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3.白濁した権力(チカラ)

会田「なるほどな…。そりゃ確かに理不尽な話だよな」


俊作が笹倉の権力で大切な顧客を奪われた木曜日の夜は、会田や法人営業二課の佐知絵と飲みに行く約束をしていた日だった。


飲みには伸子も急遽加わった。落胆する俊作を励ますためだそうである。

4人は酔いもまわらぬうちから議論を展開する。もちろん、話題は俊作と笹倉のトラブルについてである。


佐知絵「ひどいですね、それは…」

伸子「ひどいでしょ? あたしも頭にきちゃった!」


実は、あの後に伸子も抗議したのだが、「お前には関係のない話だ」の一言でつっぱねられてしまったのだという。


俊作「傍若無人極まりないよ、あの男は」

ジントニックを一気に飲み干し、俊作が吐き捨てるように言った。

伸子「そうだよねぇ。いくらなんでもあれは職権乱用だよ」

佐知絵「柴田さん、これからどうするんですか?」

佐知絵が半ば心配そうな目で俊作の顔を覗き込む。照れ臭そうに目をそらす俊作。

俊作「うーん……もう一度課長に掛け合ってみようかな…」

会田「だけど、課長がちゃんと話聞いてくれるとは思えないぞ」

俊作「そこなんですよね…。あの人、オレの話なんか聞こうともしないから」

伸子「じゃあ、藤堂部長に相談してみるのは?」

俊作「あぁ、なるほど、それはいいかもな。藤堂さんならわかってくれるはずだ」

会田「そうだなぁ。でも藤堂さんも部長になってから会議やら何やらで忙しそうじゃない?」

俊作「確かに。なんとか時間を作ってもらうしかないですよね」

佐知絵「柴田さん、頑張ってくださいね」

佐知絵が、また心配そうな目で俊作をじっと見つめながら言う。

俊作「お、おう。ありがとう」

言うタイミングが唐突に感じられたので、俊作は思わずたじろいでしまった。

伸子「でも、ホントにそれしか方法がないもんね。柴田くん、何かあったらあたしも協力するから!」

俊作「サンキュー、のぶちゃん」


ちなみに、俊作は伸子のことを入社以来ずっと“のぶちゃん”と呼んでいる。

新入社員歓迎会の時に、俊作が酒の勢いでそう呼んでしまったのが始まりなのだそうだ。もっとも、伸子本人はそれをまったく気にしていない。それよりか、伸子も俊作のことを時々“シバちゃん”と呼ぶことがあるらしい。


会田「よし! それじゃあ気を取り直して飲むぞ! 今日はオレのおごりだ!」

俊作「えっ? いいんですか会田さん? 給料日前なのに…」

会田「気にすんな! とりあえず柴田には元気出してもらわないと困るしよ!」

俊作「…すいません、会田さん」

自分には仲間がいる。そう思うと、俊作は胸の辺りにあるモヤモヤが少しずつ解けていくのを感じた。今夜は会田の好意に甘えることにした。



翌日――。


俊作は午前中一番に顧客とのアポイントがあったので、朝礼が終わるやいなや、颯爽とオフィスを後にした。藤堂部長には帰社後に時間を作ってもらうつもりでいた。


午前10時17分。


客先から出てきた俊作の携帯電話が鳴る。


笹倉からだ。

とりあえず会社に戻れとのことだった。

俊作「“とりあえず”って何だよ」

訝しげに首を傾げながらも、やはり何の話か気になるので、俊作は会社へ戻ることにした。



会社に戻った俊作は、サッとオフィスを見渡した。


藤堂部長はいない。会議だろうか。

そして笹倉もいない。人を呼び戻しておいて不在とは……。


伸子「柴田くん!」

後ろから伸子が声をかけてきた。

伸子「課長に呼び戻されたのね。喫煙室まで来いって言ってたよ」

俊作「何でわざわざそんな所へ呼び出すんだ? ここじゃ話せないことなのか?」

伸子「わかんない…。でも気をつけてね。なんだかイヤな予感がするの」

俊作「あぁ…。とりあえず行ってくる」

だいたい察しはつく。昨日の“顧客取り上げ事件”についてだろう。俊作は、5メートルほど先から心配そうにこちらを見つめる佐知絵を横目に、やや重い足どりで喫煙室へ向かった。



