

男「このボケナスがァ! それをオレに聞いてどうすんだ!? 全部てめぇでやったことだぞ?」

俊作「だからオレは知らねーっつってんだろ。そうやって人を変態扱いするのはやめてくんねぇかな」

男「はぁ〜!? 今更知らぬ存ぜぬで通す気かぁ〜? カッコつけたって自分がやったことは消えないんだぞ〜!」


まるで子供のようなモノの言い方だ。


俊作はため息をついた。


これ以上こんなアホとはつき合えん。


それに、そろそろ事態を収拾しないとまずいだろう。

とにかく相手の目的と要求でも聞いておくか。


俊作「あのさぁ、お前失礼だよ。いきなりやって来てありもしないことばっか言いやがって。そもそも何がしたいわけ?」

男「バァーカ!! クサレ営業マンの、カスの寄せ集めみてぇな脳味噌でもわかんねぇか!? 悪者退治だよ!! 人の女に手ェ出したんだから、罰を受けねぇとなァァ!」

俊作「悪者退治? わからんな。無実の人間をどうやって退治するんだ?」

男「そうやってとぼけてろ。今から洗いざらい全部吐かせてやる。あとは前科者にでも何にでもなりやがれ!」

俊作「いやぁ、時間の無駄だと思うけどな。オレからは何も出てこねぇぜ」

男「うるせぇな! てめぇのような低レベル野郎は黙って罪を認めりゃいいんだよォ!!」



男は右の拳を振り上げ、大股で左足から踏み込んできた。


よく見ると、大股で踏み込んできているために足元がスキだらけである。


俊作は、男の左足が地に着く寸前を狙い、右足で足払いを仕掛けた。


“スパーン!”と音がした。

タイミングはばっちりだ。

見事なまでに転倒するホスト風の男。



俊作「低レベルなのはどっちだ? 公衆の面前でバカみてぇに騒ぎやがって」

男「なんだとぉ……!」

俊作「早く帰れよ。ここは会社だ」

男「てめぇが…てめぇが早く罪を認めりゃ済む話だろうがァ!!」


男は素早く立ち上がり、今度は左手で俊作の胸倉、ネクタイの結び目より少し下辺りをつかんだ。

男「これで転ばされる心配はねぇぜ!」

男は再び右の拳を振り上げた。


…が、次の瞬間、十分に手首のスナップが効いた俊作の左裏拳打ちが男の鼻っツラにヒットした。

男「!?」

俊作のネクタイをつかむ男の力が、一瞬弱まった。

すかさず俊作が、男の左手を捻り、一気に手首の関節をきめた。

男の身体が、左腕を真上に締め上げられたまま、上半身だけが前のめりになる。

男「うっぐあああぁぁぁ…!!」

まるでテレビでやっている警察官の逮捕劇を思わせるような光景である。


俊作「…さぁ、さっさとお引き取り願おうか! オレは何もしちゃいねぇからな! お前の彼女にも伝えとけ。“この柴田は無実だ”ってな!」

男「ふ…ふざけんな…! てめぇこそ、早く認めちまえよ…!」

俊作「まだ言うか!」

俊作は更に力を加えて男の手首を締め上げた。

男「あ…ぐあぁぁぁっ……! いっ、いてぇぇぇッ!!」

男の苦痛も倍増する。


いつしか周りには人だかりができていた。


俊作「オラァ! おとなしく帰るか!?」

男「イ…イヤだ……!」

俊作「しぶてぇ野郎だ」

俊作はもう一段階力を強めようとした。


しかしその時、俊作の視界に、血相を変えて飛び込んでくる者の姿が映った。


会田だった。


会田「柴田ッ! 何をやってんだ! やめろッ!」


俊作と男の中に割って入り、二人を引き離す会田。


俊作「会田さん……!」

会田「お前何やってんだよ!? こんな所で騒ぎを起こすなんて……」

俊作「悪いのはこいつです! いきなり会社へ押しかけて来て、受付の人に乱暴したり、オレを変態扱いしたりするからちょっと懲らしめてやろうとしただけです!」

男「デタラメぬかすんじゃねぇよてめぇぇ!」

いきり立つ男を制し、会田は俊作に向き直った。

会田「柴田、もうちょっと場所考えろよ。こんな人目につくような所で暴れるな」

俊作「こいつが先に殴りかかってきたんですよ! オレは暴れるつもりなんか……」

男「あぁー!? 先に殴ったのはてめーだろうが!!」

会田「わかった! わかったから! とりあえず場所を変えて、落ち着いて話し合おう。オレも立ち会う」



俊作たちは、使用していない来客用の応接室へ移動した。


入室するなり、会田は俊作とホスト風の男を椅子に座らせた。


会田「さぁ、話を聞こうか」


ところが、この話し合いはまったく進展しなかった。


俊作が事情を話す。

男がそれに反論し、机を叩きながら騒ぎ立てる。

そしてその男を、会田が必死になだめる。


ずっとこれの繰り返しなのだ。

これでは話し合いなど成立するはずもない。


このようなやり取りのせいで、30分もの無駄な時間が流れた。

初めは冷静だった会田にも、次第に苛立ちが目立ち始めた。


