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7.“罠”?

俊作に退職強要の危機…!

俊作「退職届!?」


笹倉から退職を奨められる俊作。


いや、これは強要だ。


さっきから笹倉と戸川は無理矢理セクハラ行為を認めさせようとしているようにしか思えない。


笹倉「どうした、早く書けよ」

俊作「イヤです。何で書かなきゃいけないんですか」

戸川「柴田さん、あなたこの後に及んでまだそんなことを言うんですか? 事を大きくしたくないから自己都合退職で済まそうとしているのに…。このままだと解雇になりますよ? 破廉恥な行為が公になりますよ? それでもいいんですか?」

笹倉「それに、解雇となると失業保険も出ないぞ。今、ここで責任とって辞めといたほうが賢明だぜ? お前ならわかるはずだ」

俊作「わからん! まったくもってわからん! あんたがたはオレに虚偽の事実を認めろってのか!」

笹倉「柴田……お前はどうしていつもオレの言うことを聞けないんだ? お前のためを思ってるのに…」

戸川「柴田さん、あなたは日頃の勤務態度もあまりよろしくないそうですね。この半年で人事評価も下がるいっぽうだとか」

俊作「それは、この笹倉課長が理不尽な仕打ちをするから……」

笹倉「あぁ?」

笹倉の眉がピクリと動く。

戸川「おやおや、責任転嫁するつもりですか?」

俊作「違うッ!」

笹倉「…まったく、今の若いヤツは、ちょっと厳しくあたるとすぐ“いじめられた”だの“人格を否定された”だの言いやがる。被害者意識が強いっつーか、何ていうか」

俊作「実際にオレがそう感じてんだよ! てゆーか、さっきと言ってることが矛盾してるぞ。オレがいじめだと感じたらいじめじゃないんかい」

戸川「あなたの場合は別です! れっきとした事実なんですよ」

俊作「何だそりゃ!? そんな屁理屈が通じると思ってんのか!」

俊作は、机に鉄槌てっついを思い切り食らわせた。


“ドゴン!”という、机が壊れてしまいそうなぐらいの激しい音が廊下まで響き渡る。


戸川「…責任転嫁の次は威圧ですか。よほどご自分の罪を認めるのがイヤなんですね。これだけ明白なのに」

俊作「もとからオレは無実だ!」

笹倉「まだそんなことを言うのか。そこまで往生際の悪いヤツだとは思わなかったぞ。さっさと罪を認めて、退職届を書けよ。楽になれるぞ」

戸川「そうですよ。我々はあなたの罪を極力最小限に食い止めようと配慮してあげているのです。今、誰にも知られることなく会社を去れば、今後みんなから白い目で見られずに済みますよ」

笹倉「なぁ、悪いことは言わねぇよ。認めちまえって」

笹倉が紙とペンを突きつけてきた。


俊作の中で、何か、堰のようなものがブチッと切れた。


俊作「ふざけんな!」


俊作は笹倉の手にあった紙とペンに向けて逆水平チョップを放った。


紙とペンが勢いよく弾け飛ぶ。


俊作「オレは断固として認めねぇッ!! これは濡れ衣だ! ウソを認めろなんて要求のめるかッ!」


笹倉と戸川は何も言い返さず、そして哀れむような冷たい目で俊作を見ていた。


俊作はそれを気にする様子もなく、スッと椅子から立ち上がるとドアに向かって歩き出した。


笹倉「どこ行くんだ?」

俊作「仕事に戻ります」

先程から一転して、落ち着いた口調で答える俊作。

笹倉「退職届は書いたのか?」


見れば書いていないことぐらいわかるのに。

笹倉は明らかに嫌味を言っている。


俊作「書く気はないと、今言ったはずです」

戸川「後悔することになりますよ?」

俊作「それはこっちのセリフだ。無実の人間に濡れ衣を着せたらどうなるか、一端の法律家ならわかるでしょう」

戸川「……」


俊作と戸川は、数秒の間にらみ合った。


そののち、何も言わずに俊作は退室した。


背中に浴びる、笹倉と戸川の視線がむず痒く、うっとうしい。

早くこれから逃れたいのか、俊作は無意識のうちに速足でエレベーターホールへと向かった。



エレベーターを待ちながら、俊作は会議室であったことを頭の中で整理してみた。


どう考えてもおかしい。セクハラなんて濡れ衣だ。


俊作には、心あたりというものがまったくなかった。


イヤらしい目つきで見られる。

頻繁に食事に誘われる。

無理矢理ホテルに連れ込もうとする。


どれも“こじつけ”だ。

笹倉と戸川、そして被害を訴えている佐知絵は、どうあっても自分を悪者に仕立てあげようとしている気がする。


しかも、あんな“証拠写真”まで用意しているところがまたイヤらしい。


そもそも、どうして写真なんか撮られたのだろう。そこまでして自分を追い詰めたいのか?


