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5.俊作と佐知絵

笹倉から大事な顧客を返してもらった俊作。周囲の反応は?

伸子「ホント? よかったじゃん!」


会田「そうか! やっぱりあそこの担当はお前が適任だよ」


佐知絵「柴田さん、これで一安心ですね」



白鷺堂の担当を返してもらえたという話を聞いて、伸子たちもすごく喜んでくれた。


特に伸子は、俊作と席が隣り同士だったため、彼の苦悩が痛いほど伝わってきていた。それだけに喜びも人一倍大きかったことだろう。


藤堂「柴田、お客さんついに返してもらえたんだってな!」


藤堂も、伸子と同じぐらいこのことを喜んでいた。

俊作「はい! これも藤堂さんのおかげですよ! ありがとうございました!」

俊作は、ここ最近見せることのなかった、爽やかな笑顔で礼を言った。

藤堂「なーに言ってんだよ! オレのことなんか気にしなくてもいいって。それより、もう二度と取り上げられないように頑張れよ!」

藤堂は俊作の肩を力強く叩いた。

俊作「はい!」



その日の帰り、俊作は佐知絵と道玄坂のダイニングバーで食事をしていた。


先述のような、いつものパターンである。


帰りのタイミングが偶然同じで、渋谷駅まで来ると佐知絵が淋しそうな顔をするという、あのパターンだ。


機嫌がよかったのか、俊作はまた食事に誘ってみた。

以前は断られたが、この日は素直に俊作の誘いを承諾した。


佐知絵「柴田さんってぇ〜、ホンットすごいですよねぇ〜」

佐知絵は早くも酔いがまわったようで、先程から同じような発言を繰り返している。

俊作「お、おい、大丈夫か?」

俊作は「この子はこんなに酒が弱かったっけ?」と少々疑問に思いながらも佐知絵を気遣った。


結局、二人が店を出る頃、佐知絵は相当に酔っ払ってしまっており、まっすぐ歩くことができなくなっていた。

俊作は佐知絵を自宅の近くまで送ることにした。

佐知絵の家は渋谷区松濤方面で、二人がいた店からはホテル街を抜けるのが近道だという。


正直恥ずかしい。

俊作は佐知絵の手を引き、さっさとホテル街を抜けた。



会田「柴田ぁ〜、昨夜羽村さんと飲んだんだって?」


翌朝、俊作が出社するなり、会田がニヤニヤしながら顔を近づけてきた。

俊作はまいったな、といった具合いに苦笑した。もうその情報を手に入れるとは、さすがだ。

俊作「もう耳に入ったんですか? まさか彼女本人から聞いたとか?」

会田「ん? うん、まぁな」

会田はややぼかしを入れるような答え方をした。


ちなみに佐知絵は俊作よりも早く出社していた。昨夜あれだけ酔っていたのにもかかわらず、何食わぬ顔でパソコンに向かっている。


身体の調子は大丈夫なんだろうか?

