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31.事務所へ戻れ

俊作と戸川、再び対峙!

何故、戸川がここにいるのだ。


自然と、戸川を凝視する形になる俊作。


戸川「おや」


戸川も俊作に気づいた。だが、そのリアクションが少し大袈裟だ。

そして、冷たい薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと俊作に近づき、目の前で立ち止まった。


戸川「これはこれは、妙な所でお会いしましたね。会社を解雇されたもんだからヤケになってケンカでもしましたか」

俊作「は? わけのわからんことを言うな。そっちこそどうしてここにいるんだ?」

戸川「あなたにお話しする必要はありません。私が如何なる理由でここへ来ようと、あなたとは何の関係もないはずですよ」

発する言葉に、感情がかけらもこもっていない。しかも、明らかにこちらを見下している態度だ。


対峙しているだけでイライラする。


戸川「とにかく、自宅でおとなしくしていることをお勧めしますよ。これ以上汚名を着せられたくないでしょう」

俊作「…その汚名が、捏造されたものだとしたら?」

戸川「は?」

俊作「前にも言ったはずだ。セクハラなんてオレには身に覚えのないこと。それだったら、ウソの汚名は晴らすべきだろう」

戸川「あなた、まだそんなことを言ってるんですか。しかも潔白を証明しようだなんて。このままいけば慰謝料請求、ヘタしたら裁判沙汰になりますよ?」

俊作「やってみろ。オレが無実なら法で裁かれることはない」

戸川「……まぁいいでしょう。せいぜい社会的に殺されないよう、十分気をつけることですね」


言い終わると同時に、戸川は足早に歩き出した。


戸川が数メートルほど離れたところで、湊が尋ねる。

湊「……知り合いか?」

俊作「知り合いっていうか、オレに退職を強要してきた弁護士っすよ」

湊「何? あいつがか?」

俊作「あの冷たい目、一度見たら忘れられねぇ」

湊「そうだったのか。あの弁護士、署内でちょくちょく見かけてはいたんだが、まさかお前と関わりがあったとはな」

俊作「湊さん、ヤツについて何か知ってるんですか?」

湊「いや、オレも詳しくは知らねーんだけど、なんか胡散臭いんだよなぁ」

俊作「胡散臭い?」

湊「この辺の悪ガキやゴロツキ共が署に連行されてくると、ほとんどの確率で現れる。たぶん、そいつらの弁護をしてるんだ」

俊作「弁護…ですか」

湊「妙なのは、明らかにそいつらが悪い事件でもお咎めなしになっちまうことだ」

俊作「どういうことです?」

湊「被害者側が、何故かどうしても被害届を取り下げちまうんだと」

俊作「えっ? わけわかんないっすよ」

湊「だろ? だから胡散臭いんだよ。周りに聞いても教えてくれねーし」

俊作「教えられないわけでもあるんですかね」

湊「だろうな」

俊作「――あっ、でも、今日はどんな用事で来たんだろう? オレの弁護ってことは絶対にないし……」

湊「確かに気になるな。お前のケンカ相手以外、悪そうなヤツは今のところ署内にいないはず」

俊作「一体誰の弁護を……?」

湊「……よし、それならオレがちょっと様子を探ってきてやるよ」

俊作「大丈夫ですか?」