まだ納得のいかない部分はある。


何故“笹倉だけ”があの場にいたのか?


佐知絵が所属する、営業法人二課の課長はどうした?

普通、こういった話をする時は両課長が立ち会うべきなのではないだろうか。

それが、何故――。


俊作は、それらの不審な点を踏まえて考察してみた。



――!


まさか……!


一つの推論が、流星の如く俊作の頭の中を横切っていった。



まさか、これは“罠”か?


今の段階ではまだ推測の域を出ないが、笹倉たちが自分を会社から追い出す目的で仕組んだ罠だと考えれば、合点がいく。


罠を仕掛けて退職に追い込もうとするならば、多少無理矢理にでも自分を罪人にしてしまうのが、変な話自然だろう。


もっといえば、現に笹倉は初めから俊作を敵視していた。彼の性格も考えると、追い出したい動機はある。



エレベーターが到着し、ドアが開く。


乗ろうとしたところで、俊作の足が止まる。



階下が何やら騒がしい。


ちなみに、株式会社マグナムコンピュータの自社ビルは、エントランスホールが2階までの吹き抜けになっており、受付嬢が来客に応対している様子が日頃からよく聞き取れる。


しかし、この時は様子がおかしかった。


エントランスホールの異変が気になった俊作は、吹き抜けの近くへ駆け寄り、上から覗いてみることにした。



髪をライトブラウンに染めた、どう見てもホストのような恰好の男が受付嬢に詰め寄り、何か怒鳴りつけているようだ。


中肉中背なホスト風の男と、受付嬢のやり取りに注目する俊作。


受付嬢「し、少々お待ちください! 只今お呼びしておりますので…」

受話器を片手に、受付嬢が必死に男をなだめる。


どうやら、この会社の誰かに用があるらしい。


男「早く呼べよォ!」

今にも噛み付きそうな勢いで怒鳴る男。


受付嬢「……あっ、そうですか、わかりました。失礼します」

受話器を置くと、受付嬢は勇気を振り絞ったような表情でホスト風の男に向き直る。

受付嬢「た…大変申し訳ありません、只今席を外しているとのことです」

男「どこにいんだよ?」

受付嬢「…さぁ……そこまでは……」

男「バカかおめーはァ!? それじゃ話になんねーだろーがァ!!」

男は両手をカウンターに思い切り叩きつけた。“バァン!”という音と共に、受付嬢の身体が縮こまる。


それとタイミングを同じくして、警備員が駆けつけ仲裁に入る。


警備員「あなた何やってるんですか? ちょっと落ち着いてください!」

男「何だてめーは!! 引っ込んでろよ!!」

男が警備員を突き飛ばす。2、3歩後ろによろめく警備員。


男「それよりも、柴田って野郎はまだか!!」



俊作「……え?」



男「どこにいるんだ、営業の柴田ってのはよォ!!」



俊作「…オ…オレ……?」

上でやり取りを見ていた俊作は、一瞬にして凍りついた。


あのホスト風の男が、佐知絵の彼氏……?



男が再び受付嬢に詰め寄る。

男「早く呼んでこい!」

受付嬢「す…すいません……営業の方も所在がわからないそうで……」

恐怖に怯えながらも、受付嬢は懸命に応対する。

男「“わからない”だぁ〜!? オレはそんなことを聞いてんじゃねぇぞォォ!!」

男が受付嬢の腕をつかみ、強引に引っ張った。

受付嬢「あっ……!」

痛さで思わず小さなうめき声が出る。

男「じゃあ、てめぇが捜してこい! 5分以内にだ!」

受付嬢「ちょっと、やめてください…!」

警備員「やめなさいッ!」

警備員が止めに入ろうとするが、今度は男に腹部を蹴られ、そのまま後ろへスリップダウンしてしまった。



まずい!


はっと我に返った俊作。


あの受付嬢が危ない!


しかもあの男は自分に用があるようだ。


“彼氏さんは大変お怒りだそうです。怒りに任せて、いつあなたを襲いに来てもおかしくない状態でしょう”


戸川弁護士の言葉が脳裏をよぎる。


まさか、こんなに早くそれが現実のものになるとは。


俊作「チッ…!」

俊作は小さく舌打ちをした。


とりあえずは、早急にこの場を鎮めなければならない。

俊作は猛然と階段を駆け下りた。



俊作「やめろッ!!」


俊作は、受付嬢を無理矢理カウンターから引きずり出そうとしているホスト風の男に向かって叫んだ。

鉄槌てっついとは?

主に空手で使用する技の一つ。

握り拳の小指側の、肉が厚くなっている部分で敵を攻撃したり、敵の攻撃を防御したりする。



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