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58.好意と魔術師

石原の口から、意外な人物の名前が飛び出た。


伸子「あ、会田さん!?」

石原「たぶん。あくまでオレ個人の推測だけどね」

伸子「どうしてそう思うんですか?」

石原「あいつが“メールのせいで高根さんが気持ち悪がってるから接近しないほうがいい”とか“これ以上はい辛いだろう”って言ったんだ」

俊作「それだけですか?」

石原「他にも思い当たるふしはあります。もともとあいつと私は同期だったんですが、以前同期同士で飲んだ時、恋愛の話題になったことがあったんですね。そこでポロっと私が高根さんに好意を持っていると話してしまいまして。その時は“じゃあオレが相談にのってやる!”なんて力強いことを言ってくれたんですが……」

伸子「会田さん、力になってくれなかったんですか?」

石原「それが、会田は“自分が恋の手助けをしてやってるんだ”っていうような恩着せがましい態度を示すようになって…。“もっと話しかけなきゃダメだ”とか“メシに誘え”などと、いちいち指図してきて。だけど、いざオレが仕事の合間にコミュニケーションをとろうとすると、“露骨に話しかけて仕事の邪魔をするな”って釘を刺すし、メシに誘おうとすると、“オレが彼女の都合を聞いてやるから勝手に動くな”って言うし。なんか面倒臭いでしょ?」

伸子「何なの、それ……」

俊作「のぶちゃん、会田さんから“石原さんがキミとメシに行きたがってるよ”って言われたことある?」

伸子「いやぁ、あったかな……」

俊作「つーか、のぶちゃんって前から会田さんと関わりがあったんだ?」

伸子「うん。会田さんと前岡さんって総務部の先輩とかと何度か飲みに行ったことあったから」

俊作「知らなかった……」

石原「え? そうなの? 会田や前岡とかと飲みに行ってたの?」

伸子「はい。誘われたので。そういえば石原さんは前岡さんとも同期なんですよね?」

石原「そうだけど…。会田のヤツ、オレには“露骨に好意を示すな”とか言ってたくせに。自分だけ仲良くなるなんて汚いぞ!」

俊作「…もしかしたら、会田さんってのぶちゃんに気があったんじゃないか?」

伸子「まさか!」

俊作「だってよ、グループとはいえ石原さんに黙って飲みに誘ったりしてるだろ? 石原さんがのぶちゃんを好きなの知ってて、しかも手助けしてる立場の人間がそんなことすると思うか? ホントに応援してるんだったらできねーぞ」

伸子「そうだけど、じゃあ何でそんなことを……?」

俊作「おそらく、石原さんが邪魔だったんだ。だから石原さんを悪者に仕立て上げて排除することで、表向きは“頼れる先輩”をアピールしたかったんだろう。のぶちゃん自身も何か思い当たることがあるはずだ」

伸子「……石原さんが会社を辞めたちょっと後に当時つき合ってた彼氏と別れたんだけど、その時はよくご飯に誘われてた。でも、うまく予定があわなくて実現しかなったけど」

俊作「ほら、やっぱり! あの人のぶちゃんにアプローチするチャンスをうかがってたんだよ!」

石原「会田のヤツ…!」

石原は唸った。

伸子「だけど、それと会田さんが“エクストラ・マジシャン”を使ったこととは関係ないんじゃ……」

俊作「いや、ないとも言い切れない」

伸子「え?」


俊作は、バッグから1枚の紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。

岩殿が持ってきたサークルの連絡網をコピーしたものだ。


俊作「このリストをよーく見てみな」

伸子は、連絡網をまじまじと見つめた。

伸子「“IT研究会 連絡網”…? …あっ、会田さん! それに戸川って弁護士も…!」


そう、前回(第57話)で俊作が目にした人物とは、何を隠そう会田のことだった。会田と戸川は同じ大学の同級生だったのだ。


俊作「この“IT研究会”ってのは、いわばパソコンオタクの集まりらしい。そのサークルにいる人間なら、アンダーグラウンドなソフトの存在も知ってるだろう。会田さんも戸川って弁護士もそこのメンバーだった。それだったら、“エクストラ・マジシャン”を知っててもおかしくない。もしかしたら、この2人のうちのどっちかがソフトを作ったのかもな」

伸子「……あっ!」

俊作「どうした?」

伸子「音無商事とフェニックス・エンターテイメントを調べたの! ちょっとこれを見てくれる?」

伸子も、バッグの中からA4サイズの用紙を2枚取り出し、俊作に渡した。

俊作「こ、これは……!」

伸子「音無商事、フェニックス・エンターテイメント、どっちも会田さんの担当顧客なの。それに、音無商事の面会者は石上三年さんで、フェニックス・エンターテイメントは桶田吹男さん。最近“エクストラ・マジシャン”絡みで警察に捕まった人たちよ。そして、柴ちゃんのテリトリーは丸ごと会田さんに引き継いだから、白鷺堂も会田さんの担当になるでしょ? 思い切り怪しいよね…」