湊「心配すんな。ヤツの近くで仕事をするフリして盗み聞きするだけだからさ。だがお前はここで帰れ。2人揃って盗み聞きしてたら怪しまれる」

俊作「わかりました。ホントにすいません」

湊「気にすんなって。ギブアンドテイクなんだからよ」


俊作は思わず吹き出した。

湊も無邪気に笑った。


湊「じゃな! 何かあったら連絡しろよ!」


戸川の足取りをさりげなく追っていく湊の後ろ姿を見届けた俊作は、頭をボリボリかきながら玄関に向かって歩き出した。


俊作「……まったく、あの人も変わってねぇな」



所変わって、こちらは株式会社マグナムコンピュータ内偵中の鳴海純。


時間帯は少しさかのぼって、ちょうど俊作が神宮前警察署の留置所で居眠りしている頃。


純は、営業部内のゴミを収集していた。


今度の目的は、羽村佐知絵の観察である。


依然として、仕事ぶりは普通で特に不審な様子もない。


純の潜入前にこのフロアを担当した仲間の清掃スタッフによれば、佐知絵はわりと気さくに誰とでも話していたという。


確かにその通りなのだが、純が見る限りでは若干男性と会話する比率が高いように感じる。


やはり「男に媚びるような笑顔」が、一部の女性社員を敬遠させているのだろうか。


そう思いながらフロアのゴミを大きなゴミ袋にかき入れていると、女性の脚が軽快なリズムを刻みながらこちらに近づいてきた。


純が顔を上げた。


目の前に、羽村佐知絵が立っている。


純「――!」

一瞬、純の身体が硬直した。だが、探偵たるもの対象者に動揺を悟られてはいけない。


佐知絵は、なんだか申し訳なさげな顔をしてこちらを見ている。どうやらわずかながら動揺したことはばれていないようだ。


佐知絵は、A4サイズの紙の束をすーっと差し出した。

佐知絵「すいませーん、これも捨ててもらっていいですかぁ?」

それから、アイドル歌手のようにかわいく笑ってみせる佐知絵。



……かわいい……。



一瞬、ほんの一瞬だったが、純は不覚にも心を奪われそうになってしまった。


純(――はっ! いっ、いかん! 何を見惚れてんだオレは。この女は俊作を解雇まで追い込んだ女だぞ。いわば敵だ。そんなヤツに心奪われちまったら、オレは裏切り者だぜ)


一人葛藤する純を、佐知絵が不思議そうに見ている。

佐知絵「あの〜……」

純「あっ! いいですよ!」

慌てて爽やかに微笑み、佐知絵の目の前に勢いよくゴミ袋を広げる純。

佐知絵「ありがとうございまぁす」

佐知絵は不要な書類をゴミ袋の中に放り込むと、相変わらずアイドルのような笑顔で礼を言って自分の席へ戻っていった。


純(あれが普段の羽村佐知絵か。何なんだ、あの猫かぶり具合は)


佐知絵と初めて接触した純が率直に抱いた印象である。初めから悪いイメージしか持っていないせいか、普段の勤務態度が余計に純を不快にさせた。それでも一瞬魅せられかけたのは、彼女特有の色気か。


もう少し佐知絵の情報を集めたいところだが、あまり動き回ると怪しまれる。ここはおとなしく清掃業務に撤しよう。


純は、よたよたと歩きながらゴミ収集を続けた。



午後5時。

シフト交替の時間だ。


仲間の清掃スタッフに、何か有力な情報を仕入れたかどうかを確認する。


やはり、俊作の人柄を知る一部の社員は今回のセクハラ沙汰を疑問視しているらしい。


本当に柴田俊作は羽村佐知絵にセクハラをしたのか?