後で聞いてみよう。


会田「ところで、飲んだ後どうしたんだ? 何かしたのか?」

ボリュームを落とし、イヤらしい目をしながら会田が俊作に尋ねる。

俊作「やだなぁ、何を言い出すんですか! 何もしてないっすよ」

会田「ふーん…それならいいけど」


会田の目は明らかに俊作を冷やかしていた。ホテル街を通ったとはいえ、俊作は本当に何もしていない。昨夜はちゃんと佐知絵を自宅付近まで送り届けた。

と、会田は次の瞬間いつもの顔に戻り、全身を俊作に向かい合わせた。


会田「あ、そうだ、お前来週の金曜ってアポ入ってる?」

俊作「来週の金曜は…午前中に1件だけですけど」

会田「そうか! じゃあ午後3時頃一緒に引き継ぎの挨拶をしに白鷺堂へ行こうか」

俊作「いいですよ! わかりました! でも、ちょっと間があきますね。今日は火曜じゃないですか」

会田「…まぁ、オレもいっぱい客抱えてるからな」

俊作「そうですね…」


確かに会田は今のところ法人営業一課のエースだ。業務の量もそれなりに多いだろう。


会田「…あと、明後日の夜にお前の白鷺堂返還祝いをやろうと思うんだけど、平気か?」

俊作「平気ですよ! なんかすいませんねぇ、そこまでしてもらっちゃって」

会田「いいんだよ! じゃ、メンバーはオレが揃えとくよ」


そこへ「何だ? 楽しそうな話だな」と、藤堂が通り掛かった。

藤堂「会田、合コンか?」

会田「違いますよー! ほら、柴田がお客さん返してもらえたでしょ? 明後日の夜に、それを祝って飲もうかって話をしてたんです」

藤堂「おぉ、それはいいことだな!」

俊作「藤堂さんもどうですか?」

藤堂「いやぁ、オレさぁ、来週から出張なんだよ。今はその準備で忙しいから、明後日は難しいなぁ…」

会田「そうですか…。わかりました。しかし出張とは忙しいですね」

藤堂「そうなんだよ。オレもお前らとゆっくり酒でも飲みたいんだけどな」

会田「じゃ、また今度飲みましょうよ!」

藤堂「そうだな!よろしく頼むぜ」

そう言って、藤堂は自分のマグカップを持って給湯室へ向かって歩いていった。



朝礼後、俊作が外回りへ行こうとすると、エレベータ付近で、トイレから出てきた佐知絵とすれ違った。


俊作「羽村さん、二日酔いとか…大丈夫?」

佐知絵「あっ…はい、なんとか」


いつもの、オーバーなぐらいの、佐知絵自慢の笑顔はやや陰りを見せていた。一見大丈夫そうに見えても、やはり昨夜の酒が抜け切らないのだろう。


俊作「…そうか。あんま無理すんなよ」

佐知絵「はい。お気遣いありがとうございます」

それだけ言葉を交わすと、佐知絵は自分の席へ戻って行った。それを見送ってから、俊作はエレベーターのボタンを押した。



2日後、俊作の顧客返還祝いと称した飲み会が道玄坂の居酒屋で開かれた。


出席者は俊作、会田、佐知絵の3人だけだった。会田が何人か他の社員にも声をかけて回ったらしいのだが、みんな都合が悪かったようで断られてしまったのだそうだ。しかも、いつもならこういう飲み会に出席するはずの伸子がいない。俊作が会田に尋ねたところ、「用事があるから来れない」とのことだった。


俊作は、「まぁ、みんなそれぞれ都合ってもんがあるからしょうがねぇか」と、特に気にしなかった。


ちなみに、この居酒屋は先日俊作と佐知絵が食事をしたダイニングバーのすぐ近くである。


会田「今回の主役は柴田、お前だ! 今夜は遠慮せずガンガン飲んでくれよ! 金はオレが出すからな!」


会田にこう言われては飲まずにはいられない。俊作は序盤から酒をガンガンあおった。


しかし、俊作は特別酒豪というわけでもなかった。


しまった、調子に乗りすぎた。


そう思った瞬間、俊作の耳に子守唄が流れ込んできた。

全身がフワーッと軽くなったような、そんな気がした。




佐知絵「柴田さぁん!」


俊作がビクリと身体を震わす。

子守唄が一瞬にして消え去った。


時計の針が、午後11時30分を指している。


今、はっきりと、俊作は状況を飲み込んだ。

どうやら長いこと眠っていたようだ。それほど強くもないのに、初めからあれだけ酒を飲めば眠ってしまうのは当然の話だ。


佐知絵「もぉ〜、いつまで寝てるんですかぁ〜! 早く帰りましょうよぉ! 明日も仕事あるんですよぉ〜!」

佐知絵も酔っ払っている。先日同様、呂律が十分に回っていない。


ここで俊作は、会田の姿がないことに気づいた。

俊作「…あ、あれ? 会田さんは…?」

佐知絵「会田さんならぁ、と〜っくに帰りましたよぉ!」

俊作「帰ったの?」

俊作は少し淋しい気持ちになった。


佐知絵「それより早く出ましょ〜!」

俊作「あ…あぁ、そうするか。羽村さん、今日は一人で帰れる?」

佐知絵「あたしなら大丈夫ですよぉ」

言うと、佐知絵はサッと席を立った。だが、立った瞬間にフラフラとよろめいてしまった。

俊作「お、おい、大丈夫か?」

素早く俊作が佐知絵の身体を支える。

俊作「心配だから今日も送るよ」

佐知絵「いや、大丈夫ですってぇ!」

俊作「大丈夫じゃねぇって。こないだ送った所まで一緒に行こう」

佐知絵「う〜……」


俊作は、千鳥足の佐知絵を肩に抱えながら、先日同様足早にホテル街を通り抜けていった。

その際も、佐知絵は「大丈夫ですぅ」とうわ言のように繰り返していた。だが彼女はどう見てもまともに歩ける状態ではない。俊作は「いいから、無理すんな」と佐知絵を説き伏せつつ松涛方面を目指した。




しかし、この夜の出来事が後に大事件を引き起こすきっかけとなってしまう――。

俊作の知らないところで不穏な影が動いている…?

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