64.「マグナム・スパイチーム」
ついに会田たちを撃破した俊作たち。
俊作、ヒナコ、そして秋池の無実は晴れるだろう。とりあえずは安心といった俊作たちだが、ここで藤堂が湊に話しかける。
藤堂「そうれはそうと刑事さん、早く連中の身柄を確保しないと、そのうち息を吹き返して逃げてしまうのでは?」
湊「あぁ、それでしたらご心配なく。もう間もなく応援が到着しますので。あとは我々に任せて、今日のところはお帰り下さい。また明日から事情聴取があるでしょうから、今のうちに体を休めておくといいですよ」
藤堂「そうですか……」
そう言うと、藤堂は部屋の隅でうつむきながら立ち尽くしている佐知絵を見やった。
俊作「どうしたんですか?」
藤堂「いや…今後も会田や羽村さんのような人間がウチの会社で出てくる可能性があるのかな……なんて思ってね」
伸子「ああ…そうですね……」
俊作「万が一今後も似たような手合いが現れたら、早急に事態を収拾させないといけませんね」
純「藤堂さん、それだったら、会社に頼んで社内スパイチームを新しく作ってもらったらどうです?」
藤堂「スパイチーム?」
純「ええ。会社という所は何かとトラブルが起きやすい。迅速に事実関係を調査し、平和的なトラブル解決を目的とした特別チームです。決して表向きにはできませんが、これからの会社とって必要不可欠なチームになるかと」
藤堂「なるほど。鳴海くん、それは名案だね」
伸子「それならあたしやりたいです。今回みたいに、理不尽な圧力に苦しんでる人をもっと助けたいですし」
藤堂「そうか、ありがとう。ところで柴田、お前はどうするんだ?」
俊作「え? “どうするんだ?”って、どういうことです?」
藤堂「無実が晴れる可能性は高いんだ。お前はほぼ間違いなく会社に戻れるぞ」
俊作「藤堂さん、それってまさか……」
藤堂「そうだ。お前もスパイチームに加わるんだよ。月曜の朝イチでお前の復帰と、お前と高根さんをメンバーに含んだ社内スパイチーム新設を会社に頼もうと思う」
俊作「……」
純「おいおい、いい話じゃん。やれよ、社内スパイ。お前は探偵に向いてるぜ」
俊作「……わかりました。やります。会社にかけ合う際は、オレもご一緒させてください」
藤堂「おう、いいぞ」
純「あの、藤堂さん、オレもご一緒してもいいですか?」
純が、申し訳なさそうに申し出る。
俊作「お前も?」
藤堂「何か理由でもあるのか?」
純「ええ。本音を言うと、マグナムコンピュータと業務提携ってことで、スパイメンバーの研修やアドバイスなどを行いたいな……と考えておりまして」
藤堂「なるほどな……」
創「ヘッ、実際は今のままじゃ食っていけないからだろ?」
純「ロッキー! 虚偽の事実を言うな!」
創「何が虚偽の事実だ! お前半分ウチの店のスタッフみてーなもんじゃねーか! 本業での仕事が少ない証拠だろ!」
藤堂「はっはっはっ。そういう事情なら構わんよ。今回はキミたちにも助けられた。大いにウチをビジネスパートナーとして利用してくれ」
純「マジすか! ありがとうございます!」
純は、深々と頭を下げた。
創「“キミたち”ってことは、オレも入ってんすか?」
藤堂「ああ。もちろんだ」
創「あっ、ありがとうございます!」
創も、深々と頭を下げた。
俊作「――さて、そろそろ帰るか」
こうして、会田や戸川、佐知絵に黒野、その他ロック・ボトムのメンバーは警察に逮捕された。これを受けた会社側は、後に会田と佐知絵に、当然ながら懲戒解雇を言い渡した。
金の受け渡し役を引き受けた前岡は、依願退職という形になった。
笹倉は、一命はとりとめたものの、腰の骨を粉砕骨折しているうえに脊髄を損傷している可能性もあるため、再び歩けるようになるのは相当難しいとのことだった。とりあえずは会社を辞めて静養に努めるらしい。
踏み込みの際に負傷し、頭部から出血した佐藤刑事は、応援部隊が到着してすぐに病院へ運ばれ、現在は順調に回復している。
週明けの月曜日、手短に朝礼を終えた藤堂営業部長は社内スパイチーム新設を願い出るため、俊作、純、創、そして伸子を伴って社長室を訪ねた。
今回の事件と社内スパイの必要性を熱心に説く俊作たち。
社長の木暮も、身を乗り出して俊作たちの話を食い入るように聞いている。
約2時間に及ぶ説得の結果、社長は社内スパイチーム新設を了承するのだった。それに伴い、俊作の無実も認められた。徹底した調査活動の賜物といっても過言ではないだろう。
チーム新設プロジェクトは藤堂が責任者に任命され、木暮社長と極秘協議のもと、たった2日で発足までこぎつけた。
現時点での正式決定事項は次の通りである。
●チーム名「マグナム・スパイチーム」。
●このチームは人事部が統括するものとする。
●このチームは秘密裏に作られたものであり、決して公にしてはならない。したがって、普段は通常業務を行うものとする。
●このチームは、株式会社 マグナムコンピュータの全社員に関わるトラブルを迅速に調査し、事実関係を明らかにしたうえで平和的に解決することを目的とする。
●提携パートナーとして、ホットスパイス・エージェンシー代表の鳴海純氏がアドバイスや研修等を適宜行うものとする。
●同じく提携パートナーとして、リサイクル&バラエティーグッズ・ロッキー店長の黒木創氏に業務用ツールの提供を依頼するものとする。
●同じく提携パートナーとして、ハワイアン・クリーン株式会社の従業員を派遣調査スタッフとして配置するものとする。
