都市伝説と噂話
地裏ムカサと呪香ミツコがバナナチョコレートパフェを待つ間、犬神ヤシャが輝明学園1年2組のウィザードたちが調査し、自らが行方不明になった『呪いの家』についての全容を語った。
イノセントの噂話であり、ウィザードたちの組織が動きだした形跡もない。犬神ヤシャもあまり関心はなさそうだったが、ムカサやミツコが同級生から得られるより、はるかに多くのことを知ることができた。
東京郊外、住宅地の一画に呪いの家と呼ばれる一軒家がある。かつて母と子供が残酷な殺され方をして以来、新たに家の所有者となった家族が次々に不審な死を遂げている。ついに廃墟となりだれも寄り付かなくなったが、興味本位で足を踏み入れた者は数日以内に非業の死を遂げる。インターネットの中で話題になり、都市伝説のように広がり、輝明学園のみならず知らない人間はいないほどである。
「俺は知らなかったな」
「私も」
ムカサとミツコの感想に、犬神は小さく首を振って続けた。
「イノセントの都市伝説に、ウィザードが踊らされることはない。そもそも、非業の死を遂げたという生徒がいるという噂だが、どの学校もそんな不審死をした生徒はいない」
「……調べたんですか?」
「教育委員会で話題になったことがある。ウィザードが調べたわけじゃないから表面上のことしかわからないが、呪われた家の所在がそもそも謎だ。そんな場所に行けるはずがない」
「イノセントならなおさら、ね」
「しかし、ウィザードが行方不明になっていることは事実だ。そもそも、インターネットの噂になっている呪われた家と、今回の行方不明事件は、全く関係がないという可能性もあるが」
やはりただの噂話だったのだろうか。地裏ムカサは手がかりがなくなったことを理解した。ウィザードの行方不明は調査しなければならないだろうが、イノセントの噂話を結び付けて考えたのは間違いだったのだろうか。
大きなトレーにバナナチョコレートパフェを乗せた美しい店長が近づいてきた。同じくウィザードである。会話の内容を誤魔化す必要もない。
「このお店は、輝明学園の目の前ですから、お姉さんは何か聞いたことがありませんか? 呪われた家の噂とか、最近行方不明になったウィザードとか」
トレーからテーブルに、パフェを移動させながら店長の女性はムカサを横目で見た。ムカサに対しては悪い印象を持っていないようで、少し笑いかけたと思うと、店長は話し出した。
「三人のウィザードが、三日前にちょうどこのテーブルで相談していたわ。『呪いの家』と言っていたから、そこに向かったのに間違いないでしょうね。私は会話に入らなかったけど、ちょうどあなたと同じ年ぐらいに見えたわね。もし行方不明になったというのがその三人なら、心配ね。その子たちは、陰陽師に偏見を持っていたりしなかったから」
最後に、店長の女性はミツコを睨みつけた。ミツコは、パフェを引き寄せながら、小さく舌を出していた。
「偏見なんか持っていませんよ。こいつ以外!」
慌てて大きな声を出したのは、犬神ヤシャだった。ミツコは無視してパフェにスプーンを突き立てていた。
「わかる限りでいいから、どんなことを話していたのか教えてもらえませんか。僕は地裏ムカサです」
ミツコの態度も慌てる犬神も無視して、ムカサは店長の女性に椅子をすすめた。
「お店の準備と花たちの面倒を見ないといけないから、あまり時間はないけどね。四緑カオリ《しろくかおり》よ」
ムカサが勧めた椅子に腰を下ろしながら、四緑カオリと名乗った女性店長はムカサと握手を交わした。ムカサはカオリの手を握ったまま、犬神に顔を向けた。
「四緑カオリさんです。メモしましたか?」
「いちいちお前に言われなくても、名前ぐらい……一回で覚える。どうしてお前の方が仲好さそうなんだ」
ムカサはカオリの手を握ったまま答えた。
「当然でしょう。売り上げに貢献していますから」
「金を出すのは俺だぞ」
「どう思います? こういう男」
「あまりお金に細かいのは……ちょっと」
カオリはムカサに手を握られたまま答えた。犬神があまりにも衝撃を受けた顔をしたので、ムカサはおかしくなった。さすがにカオリの手を放す。
「それで、どんな内容でした?」
突然話題を切り替えられ、犬神は固まった。ムカサはまっすぐにカオリを見つめながら、自分の分のパフェをミツコの方に押しやった。ミツコが本人の分をすさまじい速さで完食しつつあったからである。ミツコを黙らせておくには、口をふさいでおくのに限るのだ。