会田「いい加減、まともな話し合いをしようぜ……」



その時、応接室のドアが開いた。


ドアの影から、ぬっと現れる黒い影。


笹倉だった。


笹倉「状況はどうだ? 警備員からここで話し合っていると聞いたが…」

会田「いやぁ、それがまったく進展しないんですよ。“この男が羽村さんの彼氏”ってことと、“柴田と羽村さんとの間で何かあった”ってことぐらいはわかったんですが……」


あの状況でそれだけ理解できれば十分である。さすがは売れっ子営業マンだ。


笹倉「そうか…」

言うと、笹倉はタバコに火をつけた。

笹倉「柴田、これでわかっただろ?」


笹倉はわざとらしくタバコの煙を俊作に吹き掛けた。


当然ながら咳込む俊作。素早く煙を振り払った。

俊作「な、何がですか…?」

笹倉「こんな騒ぎになったのは誰のせいだ? お前のせいだよなぁ!」

俊作「それは違うって言ってるじゃないですか!」

笹倉「お前のせいなんだよ! まったく、ホントにバカなヤツだなぁ! もう会社にはいられねぇぞォーッ!」


笹倉の目は笑っていた。俊作には“あからさまに他人の不幸を喜んでいる”としか思えなかった。


俊作「課長は、人を精神的に追いつめるのが楽しいですか? 人を追い出すような真似をして面白いですか?」

俊作は、殺気が十分にこもった目で笹倉をにらみつけた。

笹倉「あぁーっ!? 何だそりゃ!? 全てはオレが仕組んだことだってのか!!」

激高した笹倉は思い切り机を叩いた。

笹倉「そうか、てめぇの得意技は“なすりつけ”か! 実にふざけた野郎だ! 根拠もなしに人を悪者にしようとしやがって!」

俊作「“なすりつけ”? 事実そうなんじゃないのか? それに――」

笹倉「うるせぇ! こうなったら今までのことを全部人事に報告してやる! 覚悟しとけ! てめぇは終わりだァ!」


まるで捨てゼリフのような言葉を俊作に投げつけ、笹倉は応接室を飛び出していった。


会田「柴田、あんなこと言って大丈夫なのかよ……?」

俊作「……」




翌日、俊作は解雇を言い渡された。


羽村佐知絵に対するセクハラ行為。

その抗議に現れた佐知絵の彼氏に対する暴力。

勤務態度の悪さ。


以上3点が解雇の理由である。


当然、どれも納得できない内容である。それ以前に、全て事実ではない。


俊作は激しく抗議した。

しかし、人事サイドは既に俊作の味方ではなかった。笹倉のデタラメな報告が通ってしまったのである。


何故だ!


こんな時は藤堂部長に相談すれば何とかなりそうなのだが、バッドタイミングなことに彼は今、出張で不在だ。


何という不運!


もともと社会なんて理不尽なことだらけだとは思っていたが、ここまで理不尽なことが起こってよいものだろうか!?


まったく自分の言い分が通らないなんて!

一方的に会社の要求を呑まねばならないなんて!


おかしい!

どう考えてもおかしすぎる!



“俊作解雇”の報せが響き渡る営業部のオフィス。


伸子「何で!? ウソでしょ!? 何で柴田くんがクビになるの!?」

伸子は憤る。


会田「すまん。今回ばかりは力になれん」

会田は謝ることしかできない。


そして、課長席では笹倉が嘲笑う。

笹倉「柴田…残念だったなぁ」


その瞬間、俊作の体内で“怒り”という感情が爆発した。


笹倉の胸倉を掴み、そのまま壁に体ごと叩きつけた。


会田「柴田ッ!」


俊作「ふざけてんじゃねぇぞ!! 人事にデタラメ吹き込みやがって! そんなにオレが憎いか! 邪魔か! 何を企んでやがる!? 言え! 言ってみろォォッ!!」

笹倉「ぐ……」

笹倉は答えなかった。いや、正確には胸倉を掴む俊作の力が強すぎるために、苦しさでしゃべれないのだ。


会田「柴田、よせ! やめるんだッ!」

会田が必死に俊作を笹倉から引き剥がそうとするが、逆に俊作に突き飛ばされてしまう。


そう悪戦苦闘しているうちに警備員が4〜5人駆けつけ、やっとのことで俊作を引き離し、取り押さえた。


激しく息を切らしながら笹倉が叫ぶ。


笹倉「こっ、このバカをつまみ出せェ!」


笹倉の指示通り、俊作は警備員によって社外へとつまみ出された。


そして、もう二度と会社に出入りすることは許されなかった。



頭が真っ白になる俊作。


今、自分が地面に立っているのかどうか、しっかりと呼吸しているのかどうかさえわからなくなっていた。


――無情だ。


これから、自分はどうしたらいいんだろう……。



気付けば、俊作は代々木公園のベンチに独り、ただただ座っていた。



ある秋の夕暮れだった。

ようやく、作中の時間が第1話の冒頭に戻ってきました!

前置きが長くてすいません!(汗)

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