俊作「ああ…」

石原「高根さん、それ、何の話?」

伸子「最近、“エクストラ・マジシャン”絡みの事件が3件ほど起きて、犯人がみんなウチの顧客だったんです。しかも担当は会田さんで……」

石原「そんな……何てことだ! またあのソフトの被害者が出てしまったのか!」

伸子「はい……」

石原「許せん……」

俊作「ですが石原さん、あなたの読みは間違いではなかったことがこれで証明されましたね。会田さんは怪しいと思います。ここは我々に任せてください。石原さんの無実を晴らすためにも、絶対犯人を叩き潰してやりますよ」

伸子「キミの無実もでしょ、柴ちゃん」

俊作「わかってるよ」

石原「柴田さん……高根さん……」

石原は目頭が熱くなるのを感じていた。

石原「ありがとうございます。絶対やっつけてください!」

俊作「わかりました! 約束しましょう!」

固い握手を交わす俊作と石原。


すると、石原は唐突にこんなことを言い出す。

石原「よかった…。これで心おきなく結婚できる」

俊作「え?」

伸子「結婚?」

石原「あ、私、来年の春に結婚することになりまして。今、準備中なんですよ」

伸子「そうなんですか?」

まさかの結婚報告に、思わず素っ頓狂な声色になる伸子。

俊作「それはそれは、おめでとうございます」

石原「これも運命かもしれません。柴田さん、感謝します」

俊作「あ、いやぁ、どうも」

俊作も、なんだか複雑な照れ臭さを感じていた。


バイティング・ダイバーを後にし、ビルの階段を降りながら伸子がつぶやく。

伸子「石原さん、結婚するんだぁ~…」

俊作「まぁ、よかったじゃねーか。あの人も幸せいっぱいだってことだ」

伸子「ふふっ、そうだね」


ビルを出て明治通りと川越街道がぶつかる交差点に差し掛かったが、信号が赤色を灯しているので先へ進めない。


伸子「ねぇ…会田さんなんだけど、あたし、正直信じられない。まさか裏で石原さんにあんなことやってたなんて……」

俊作「驚いてるヒマはねーかもしんねーぜ。裏でもっとえげつないことやってる可能性がけーんだからよ」

伸子「やっぱ……怪しいよね?」

やや不安そうに、俊作の顔を覗き込みながら伸子が言う。

俊作「ああ、怪しい」

俊作は、伸子に視線を合わさず真っすぐ前を見ながら答えた。

俊作「オレは、会田さんが“エクストラ・マジシャン”を作ったんじゃないかって睨んでる」

伸子「何で?」

俊作「今朝、戸川と同じ大学出身の同級生が事務所に来てくれたんだ。その人の話だと、戸川弁護士はサークル内で会田さんと特に仲が良かったらしい。そしてヤツは大学在学中に司法試験をパスしたエリートで、卒業後すぐにそこそこ名のある法律事務所に就職したんだけど、ある案件で依頼者とトラブルになったのが原因でその事務所を辞めちまったらしい。それから約1年後、突然独立して自分の法律事務所を設立した」

伸子「独立? そんなに貯金あったの?」

俊作「いや、資金は会田さんが援助したらしいんだ。当時、会田さんや戸川は20代中盤。独立するための金なんて、普通に働いてりゃそんな簡単に作れねぇ。でも会田さんはその金が用意できた――ということは、会田さんは何らかの理由で金の蓄えがあったってことだ」

伸子はうんうんと頷きながら聞いている。更に俊作は続けた。

俊作「そして、羽村のいたキャバクラに現れた“サム”と名乗る客。こいつは有名企業に勤めるサラリーマンで、パソコンと法律に詳しかったって話だ。そのうえ、副業もやっていて金もかなり持ってるらしい。この“サム”が会田さんだとすると、あの人が“エクストラ・マジシャン”を作ったって推論が成り立つだろ?」

伸子「えー? どういうこと?」

俊作「戸川が最初に勤めてた法律事務所を辞めた頃、会田さんはマグナムコンピュータに勤務する傍ら、既に“エクストラ・マジシャン”を作り出し、それを売り捌くことで副収入を得ていた。その金で戸川の独立も援助することができたってことだよ」

