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36.渋谷へ

兄が黒野の回し者によって襲撃されたことを伝えに事務所を訪れた鴨川ヒナコ。しかし、同時に新たな情報を得ることができた。


羽村佐知絵はキャバクラで働いていた(現在も続けているかはまだ不明)。


セレブな客はなにがなんでも我が物としていた。またその際、手段を選ばない。


ヒナコもかつて佐知絵と同じキャバクラで働いており、俊作と同様、罠にはめられ店を辞めている。しかも、その際黒野と戸川弁護士が絡んでいる。


また、黒野は1年ほど前にホストからIT業界へ転身しているが、その辺りの詳細は不明である。


そして佐知絵のセレブ志向は行き過ぎているところがあり、他のキャバクラ嬢が接客していようとお構いなしに奪い取る。反面、セレブではない客に対しては適当に気を持たせて弄んでいるため、「難攻不落」とまで形容されている。


これにより、俊作が再びカフェ「鴨川家」を訪れる必要がなくなった。やるべきことが一つ減ったのだ。


俊作「鴨川さん、よく話してくれました。ありがとうございます。ホントは、もう一度カフェへ行って話をお聞きしようと思ってたんですよ」

ヒナコ「そうだったんですか?」

俊作「話を全部聞かないうちに店を出ちゃいましたからね。でも、今聞きたいことが聞けてよかったです」

ヒナコ「それは何よりです」

純「――あ、じゃあ、俊作はやることが減ったから手があくわけだな」

俊作「あぁ、そうだな。江坂の店と笹倉の尾行か。結構時間があくぞ……そうだ、その間はクラッキングのソフトウェアを調べるか」

純「うん。そうしてくれ。あとは黒野の“勤務先”だ」

俊作「そうか。結構やることあるな」

創「そうだ。俊作、ソフトのことを調べるんだったらいい人がいるぞ。オレの知り合いでコンピュータ系に強い人がアキバにいるんだけど、その人に聞けば何かわかるんじゃないか?」

俊作「マジ? アキバのどこに行けば会えるんだ?」

創「アキバの駅からそう遠くない。ちょっとわかりにくいから地図書くよ」

白紙のコピー用紙に水性ペンで簡単な地図を書くと、創はそれを俊作に手渡した。


店の場所は黒い丸印で表記され、矢印が力強く引っ張られている。


その矢印を辿っていくと、店の名前が書かれていた。


『ジプシー』とある。


俊作「ジプシー?」

創「ああ。店長の三田村さんって人に聞いてみろ。コンピュータやソフト関係なら、メジャーどころからアンダーグラウンドなモノまで知り尽くしてる」

俊作「なるほど、三田村さんだな」

創「それと、これを持っていけ」

創は、ポケットの中から折り畳んだ携帯電話ぐらいある木札を取り出した。

俊作「何だそれ?」

創「これがないと話に応じてくれないぞ。三田村さんはコンピュータ系に精通しているだけに、自分の話したことを悪用されないよう警戒してるんだ。この札は、いわば信頼の証だ」

俊作「そういうことか。それじゃ借りるぜ」


俊作は、創から三田村と話すための木札を受け取った。


俊作「ところで鴨川さん、この後はご自宅に戻られますか?」

ヒナコ「いえ…戻りたいんですけど、いつまた黒野たちが嫌がらせに来るかわからないし、怖くて戻れません。家を出る時、数日分の荷物をまとめてきました。ビジネスホテルにでも泊まろうと思ってます」

そう言って、ヒナコは足元のボストンバックを指差した。

俊作「そうでしたか。いや実はオレも同じこと考えてました。ただし、一人で宿をとるのは避けるべきだと思いますよ」

ヒナコ「え……?」

俊作「今みたいな切迫した状況下では、心の緊張が続いて冷静な判断ができなくなりがちです。ましてや、今あなたはお兄さんを襲われてショックを受けている。誰か味方がそばにいると、気が紛れて落ち着いた精神状態になるもんなんですよ」

