63.牙城崩壊
ついに俊作と会田の一騎打ちが始まる……!
会田「オレのバカさ加減だと? じゃあオレはその言葉をそっくり返してやろうか!」
会田は不敵に笑い、上着を脱ぎ捨てた。
俊作「前置きはいいからとっととかかってこい。オレを殺すんだろ?」
会田「死ぬ前に遺言を残すチャンスを与えただけだ」
会田が、ゆっくりと俊作の方へ歩いていく。
俊作も身構える。
右構えのため、左手が前になる。両手の高さはアゴのやや下辺り。打撃・関節・投げ・武器のあらゆる攻撃に対処するにはこの構えが最適だという俊作独自の判断である。
俊作「……」
俊作まであと約2mの所まで来て、会田が立ち止まる。
会田「フフン……それがお前の構えか」
会田は両腕を真上に上げたかと思うと、それをまっすぐこめかみの辺りまで下げてきた。そしてアゴを引き上目遣いでこちらを睨む。
俊作「むっ」
この構えは――!
会田「シッ」
会田がジャブを放つ。
不覚にも俊作の鼻にヒット。
立て続けにジャブを放つ会田。あろうことか全弾ヒットしてしまう。
俊作「ちっ」
やむなくバックステップで距離をとろうとする俊作。
しかし、右ストレートで追撃をしかける会田!
左腕で、自分の体の内側に向かうようにして受け流す俊作。これぞ空手の受け技「内受け」である(※流派によっては「外受け」と呼ぶ場合もある)。
会田の猛追! 次は左フックだ!
ダッキング(屈んでよけること)でこれをかわす俊作。
更に会田は右ミドルキックを放つ!
俊作「おっと!」
スウェーでこれも見事によける。
そして再び構え直す俊作。
俊作「……キックボクシングか」
会田「そうだ。オレも格闘技をやってたんだよ。昔な」
俊作「今はやってねーのか」
会田「幸か不幸か、“仕事”が忙しいもんでね。なかなかトレーニングできないのさ」
俊作「なるほど、そういうことか」
会田「だからオレは簡単には倒せないってことだ!」
俊作「…たいした自信だ」
今度は俊作から攻撃を仕掛ける。
左順突き(左ジャブ。「追突き」ともいう)を数発放つ。バックステップで後ろへよける会田。
続けて俊作が右上段逆突きを放つが、またもバックステップでよけられる。しかも、よける際に左太ももに右ローキックを食らってしまう。
俊作の死角に回り込もうとする会田。しかしその作戦、俊作は既に読んでいる。左下段回し蹴り(左ローキック)で牽制しつつ、会田を自分の死角へ行かせないようにする。
そこへ、会田の右フック。俊作の頬にヒット!
続けて左アッパー。これもヒット!
伸子「柴ちゃん!」
俊作が、少し後ろへのけぞる。
俊作「やべぇ、二つももらっちまった……」
会田「やっぱりお前も空手家だったようだな。空手家は顔面へのパンチ攻撃に弱いって話はホントだったか」
俊作「フン、たいしたダメージじゃねぇ」
会田「強がるな。弱点を見つけた以上、オレの勝ちは決定した!」
会田が更に突進してきた。
左ジャブ6連発!
右ストレート!
左フック!
右ミドルキック!
なんと、上記全ての攻撃を俊作は食らってしまった!
会田「…フフフ……だから強がるなと言っただろう」
俊作「…そんなもんか? えぇ!? 会田さんよォ!!」
俊作の右中段回し蹴り(右ミドルキック)!
会田、難なくこれを左腕でガード。しかし、衝撃が体内にまで響く。
会田「おぉ~……痛い痛い。こんなのまともに食らったら……」
俊作の右下段回し蹴り! これはクリティカルヒット!
会田「うぐ……」
俊作「無駄話してる暇はねーんだよ。ボケが」
会田「うるせぇ!」
会田の右フック!
俊作の右下段回し蹴り!
両者相打ちだ!
再度、会田が右フック!
俊作がそれに右下段回し蹴りで合わせる!
再び相打ちだ!
しかし、今度は俊作が左中段回し蹴りを繋ぐ!
