1.その男、柴田俊作
初投稿作品です。至らぬ点も多々あるかとは思いますが、そこはご勘弁ください!
※1話当たりが長めなので、携帯電話からだと読むのが辛いかもしれません(汗) あらかじめご了承ください。
ある秋の夕暮れ。
代々木公園のベンチに一人の男が座り込んでいた。
ビジネススーツに身を包んだその男は、懐からおもむろに自分の名刺だけを取り出すと、ただじっとそれを眺めていた。
“株式会社 マグナムコンピュータ
本社 営業部 法人営業一課
柴田 俊作”
名刺にはそう書いてある。
柴田俊作は、その名刺に向かって「チッ…」と舌打ちをしてみせた。
何故なら、その名刺は彼にとってもう必要のないものだからである。
柴田俊作は東京都板橋区出身の27歳。
都内の大学を卒業後、株式会社マグナムコンピュータに入社し、本社営業部・法人営業一課に配属された。
彫りの深い顔つきが印象的だが、特に不細工というわけではない。身の丈はおよそ180センチほどあり、体格もガッシリしている。
また俊作は小学生の頃から空手を習っており、十代の頃はかなりヤンチャなこともやっていたようである。だが、正義感が強く男気あふれる性格のため、彼には多くの仲間が今でもいる。
ちなみに、株式会社マグナムコンピュータは、コンピュータ関連業界の大手企業であり、主にパソコンの周辺機器を扱う。
渋谷の、宮益坂を少し南へ下った所に地上12階・地下3階の自社ビルを構え、大手企業の威厳を放っている。
自社開発のPCメモリやスイッチングハブ、外付けハードディスクなどは同社の主力商品としてユーザーから高い評価を得ている。
また、その他にソフトウェアの開発及び販売も行っており、こちらもそれなりに好評である。
取引相手は各種法人と、インターネットによるエンドユーザーとの直接取引だが、収益の大半は法人との取引きによるものである。
俊作のいる法人営業一課は、よその一般企業と直接取引きをするセクションである。課員は16人。実際に外へ出て営業活動をする外勤部隊が俊作を含め11人、それをサポートする営業事務の女性が5人いる。
売り上げも上々で非常に活気のある課として有名なのだが、一人だけスランプ気味の社員がいた。
俊作である。
スランプ気味というよりは、半年ほど前からイライラを抱えている状態だ。
彼が法人営業一課に配属された当時は、藤堂という40代半ばの男性が課長を務めていた。
この藤堂という男は凄腕のセールスマンで、成績は常にトップクラスだった。また兄貴分的な性格で人望も厚く、組織を束ねるのにふさわしい人物といえる。
もちろん俊作も、彼の下で営業のスキルを吸収していった。
それまではよかった。仕事も難なくこなしていた。
しかし、半年ほど前の人事異動により、それまで課長だった藤堂が営業部長に昇進することが決まった。後任には藤堂の3年後輩である笹倉という男性が来た。
この笹倉、営業成績だけを見るとマネージャークラスでもおかしくないのだが、性格が粗暴で幼稚性を帯びていた。前の部署でも、自分と合わない人間がいるとすぐに個人攻撃に出ていたという。
俊作は、ものの3日で笹倉に嫌われた。
「お前は理屈っぽいから嫌いだ!」と、面と向かって言われたのだ。
俊作は意味がわからなかった。こんなことを言われたのは生まれて初めてだったし、もともと理屈を言うタイプではないことを自覚していた。
「理屈っぽい」と言われるまでの経緯を考えてもおかしい。俊作は笹倉に、仕事上で自分の意見を率直に述べただけなのだ。それなのに「理屈っぽい」と一蹴されてしまうなんて、まずありえない話だ。
納得がいかない俊作は、自分のどこが理屈っぽいのかを問い質そうとした。しかし、笹倉の「黙れ! いいから仕事しろ!」という怒鳴り声にむなしく叩き潰されてしまったのである。
この男との相性は最悪だ――俊作はそう悟った。
もともと他人とまともに議論ができない、かわいそうな性格なのだ。そうやって割り切ることができれば、仕事上での精神的負担は少なくなると俊作は考えた。多少のイヤミや小言なら耐えられる。彼はあくまで大人の対応を心掛けようとした。
案の定、笹倉は俊作に対してイヤミや小言を言い始めた。
笹倉「柴田ぁ〜、この見積何だぁ? お前こんな値段で売れると思ってんのかぁ?」
口調からして嫌らしさを感じる。
俊作「いや、そんなに高くはないはずですが」
笹倉「バッカヤロォ! これでしっかり粗利取れんのかって聞いてんだよぉ」
俊作「原価に約5割の粗利を上乗せしましたから、十分取れますよ」
笹倉は痩せこけた小さな身体で精一杯踏ん反り返ってみせた。
笹倉「フン、なーにが約5割の粗利だよ……半人前のくせしやがって。外見だけカッコよく見せたって中身が伴わなきゃ売れねぇんだよ。わかってんのか」
俊作は笹倉の、歳のわりには薄くハゲた頭に踵落としを炸裂させてやりたくなった。
俊作「はい…。ですがこのユーザーとは今までこれでやってきましたし、定価からある程度値引きしてあげるのも顧客に対する心遣いだと思うんですよね」
笹倉「…あぁ、そう。じゃあこれで行ってこいよ」
投げやりに言うと、笹倉は見積書を俊作の目の前に投げ捨てた。しかし俊作は何も言わず、その見積書を手に取って自分の席に着いた。
こんなやり取りは日常茶飯事である。無論第三者の目から見て気分のよいものではない。
中でも、俊作と同期入社の高根伸子は、笹倉への強い嫌悪感を表わにしていた。
伸子「何なの、課長のあの態度!」
伸子は初め総務部に配属されており、営業部・法人営業一課に来たのは2年ほど前のことだったが、俊作とは同期のよしみもあってか、入社当初から仲がよかった。二人はちょくちょく一緒にランチや飲みに行ったりしているようだ。
また彼女はぱっちりとしたキレイな瞳が印象的な美人であるうえに性格もサバサバしており、男女問わずいろんな人から好かれている。
伸子「柴田くん、よく平気でいられるね」
俊作が見積書にケチをつけられた日の帰り道、伸子が素朴な疑問を俊作に投げ掛けてみた。
俊作「あの人は気の荒い人だからね。“そういうもんだ”って割り切っちゃえばさほど苦にはならないよ」
伸子「へぇ〜、そうかぁ〜…」
少し風の強い日だった。肩まで伸びた伸子の髪がふわりと、先の方だけ舞い上がった。
伸子「…あたしだったら我慢できないなぁ」
俊作「まぁ、そこを我慢できるのが大人の証ってヤツだな」
おどけながら、少し得意げに言ってみせた。
伸子「あらまぁ、どの口が言ってんのかしら。ランチの時にクリームソーダ頼む人間が大人だとはいえないと思うけど?」
俊作は頬を赤らめ、黙り込んでしまった。
とにかく、気のおけない連中とこうやってくだらないことを言い合うことが、彼にとってストレス発散方法の一つとなっているのだ。
自分だけではなく、みんなも同じように何らかのストレスを抱えている。それを仲間同士で吐き出して共感すれば、少しは気が楽になるというものである。
しかし、笹倉の嫌がらせは日増しに強くなっていった。
そして笹倉が着任してから3ヶ月が過ぎた頃、俊作が笹倉に強い敵意を抱くトラブルが起きてしまう。
俊作と笹倉課長との間に起こるトラブルとは…?