ヒナコ「そうなんですか」

俊作「そうですよ。それに、もし万が一、黒野たちに見つかった時のことを想定してますか? もし一人でいるところを襲われたら、誰が鴨川さんを守るんです?」

ヒナコ「う……」

さすがに言い返せない。

純「もっといえば、この中の誰かに泊めてもらえばより安全だな。事情を知ってるし、第一にオレらは味方だ」

創「そうだな。じゃあウチで預かろうか。実家だし、“二次災害”が起きることはない」

“二次災害”と聞き、俊作は苦笑いをした。

俊作「“二次災害”ね……まぁ、いいんじゃね? お前んちの両親は客をもてなすの好きだし、妹は誰とでもすぐ仲良くなるしな」

純「それに昼間はロッキーの店に身を隠すこともできる」

ヒナコ「え…でも、迷惑じゃないですか……?」

俊作「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。何かあってからじゃ遅いんです」

創「心配いらんですよ。ウチの親はこういった状況に慣れてますから」

ヒナコ「そうなんですか…?」

純「ははは、そうだったな」

創「お前らの親もそうだろうが」

俊作&純「ははは、そうだったな!」

創「ハモるな!」

伸子「息ピッタリ…」

米本「伊達に付き合い長くないな」

俊作「――まぁ、そういうことで、ロッキーの所に一時身を寄せるといいですよ、鴨川さん」

ヒナコ「あ…じゃあ、お言葉に甘えて…」

純「よし! それじゃあ一刻でも早く解決しよう!」

俊作「ああ。ハナっからそのつもりだぜ、オレは」

伸子「あたしにできることがあったら何でも言ってね! 力になるから」

俊作「おう。わかった」

藤堂「オレも、何か柴田の無実を証明できるような証拠を集めておくよ」

俊作「すいません藤堂さん。でも、動ける範囲内でお願いします」

藤堂「わかってるよ。心配すんなって」

創「ところで鴨川さん、働いてた店の名前は?」

ヒナコ「あ、そういえばまだ教えてなかったですね。“フェアリー・ナイト”です」

創「場所は確か歌舞伎町でしたよね」

ヒナコ「そうです。コマ劇場の近くにあります」

創「なるほど、それならすぐわかりますね」


これで皆が次にすべきことが決まったかのようにみえた。


――しかし、俊作が一つ、着眼していない箇所があるのに気づいた。


俊作「そうだ、スペイン坂のクラブは?」

純「クラブ? RYU-JINがどうかしたか?」

俊作「あのクラブは羽村が昔から通いつめてただろ? しかもここ半年は黒野も来てる。もしかしたら、今回の計画を話し合ってたかもしれないぞ」

純「あぁ…それはあり得るな」

俊作「だから、クラブの常連か、もしくは黒野に便乗してクラブへ来るようになったロック・ボトムのヤツに話を聞いてみれば何かわかるかもしれん」

純「そうだな。よし、ここはオレが行こう。この後チラッと行ってみて、不発だったらまた明日行くかな」

藤堂「また明日って…鳴海くん、笹倉の尾行は?」

純「大丈夫です。クラブは朝方までやってますから、笹倉の尾行をある程度やった後からでも間に合いますよ」

藤堂「朝方まで…って、寝ないで平気か?」

純「平気ですよ、それくらい」

俊作「藤堂さん、これはオレも純が適任だと思います。RYU-JINは外国の人もたくさん来るクラブです。純は英語が話せます。だからより多くの情報を仕入れることができるでしょう。まぁ、確かに25歳を過ぎてのオールナイトは少々しんどいですけど」