このような声が多く聞かれたという。


これ以外に、これといった情報はないようだ。


だが、まったく無意味な情報ではない。純はその旨を手帳に書き込んだ。


そして、伸子たちが来るのを駐車場に止めてある車の中で静かに待つ。


一番乗りは米本だった。

10分ほど過ぎてから、伸子と藤堂が続けてやってきた。


純「これで揃いましたね」

純はキーを回そうとした。

藤堂「待ってくれ。車を出す前にキミが何者なのか教えてくれないか?」

しまった、というような顔をして、純はキーから手を離した。

純「そうですね。失礼しました。私は鳴海純。柴田俊作とは昔からの馴染みです」

そう言いながら、純は名刺を藤堂と伸子に手渡した。

藤堂「ほう…探偵なのか」

純「はい。柴田がマグナムコンピュータを解雇された事件を、ヤツと協力して追ってます」

伸子「やっぱりそうだったんだ。柴田くんとこないだ会った時、彼そんなこと言ってたわ。あなたが柴田くんと友達の探偵さんね」

純「そうです。お二方ともよろしくお願いしますね、高根さんに藤堂さん」

伸子「え…?」

藤堂「何で名前を……?」

伸子と藤堂は驚きのあまり次の言葉が出てこなかった。

純「私は探偵ですよ? お二人の名前は既にリサーチ済みです」

純は人懐こそうに笑ってみせた。

伸子「あぁ、なるほどね」

藤堂「ははは…そうだったな。これは失礼した」

純「いえいえ。それでは行きましょうか」


純は、事務所に向けて車を発進させた。



神宮前警察署を出た俊作は、再び秋池の所へ行こうと考えた。

さっきは不在だったが、今、直接店へ行けば会えるだろう。


ここから道玄坂まで、どうやって行くか。


徒歩でも行けないことはないが、なんだか面倒だ。かといってタクシーを拾うのも出費が大きすぎる。


ここは電車を使おう。

JR山手線ではなく、東京メトロ副都心線だ。

実を言うと、俊作は副都心線に乗ったことがなかった。

いい機会だ。一駅だけだが乗ってみよう。

俊作は明治神宮前駅の階段をおりていった。


切符売り場の前まで来た時、純から電話があった。


俊作「どうした?」

純『今どこ?』

俊作「明治神宮前駅だ。秋池に会おうと思って渋谷へ向かうところだけど?」

純『悪い、それさぁ、後回しにして今すぐ事務所に戻ってくんねぇ?』

俊作「あ? 何で? 何かあったのか?」

純『お前んとこの上司の藤堂さんがよ、笹倉について心当たりがあるみたいなんだ。会社じゃでかい声で話せないから、今事務所に連れてきた。高根さんと米本さんも一緒だ。ちょうどいい機会だから、ロッキーも呼んで情報交換しようと思う』

俊作「なるほど。そういうことならすぐに戻るよ。これまでの状況も整理できる」

純『そうだな。できるだけ早く戻って来てくれ』

俊作「ああ。わかった」

俊作は電話を切り、自動改札をサッと通り抜けた。


俊作「――!」


俊作の歩行速度が少し緩くなった。


後方から、殺気を帯びた人間が何人かついてくるのを感じる。


掲示物を見るふりをしながら、さりげなく殺気の漂う方向に視線を移す。


3人。


ホスト崩れのような男が3人、チラチラとこちらの様子をうかがっている。


ロック・ボトムの連中だ。

雰囲気でわかる。


どうする?


ここで戦闘に持ち込まれるわけにはいかない。再び神宮前警察署に逆戻りする可能性が大きくなる。


そうなると、この場は連中をまいてしまったほうがよさそうだ。


どのルートでまくか?


素直に池袋方面の電車に乗れば、ヘタすると自宅をつきとめられてしまうかもしれない。わざとメチャクチャに動くのが妥当だろう。


よし、ここは一旦渋谷に出よう。


俊作は、タイミングよく到着した渋谷行きの電車に飛び乗った。


連中も、二つ向こうの扉から乗り込んできた。


俊作(渋谷から半蔵門線で永田町へ出て……その後有楽町線に乗り換えて池袋に行くか。いや待てよ。それでもばれやすいかもしれん。南北線のほうがベターかな……)


一駅だけだったが、座席に腰かけながらいろいろと策を練る俊作。


ほんの数十秒、眠気に襲われ俊作の頭がこっくりと船を漕いだ。


意外にも肉体的疲労がたまっていたらしい。

調査の途中で立ち回りをやらかした挙句、警察に身柄を拘束されたのだから仕方がない。


まぁ、万一深く眠ってしまっても副都心線は現在のところ渋谷で折り返しているので「乗り過ごす」ということはないだろう。



――折り返す?



そうだ。これでいこう。


俊作はいい手を思いついた。


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