会田「ぬおっ」
身体をくねらせ、衝撃を逃がす会田。
すかさず左ジャブで反撃する会田。スウェーでかわす俊作。
続けて右ストレートを打つ会田。あてられるものの、スウェーで威力を逃がす俊作。
会田の左フック。これはダッキングでかわす俊作。
そして会田の右ミドルキック。
ここで再び俊作の目がカッと見開く。
会田「!!」
俊作は、会田の蹴り足を掴んだ!
会田「ぐ……!」
俊作「バカが。おめー攻撃がワンパターンなんだよ」
会田「はっ…離せ……」
俊作は、床についている会田の左足に自分の右足を引っかけて、会田を思い切り床に転倒させた。
「ドンッ」という、重い塊のような音が鳴り響く。
会田「うぐっ」
どうやら後頭部を打ったようだ。一瞬だけ、会田の意識がとんだ。
しかし、本当に一瞬だけだった。
次の瞬間には俊作の追撃に気づいていたのだ。
慌てて、仰向けに寝た状態から俊作に向けて両足をバタつかせる会田。ちょうど、総合格闘技の試合でグラウンド状態の選手がスタンディングの選手を蹴るという場面をイメージしたのだろう。
俊作「何やってんだ、早く立てよ」
どうやら俊作にはふざけているようにしか見えなかったようだ。
会田「くっ…」
俊作「オレはてめーと遊ぶ気はねーんだ。せっかくてめーの闘いやすいように立ち回ってやってんだから、もっとビシッと動いたらどうなんだ」
会田「何だと!」
会田はしゃがんだまま蹴りをくり出した! 格闘ゲームでよくみる「しゃがみキック」だ。
しかし、俊作はこれをバックジャンプでかわす。
俊作「ゲームじゃあるまいし、そんな蹴り、あたってもきかねーぞ」
会田「し…柴田ァ……柴田ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
会田、怒りのオーバーハンドフック!
しかし、俊作のスウェーにより空を切る!
会田「しィィィィばァァァァァたァァァァァァァ!!!」
今度は左のロングフックを放つ会田。
しかし、これも俊作のダッキングにより空を切る。
会田「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉああああ!!」
会田の右ストレート! 俊作の顔面を捉えた!
俊作「きかねーよ!」
俊作が左のショートフックを返す。アゴ先にヒット!
すかさず、俊作が右中段回し蹴りを見舞う!
俊作「――!」
なんと、今度は俊作が蹴り足を掴まれた!
会田「へっへっへ…! どうだ! てめーから学習したヤツだぜ! オレの勝ちだぁ!!」
俊作「…そんなの予測済みだよバーカ!」
会田「何?」
俊作は、右足を掴まれた状態のまま会田に向かってジャンプした!
会田「!?」
会田に飛びつく気なのか、俊作は?
俊作「うらぁ!」
なんと、俊作は会田に飛びつくのと同時に右のヒジ打ちを会田の額を目がけて放ったのだ!
「ガツッ!」という、鈍いけれども抜けの良い音が響く。
会田「うがぁぁぁっ!」
両手で額を押さえ、その場にしゃがみ込む会田。その両手から、血が滴り落ちていくのがわかる。
俊作「固定観念に囚われ過ぎだ。“顔面へのパンチが苦手だ”なんてエラそうなことぬかしやがって。確かにオレは長いこと空手やってるけどな、キックやムエタイの技術だって学習してんだよ。顔面へのパンチだって苦手じゃねーし、蹴り足を掴まれた時の対処法だって知ってる」
会田「……」
俊作「ハッキリとわかったぜ。てめぇ、基本的なことしか習ってねーな?」
会田「黙れ!」
会田が右ストレートを放つ!
しかし、俊作も会田の拳を目がけて右の逆突きを放つ!
「ドゴッ!」
かち合う拳と拳。しかし……
会田「ぐあああぁぁぁぁ…!!」
拳を押さえ、悲鳴をあげたのは会田だった。
俊作「ほらな。拳だって十分に鍛えてねぇ。これじゃ強えーパンチは打てねぇ。現に、てめーのパンチはさっきから全然きいてねーぜ」
会田「何ィ…!」
俊作が更にラッシュをかける!
左順突き!
右上段逆突き!