藤堂「そうか、なるほどな」

米本「鳴海さんって英語ができるのか」

純「まぁね。昔ちょっとアメリカに留学してたからさ」

伸子「すごいねー」

純「ふふふ。タイ料理ゴチで教えてやってもいいぞ」

伸子「あはは。何よそれ」

俊作「調子にのらない!」

創「話がズレる!」

純「わ、わかってるよ。冗談だ、冗談」

俊作「……」


皆の、次にすべきことが今度こそはっきりした。


俊作は江坂千里から佐知絵の住所を割り出すのと、秋葉原へ行き三田村という人物にクラッキングソフトについての聞き込みをする。


純はこの後渋谷のクラブRYU-JINへ行き、聞き込み調査。翌日の夕方から俊作と合流し、笹倉を尾行。もしこの後行うクラブでの聞き込みで何も収穫がなければ、笹倉の尾行後に持ち越し。


創はキャバクラ「フェアリー・ナイト」へ行き、佐知絵のトラブルについて聞き込みを行い、ヒナコの証言と付け合わせる。


米本は人事部のデータベースを使い、笹倉派の割り出し。


伸子と藤堂は、現時点では特に何も行動する必要はないが、笹倉や佐知絵の様子をそれとなく監視するよう伝えておいた。


俊作「……よし。お互い報告だけは忘れずにな」


場の空気が、なんとなく解散に向かい始めていた。


藤堂が腕時計に目をやる。


藤堂「さて…オレはそろそろ帰ろうかな」

俊作「藤堂さん、わざわざありがとうございました」

藤堂「例を言うのはまだ早いぞ。事件が解決してからにしろよ」

そう言って、藤堂が人差し指で俊作の鼻を軽く突く。

俊作「あ、すいません」

俊作も思わず苦笑い。

米本「柴田、オレも帰るわ」

俊作「そうか、気をつけてな。笹倉派の割り出し、頼んだぞ」

米本「わかった」

純「…じゃあ、解散しますか」

創「そうだな」

俊作「ロッキー、鴨川さんのこと頼むわ」

創「おう」


その時、突然、ヒナコがソファーから立ち上がった。

ヒナコ「あの……!」


ヒナコは勢いよく、改めて勇気を振り絞るように、帰りの支度をしようとしていた俊作を呼び止めた。


俊作「…はい?」

ヒナコ「――秋池さんの所に行きたいんですけど、連れていってもらっていいですか?」

俊作「秋池さん…?」

車の鍵を取りに行こうとした純も、立ち止まり、ヒナコの言葉に耳を傾ける。

ヒナコ「はい。知ってるんですよね? あの人が今働いてる店を」

俊作「え…ええ」

ヒナコ「あたし、心配なんです。急に連絡がとれなくなったと思ったら、黒野たちとトラブルになってるじゃないですか。だから、一目見て無事かどうか確認したくて……」

俊作「……」


鴨川兄妹は、秋池との親交が深い。秋池もまた、多くの人間にその人柄を惚れ込まれている。ヒナコもその一人だ。

俊作の胸には、彼女が秋池を心配する気持ちがまるで波動砲のように打ち寄せていた。


俊作「……わかりました。行きましょう。ロッキー、秋池の動きはマークできてるか?」

創「シフトぐらいは把握できてるぜ」

俊作「今日は店にいるか?」

創「ああ。いるはずだ」

俊作「よし。鴨川さん、行きますか」

ヒナコ「はい!」


藤堂と米本はここで帰宅し、俊作・純・創・伸子・ヒナコの5人で渋谷のダイニングバー“源”へ向かうことになった。


現地へは純の日産ウイングロードと、創が所有するトヨタのイプサムの2台に分乗して向かう。ウイングロードには俊作・純・伸子、イプサムには創・米本・ヒナコがそれぞれ乗り込んだ。ヒナコをイプサムに乗せれば、創の自宅まで連れていくのに都合がよい。


時刻は夜8時を回っていたが、やはり都心は交通量が多い。更には、駐車場が見当たらない。


とりあえず、ヒナコを先に降ろすことにした。だが、単独行動をさせるわけにはいかないので俊作が彼女に同行した。


東急本店前に降り立つ俊作とヒナコ。

風に乗って流れてくるドン・キホーテのテーマソングを後方で聞きながら、「源」を目指して二人は歩き出した。


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