喫煙室のドアを開けるなり、白濁した煙が束となって俊作にまとわりつく。それはまるで呪縛のように俊作から離れようとはしなかった。

軽くむせ返しながら奥へ進むと、笹倉が窓に向きながらタバコを吸っていた。

俊作「課長、今戻りました」

笹倉「柴田か」

笹倉が俊作に背を向けたまま答える。

俊作「あの…どういう用件ですか?」

笹倉はフーッと大きく煙を吐いた。

笹倉「柴田…ごめんなぁ」

俊作「はい!?」

俊作は自分が何を言われているのか理解できなかった。構わず笹倉は続けた。

笹倉「白鷺堂だけどな、あそこは会田に任せることにしたよ。あいつならしっかりとやってくれそうだ」

俊作「はぁ、そうですか」

俊作は気のない返事をした。そんな報告はむしろ不要である。

笹倉「それと…もう一つお前に謝りたいことがある」

俊作「何でしょうか」

受け返しにも力が入っていない。

笹倉「オレが法人営業一課の課長になってから、お前には何にもしてやれなかったよなぁ」

遠い目をしながら、笹倉は言う。

この男は何を言ってるんだ、と俊作は思った。やはり笹倉の言動は理解できない。

笹倉「…昨日のこともあって、オレ思ったんだよ。お前を一から鍛え直さなきゃダメだってな」

俊作「鍛え直す……?」



笹倉は俊作に向き直った。


笹倉「あぁ。明日から飛び込み最低50件行ってこいよ」


俊作「と、飛び込みですか!?」

俊作の目が思わず大きく見開いた。


飛び込み――読んで字の如く、飛び込み営業のことである。まったく取引きのない会社へアポイントもなしに訪問し、営業活動をするというアレだ。


俊作「今頃飛び込み50件ですか?」

どうして入社後5年目の人間が新人と同じことをしなければならないのだ。入社後ずっと売れない状況であればまだ納得もできるが(…というか、そもそも売れなかったらきっと5年経つ前に辞めてしまうだろうが)、それなりに業績もある自分がそれをやるのはどう考えてもおかしい。

笹倉「不満か? 基本から鍛え直してやろうってんだぞ? それと、“最低”50件だ。そこんとこ間違えないように」

俊作「でも、今のボクには顧客もいくらか抱えてるし、同時に新規開拓もやってます!」

笹倉「1日あたり何件だ?」

俊作「3〜4件といったところです」

笹倉はタバコをくわえ、ニヤニヤ笑いながら、なれなれしく俊作の肩に手をポンと置いた。

笹倉「柴田ぁ、中途半端に慣れるってのは怖いモンだなぁ、おい。いい機会だ。基本に戻って自分を見つめ直せって」

この男はこういう時だけ恐ろしくまともなことを言うな、と俊作は感じた。同時に、俊作の体内は腹のほうからグツグツと熱く煮えたぎっていた。


俊作の胸の中で、その熱い塊が一気に弾け飛んだ。


次の瞬間、俊作は素早く笹倉の手を肩から振り払った。

俊作「ですが断ります!!! 課長は自分が何をしてるのかわかってんですか!! これは、明らかに指導の域を超えてますッ!!」

笹倉はキョトンとして俊作を見ている。

俊作「白鷺堂の件について言えば、確かにボクが悪いのかもしれない。でも、ここまでされるのはどう考えてもおかしい! 今更“自分を見つめ直せ”だなんて、こんな時に無理矢理正論じみたこと言わんで下さい!」

笹倉「…お前、何言ってんの? 自分の立場わかってるわけ?」

俊作「立場もへったくれもないでしょう! やりすぎですよ! そんな理不尽な指示は聞けません!!」

言い切ると、俊作は顔を真っ赤にし、「はぁ…はぁ…」と肩で息をしていた。

笹倉「…残念だよ。まさか柴田がここまでバカだとはな。よくそんなことが言えるよな。ヘマやらかしたらペナルティが当たり前だろう?」

俊作「それがやりすぎだと言ってるんです!」

笹倉「妥当だろうが! お前みたいな体力バカは朝から晩までドサ回りしてるのがお似合いだ」

俊作「妥当じゃないですよ。勝手に決めつけるのはやめてください」

笹倉「あぁーん? 勝手に決めつけるなだぁ? オレは一般的なお前の印象を言っただけだぜぇ?」

確かに、俊作は体力には自信があった。だが笹倉なんかに体力バカ扱いされるのはシャクだったし、ドサ回りがお似合いだという不名誉なキャラクター像を一方的に決めつけられて屈辱だった。

俊作「とにかく、ボクは絶対その指示には従いませんから!」

笹倉「あっ、そう。オレの言うことが聞けねぇっつーんだな。てめぇの評価が下がってもいいんだぁー」

まるで捨てゼリフみたいに、かつ意地悪に笹倉は吐き捨てた。

笹倉「わかったよ。後で悔やんでも知らねーからなぁー」

言うと、笹倉はタバコを灰皿に投げ捨てて喫煙室を出ていった。



後で悔やんでも知らない――。


その言葉は決して捨てゼリフなんかではなかった。


次の日から、俊作は笹倉にビッタリとマークされ、ことあるごとに「早く飛び込み行ってこい」と呪いのような言われ方をされるようになった。

決してみんなに聞こえるぐらい大きな声では言わない。あくまで小さいボリュームで、ブツブツと俊作の耳元で囁くのだ。

俊作は断固としてそれを聞き入れようとはしなかった。頭の程度が低い人間だと割り切って受け流すと決めた。


一方の笹倉もなかなか諦めない。むしろ楽しんでいるようにも見える。

第2段階ともいえる嫌がらせは必然的にエスカレートしていき、“顧客取り上げ事件”から2ヶ月が経つ頃には、口答だけではなく、社内メールや電話を用いるようにもなっていた。


ここまでくると、俊作もさすがに耐え抜くのが難しくなってきた。

白鷺堂の時と同じような発注書の作成ミスや、顧客との面会時間を間違えるなどの、今までしたことのないミスを立て続けにやらかすようになったからだ。

ミスをする度に、笹倉の、関節技よりもしつこい説教が始まる。笹倉はやはり呪文のようにブツブツと、普通なら失礼にあたるような言葉をぶつけまくった。


これでは仕事に集中できるはずがない。

笹倉の嫌がらせは、俊作の精神と身体に、確実に影響を及ぼしていた。


執拗に俊作を追いつめる笹倉!

てゆーか、ここまでくるともうパワハラの域を超えてますよね(汗)

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