左下突き(左ボディーアッパー)!
右上段回し蹴り(右ハイキック)!
全ての攻撃が会田にヒット!
会田は伸子の約1メートル前までふっ飛ばされた!
俊作「…最初はてめーのマネでもしてやろうかと思ったけど、なんか同じ穴のムジナみてーでイヤだから自分なりにアレンジ加えちまった」
会田「ぐ……」
会田は起き上がろうとして、ふと動くのをやめた。
――目の前に伸子がいる。
会田「は……」
伸子「え…? なに……?」
会田「へっへっへ……!」
俊作「? 何だ?」
俊作が会田の意図に気づいた時はもう遅かった。
会田が、伸子を腕で抱え込むように捕まえ、そのうえバタフライナイフを突きつけたのだ!
万が一のために、レザーパンツのポケットにバタフライナイフを忍ばせておいたらしい。
伸子「あっ、会田さん! 何をするの!?」
湊「会田!」
俊作「クソッタレめ…! 何考えてんだこのバカタレ!」
会田「ふはははははは!!!! 動くなよ柴田! 動いたらこの女を殺すぞぉ!」
藤堂「何だと!? 正気か会田!」
湊「おい! 何を考えてんだ!」
伸子「やめて会田さん! バカなマネはやめて!」
会田「バカなマネだとぉ!? お前らの存在がオレにこんな行動をとらせたんだろうがぁ!!」
伸子「え? 何言ってるの!?」
会田「オレは何も悪くねぇぇぇぇー!! 悪いのはオ・マ・エ・ラだぁー!!」
湊「くそ……」
「これは迂闊に手出しできない」と湊は思った。今の会田は完全に気が狂っていた。喜怒哀楽が判別できない表情のまま、時より奇声を発し、伸子を引きずり回しつつ、バタフライナイフを四方八方に向けていた。下手に飛び込めば伸子の命にも関わる。
創「おいおい、とうとう会田の野郎が発狂しやがったぞ」
敵を全て倒した純と創は、俊作の闘いを見届けていた。
純「ありゃあ、説得しても効果はなさそうだな」
創「ちょっとマズイかな……」
伸子「いい加減離して! こんなことしたってもう柴ちゃんには勝てないのよ!?」
会田「柴ちゃん? どうしてそんな親しげに呼ぶの?」
伸子「は!? 親しくしちゃいけないの!?」
会田「ダメに決まってんだろぉぉぉ! オレという先輩がいるのにィィィィ! 金あるよぉ? 贅沢させてあげるよ?」
伸子「いらない!」
会田「なんでぇ? どうしてよぉ?」
伸子「お金は自分で働いて稼ぎます!」
会田「お前…………………………先輩の好意を踏みにじろうってのかよォォォォォォッォォォォォッ!!!」
ついに、会田のバタフライナイフが伸子の喉元にまで迫る!
俊作「気持ち悪りーから離れろってんだよ!」
ナイフを突き立てた会田の手がピタリと止まる。
会田「……あ?」
俊作「さっきから見てりゃ何だ? 見苦しいぞ! 何で堂々とかかってこねぇ?」
会田「柴田ぁ、いいところなんだ。邪魔するなよ」
俊作「会田、一つ忠告しとくぞ。お前に彼女は殺せねぇ」
会田「あ? 殺せないわけないだろうが」
俊作「ぜってー無理だ。例えてめーが今そのナイフを突き刺したとしても、のぶちゃんは死なねぇ」
会田「どういうことだ!」
俊作「てめーに殺せる器じゃねーんだよ、その高根伸子って女は」
会田「わけわかんねーこと言うんじゃねぇ!」
俊作「“殺す”って言葉は、てめーのような社会の脱落者がそう軽々しく言える言葉じゃねーってことだ!!」
会田「オレが……脱落者だぁ?」
俊作「そうだろうが! てめーは“エクストラ・マジシャン”を作ったことで自ら悪魔に魂を売っちまった。その時点でもう脱落してたんだ!」
会田「違う……オレは神だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俊作は、会田のナイフが伸子の顔から離れていくのを目で追うと、伸子に目配せをした。
俊作「のぶちゃん、今だ!」
叫びながら、俊作は右足を激しく踏み鳴らした。
伸子が力強く頷く。
俊作の言いたいことが瞬時にわかったようだ。
大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
伸子「えいっ!」
伸子は、右足の踵で会田の右足、しかも小指の辺りを思い切り踏みつけた。
会田「ひぃぎぃゃぁぁぁあああああ!!!!」
黒野よりも騒々しい断末魔の悲鳴をあげる会田。
伸子の履いているパンプスはヒールが付いている。しかも踏まれたのは小指だ。相当に痛いはず。
俊作「のぶちゃん、今すぐそこをどくんだ!」
伸子が脱兎の如く会田から離れる。
会田「あっ!? 何故逃げる! 待て!」
俊作「待つのはてめーだぁ!!」
会田「!!」
――会田の目の前に、こちらへ突進してくる俊作が見える。
次の瞬間、その俊作が華麗に舞い上がった。
「ゴッ」
柴田俊作、渾身の真空飛びヒザ蹴り!