●鳴海氏においては、ハワイアン・クリーン株式会社の従業員と共に派遣調査スタッフとして週に3日程度の調査業務を行うものとする(ただし、当社でトラブルが発生した場合や別件で調査依頼があった時はこの限りではない)。
●基本的に業務の範囲は社内に限られるが、鳴海氏または黒木氏からの調査依頼があった場合は、この限りではない。
●社内チームメンバーは以下の通りである。
チームリーダー:藤堂 謙三(※1)
チームメンバー:柴田 俊作(※2),高根 伸子(※3),米本 幹夫
※1:営業部部長の任を解き、新たに人事部部長を命ずるものとする。
※2:営業部法人営業一課付ではなく、人事部付として復帰させるものとする。
※3:営業部法人営業一課付の任を解き、人事部付を命ずるものとする。
ちなみに、復帰後も部長のポストが約束されていたはずの大成だったが、「間違いを犯した人間が部長職に就く資格はない」として、自ら人事部長としての復帰を拒否したのであった。
――そして、事件から半月が過ぎた。
この3日ほど前から会社に復帰した俊作は、新しい仕事を覚えるのに必死だった。
その日の昼休み、俊作は伸子や米本と共に会社近くの定食屋で昼食をとりつつ、詰め込み作業のような業務説明から一時的に解放されていた。
俊作「――いやぁ、人事も大変なんだな」
伸子「ホント。覚えることが山ほどあるんだもん」
米本「何言ってんだよ。これぐらいで音を上げるんじゃないっつーの」
伸子「だけどさぁ、柴ちゃんが会社に戻って来れてホントによかったよね」
米本「そうだな。オレも安心したよ」
俊作「オレもさぁ、自分の無実を証明できてよかったと思ってるよ。一時はどうなることかと」
米本「柴田、お前相当激しい立ち回りを悪党相手にやらかしたらしいじゃん」
俊作「え?」
伸子「いや、柴ちゃんすごく強かったよ! 相手なんか手も足も出なかったんだから」
米本「そうなの? オレも見たかったな」
俊作「やめてくれ。恥ずかしい」
俊作が、恥ずかしそうに玄米茶を口に流し込む。
伸子「あ、そうそう。昨夜ヒナコさんから電話があったの。お店再開したんだって!」
俊作「おっ、マジか? じゃあ、マスターのケガも完治したってことだな。今度行ってみるか。秋池については何か言ってたか?」
伸子「言ってた。来月にもクラブを再開できるって。ヒナコさんの声、すっごく嬉しそうだったよ」
俊作「そうか……」
俊作はそれを聞いて、自然と微笑んでいた。
米本「何笑ってんだ?」
俊作「いや…別に」
伸子「“もしかしたらヒナコさんは秋池って人が好きなのかも”って思ってたでしょ?」
俊作「えっ? 何でわかったの?」
俊作は目を丸くした。
伸子「あたしも同じこと思ってたからよ。その後30分ぐらい秋池って人の話をしてたもん」
俊作「なるほど、そうだったのか」
米本「ふーん…彼女がねぇ…」
その時、俊作の携帯電話が鳴る。
純からだ。
俊作「どうした?」
純『お前、今から代々木公園に来れるか?』
純の声がせわしなさそうだ。何かあったのだろうか。
俊作「代々木公園? どうかしたのか?」
純『犬山さんトコの猫がまた逃げ出したんだよ! 前みたいに代々木公園で散歩中にな!』
俊作「また? じゃあ、前みたいにたこ焼きでおびき寄せればいいんじゃねぇ?」
純『それが、そのたこ焼き屋がなくなってるんだよ! だから今、エサがなくて困ってて……』
ものすごい必死なのが電話口からでもわかる。恐らく純は、電話の向こうで眉間にシワを寄せ、鼻の穴を少しだけ広げていることだろう。
俊作「ホントか? そりゃ困ったな」
純『頼む! ちょっと手ェ貸してくれ! 早く猫を捕まえないと、今日の夕方6時半からお前の会社でやる探偵の講習会ができなくなるかもしれん!』
俊作「あ……そりゃ大変だ。よし、今すぐ行くから待ってろ!」
電話を切った俊作は、再び玄米茶を口に流し込んだ。
この日注文した日替わり定食も、もうすぐ食べ終わる。早くかき込もう。
伸子「どうしたの?」
俊作「純が、“今すぐ代々木公園まで来てくれ”ってさ」
米本「代々木公園?」
俊作「あいつん家のご近所さんが飼ってる猫が代々木公園を散歩中に逃げ出したらしく、それを一緒に捕まえて欲しいんだって」
米本「へぇ…探偵ってそんな仕事も請け負うんだ」
俊作「早く行かねーと、今日6時半からの講習会がなくなるかもしんねぇ」
伸子「あっ! それは大変だわ! 柴ちゃん急がないと!」
俊作「ああ」
食事を終えた俊作は、伸子と米本を定食屋に残し、自分は先に代々木公園へ直行することにした。
食べたばかりなので、思い切り走ることはできない。だが、早歩きで代々木公園を目指す。
左手に渋谷区役所が見えてきた。代々木公園は目と鼻の先だ。
ここで俊作は、ふと空を見上げた。特に理由はない。なんとなく空を見上げた。
季節は晩秋。明らかに空気が冷たくなってきている。
冬の足音がすぐそこまで聞こえてきているような、そんな気がした。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます!
制作当初は30話程度で終わらせる予定だったため、話が無駄に長くなって申し訳なく思っております。物語を作るのは奥深く、一筋縄にはいきませんね(笑)
まだまだ至らない部分も多々ありますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。