伸子「あぁ、なるほど。それだと納得だわ。弁護士が身近にいれば、法律にも詳しくなれそうだもんね。でも、どうして“サム”が会田さんなの?」

俊作「まだわからない? あいおさむだから“サム”。学生時代のニックネームだろうな」

伸子「そうかぁ、意外とシンプルだね」


信号が、ようやく青になる。

しかし、俊作と伸子は歩き出すことができなかった。


突如、黒いセダンが2台、縦一列になって俊作たちの行く手を阻むように現れ、目の前に急停車した。

そして、ドアが開いたかと思うと、黒いスーツに身を固めた男たちが一斉に飛び出し、俊作と伸子はあっという間に囲まれてしまったのだ。

俊作は、とっさに伸子を庇う形で、彼女の前に立った。


俊作の真正面にいた目つきの悪い男が、何やら手帳のようなモノを懐から取り出した。

一目でわかる。それは警察手帳だった。この男たちは刑事だ。そして、俊作の真正面にいる男は小堤こづつみという名前らしい。そのわりには大柄な体格だ。

小堤「警察の者です。柴田さん、あなたに業務上過失傷害の疑いがかけられています。これから我々と同行願えますか?」

俊作「断る。任意なんだろ?」

小堤「待ってください。すぐに終わりますから」

そう言って小堤は俊作の肩を掴んだ。

俊作「離せよ。オレは忙しいんだ」

小堤「後ろにいらっしゃるのは高根伸子さんですね? あなたにも同行してもらいますよ」

伸子「えっ?」

俊作「何故だ?」

小堤「あなたに名誉を傷つけられたと訴える女性がいるんですよ。だからいろいろ事情を聴取しなければなりません」

俊作「なっ、何だと! 彼女は何もしちゃいねーぞ!」

小堤「連行しろ」

残酷にも小堤は周りの刑事に伸子から連行するよう命じた。一瞬にして両脇をガッチリ固められる伸子。

伸子「きゃあっ!」

俊作「やめろ! 彼女は関係ねぇ!」

俊作は小堤に掴まれた肩を振りほどこうとした。だが、数人がかりで取り押さえられてしまう。

小堤「公務執行妨害で逮捕しますよ」

それを言われると何もできなくなってしまう。


もはや、俊作と伸子は警察に連行されるしかなかったのであった。


その頃鴨川ヒナコは、この日は創の店が休みだったので創の家にいた。

リビングルームで何気なくテレビを観ているヒナコ。創は、業者との商談があるために外出している。あと1時間は帰って来ない。


突然、ヒナコの携帯電話が鳴る。

メールではなく、電話だ。


ディスプレイを見ると、「公衆電話」と表示されている。

誰だろう。ヒナコはとりあえず出てみることにした。


ヒナコ「…もしもし?」

?『あ、ヒナコちゃん? オレだよ!』

ヒナコ「え…? あ、もしかして、秋池さん?」

?『そうだよ、秋池だよ!』

なんと、秋池から電話がかかってきたのだ。思わずヒナコは耳を疑っていた。

ヒナコ「あ、秋池さん? どうしたの?」

秋池『今まで黒野たちに捕まってたんだけど、隙を見て逃げ出して来た。ケータイもヤツらに取られてしまった。キミの店へ行こうと思ったけど、渋谷や原宿は危ないと思って、池袋まで逃げて来たよ』

ヒナコ「池袋? ちょうどいいわ。実はあたし、家を空けてるの。今は板橋にある、柴田さんのお友達のウチにかくまってもらってるの」

秋池『柴田……?』

ヒナコ「ほら、こないだあたしと一緒にいた人!」

秋池『あぁ、あの人か』

ヒナコ「秋池さんも、事情を話してかくまってもらったら? 連中もまさか板橋まで逃げて来てるとは思わないよ!」

秋池『うむ…そうだな』

ヒナコ「じゃあ、そのまま東武東上線に乗って大山まで来て! あたしも駅まで迎えに行くわ!」


それから1時間後に帰宅した創は、ヒナコが秋池を迎えに大山駅まで行ったことを母親から聞かされた。


しかし、ヒナコはまだ戻って来ていない。

黒木家から大山駅まではそれほど遠くない。ヒナコが家を出た時間から推測して、まだ秋池を連れて黒木家まで戻って来ていないというのはおかしい。


創(鴨川さんに何かあったな……!)


創は家を飛び出した。

とりあえずは大山駅へ行ってみる。だが、ヒナコと秋池らしき人物は見当たらない。


次に、ヒナコの携帯電話を呼び出してみる。


……繋がらない。

「お客様がおかけになった番号は……」という音声案内が流れてくるだけだ。


もしかしたら、追手に気づいてどこかに隠れているのかもしれない。

創は大山駅周辺を捜し回った。

だが、やはりヒナコと秋池は見つからない。


まずいぞ。


創は、このことを知らせるため、湊に連絡を入れた。



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