見事、会田修の眉間に命中!
2mほどふっ飛ばされたところで、会田は大の字になって倒れた。既に気を失っているようだった。
純「…やばい、あいつカッコよすぎる」
俊作「ふぅ…。とりあえずは静かになったか。湊さん、片付きましたよ。全員殺してません」
湊「よし。よくやったぞ柴田」
伸子「柴ちゃん、やったの?」
俊作「あぁ。もう大丈夫だ」
伸子「やったぁ!」
伸子が、喜びのあまり俊作に飛びついた。
俊作「おいっ! 何だよ!」
伸子「だって怖かったんだもん! ナイフ突きつけられたのよ?」
俊作「そうだな。でも、まだ自由になってない人がいるそ」
伸子「え?」
俊作が、椅子に座らされ、縄で縛られているヒナコを指差した。
当の本人は伸子を見て微笑んでいる。もちろん本気で怒っているわけではないのだが。
伸子「……あ(汗)」
俊作「早く解放してやらないと」
俊作に促され、伸子は急いでヒナコに巻きつけられた縄をほどいた。
伸子「ご、ごめんなさいヒナコさん、助けるのが遅くなっちゃって」
ヒナコ「いいのよ伸子さん。ひとまず、真実がわかってよかったわ」
湊「そうだな。これで柴田の無実だけじゃなくて、キミの無実も晴れるだろうからな」
ヒナコ「ええ。とりあえずは安心しました。あとは秋池さんのケガの具合が……」
湊「あぁ、彼なら心配ない。今は病院で手当てを受けてるから」
純「そーいや湊さん、今回の事件のために、秋池まで濡れ衣を着せられたんですよね」
湊「そうだったな。でも、これで彼のクラブも営業を再開させることができるだろうよ」
純「そうですね。そしたらオレ、遊びに行ってみようかな」
ヒナコ「それなら、兄の退院を待ってから、みんなで行きましょう! お祝いも兼ねて」
創「そうだな! それがいい!」
湊「しかし、今回の事件は柴田たちの活躍がなかったら解決できなかった。礼を言うよ」
俊作「いやいや、オレの方こそ、湊さんがいなかったらたぶん行き詰まってましたよ」
純「お前、オレには感謝しねーのかよ?」
俊作「い、いや、もちろん感謝してるよ。お前がいなかったら何もできなかっただろうしな」
創「オレは? いっぱい情報屋動かしたぜ?」
俊作「お、おう。助かったぜロッキー」
純「よし…」
創「じゃあ…」
俊作「まさか…」
純&創「今夜は俊作のおごりで飲みに行くぞーっ!」
俊作「待て待て待て! オレが全員分か? そんな金ねーって!」
創「だって、ビジネスは“ギブアンドテイク”だろ?」
俊作「……」
俊作は何も言い返せなかった。
伸子「大丈夫よ柴ちゃん、あたしがちょっと援助してあげるから」
純と創に聞こえぬよう、伸子が俊作の耳元で囁いた。
俊作「え? いいよ。オレが何とかするから」
伸子「人の好意は素直に甘えときなさい。ね?」
伸子はニコリと微笑み、俊作の肩を軽く叩く。
俊作「……おう。サンキュー」
俊作も、笑顔でそれに応える。
敵将、討ちとったり!